気まぐれショートストーリーズ

α-1502

ある和歌の話

 僕の悩みを少し、聞いてもらえないだろうか。

 まぁたかが高校一年生の僕の悩みなんて、テストの点が馬鹿みたいに悪かった(ギリギリ赤点を逃れることが出来たと言えばその程度が分かると思う)事とか、部活で毎日筋肉痛が辛い事とか、そういうのもあるんだけれど、言いたいのはそれじゃない。


 目下最大の悩みは一つ、幼馴染みのAがもうすぐ日本に帰ってくることである。


 Aは六年前、つまり小学四年生の時に海外(イギリスかどっかだ)に行ったし、今まで会うことも無かったので五年間会わなかったことになる。勿論幼馴染みに会うのは嫌な訳がないし、むしろ会った時に話したい事や聞きたい事が沢山ある。


 だらだらとここまで話してしまったが、今から本題に入るので読むのを止めないで欲しい。

 というかお願いします。読んでください。

 本題に入らせてもらうと、A自身に問題があるのではない。問題なのは、僕がAに渡した手紙である。


 それは、Aが日本を離れるその日に渡した、いわゆる『現地でも頑張ってね』的な手紙であり、僕は結構頑張って書いたのを覚えている。


 皆さんは伊勢物語の『筒井筒』という話を知っているだろうか?

 知っている人が多いと思うけれど、この話は恋愛系の話で、その中でいくつか和歌が登場する。

 オチが見えてきた方も多くいると思うが、僕はその手紙にある和歌を書いた。


 風吹けば 沖つ白波 たつた山 

     夜半にや君が ひとり越ゆらむ


 という和歌である。これは、女性が旅する恋人を思って詠んだ和歌だ。


 何故小学校四年生がこの和歌を選んだかと言うと、手紙の本文を書き終えた僕が謎の見栄を発揮し、


「別れる人に何か気の利いた言葉を言いたいのだが何か無いか」


的なことを祖父に聞いたところ、これまた変に勘違いをした祖父がいらぬ気を回した結果、この和歌が出てきたと思われる。


 当時の僕は『これからも元気でね』とか『向こうでも頑張ってね』位の意味だと思っていたし、元気でいて欲しいと心から思っていたとは思うけどさ…。

 爺さんや、いらん気は回さんくてええんや。


 ちなみに、これに気が付いたのは中学二年生の時で、


「そういやじいちゃん、あん時のあれって何て書いたっけ?」


 てな感じでやはり祖父に訊いたところ、幸い祖父は覚えており若干にやにやしながら紙に先程の和歌を書いて、


「中学校の国語の先生に意味を訊いてみんさい」


 と一言。

 それ以上は教えてくれなかったので仕方無く国語の先生に訊き、意味を知った。という感じで判明した。この時、羞恥に悶えたのは言うまでもない。


 しかしだ、この時は思っていたんだ、恥ずかしいとはいっても所詮よくある小さい頃の黒歴史のひとつだ、と。

 だがよく考えてみて欲しい。その黒歴史が最後のコミュニケーションの相手との再会が、どれ程の気まずさになるのかを。


 と、まぁここまで書かせていただいたのだが、ひとつだけ、意図的に書かなかったことがある。

 それは、


 Aってなぁ、男なんだよなぁ………。




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