神隠しの話

 夏休みも終わろうかという8月最後の週のことです。

 私の弟が急に、


「ぼくな、におうてん!」


 なんてことを言い始めました。その時の私は


「なんやコイツ、頭湧いてもうたんか?」


 なんて酷い事を考えていたのですが、今考えても当然の帰結のような気がします。

 実際、弟が行方不明になったことはありませんでしたしね。

 第一、弟が本当に神隠しに遭っていたとしたら「そもそもその話してるあんたは何者やねん」というお話になってしまいます。


 しかし、彼はどうやら本当にに遭ったと確信するに足るであろう出来事に遭ったのでしょう。


「ほんとやって!うそやないもん!ほんまのことゆうてるもん!しょうこもしっかりあるもん!」


 などと騒ぎ立てて、五月蝿うるさい事この上ないです。最早ウザいです。騒ぎ立てても相手にしようとしない私を見かねてか、弟は


「じゃあしょうこ見せるからついてきてぇや」


 と一言。ウザさ引き立つ弟の何処からその自信が出てくるのかさっぱりでしたし、弟が騒ぎ立てているそのにも興味はありましたので、


「そんなに言うんならしゃあない、見に行ったるわ」


 と、上から目線極まりない感じで言って来いと言う弟について外へ出ました。もうすぐ九月とは言えやはり蒸し暑く、家を出て五歩で帰りたくなりました。

 しかし、上から目線で見に行ってやると言った手前、今更退けないと感じて諦めました。


「ここ!ぼくここでみてん!」


 と、その声で我に返ると、そこは家の近くにある、地蔵のやしろがある道路でした。

 私が学校に行く時に毎日通る場所です。いつも通りの、見慣れた風景の筈が‥‥少し違和感がありました。何かが物足りないような感覚です。

 私が考えていると、弟が


「ここ。ここやで」


 と、社を指さした。

 そこを見て、「なるほど」と気が付きました。

 社の中に、


 弟曰く、


「ばっちいふくのおっちゃんがきてな、おじぞーさんリュックににいれてどっかいってった


「そのおっちゃんに『なんしてんの』ってきいたらな、『かみかくしや』ってゆうててん」


 その時、私が頭を抱えてしまったのは言うまでもない。

 弟よ、それはな、泥棒って言うんやで。

 

こうして、私の弟は新たに二つ、単語を覚えたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る