第104話_治療室で待ち侘びる

 イルムガルドらを脅かした新型兵器に対し、全て潰すと息巻いていたアランは、何も無策に勢いでそう言ったわけではなかった。だから彼は凡そ言葉通りに、その成果をWILLウィルへ齎した。

 普段のように戦車や新型兵器を浮かせて落とすような方法では、距離を詰められるまで間に合わないだろうと予想していた彼は、数の多い内はその手段を避けた。その代わり、全ての砲口を敵陣側に向けさせたのだ。彼の持つ浮遊の能力は、実際は念力のように扱うことが出来る為に可能なことだった。タイミング悪く砲撃した戦車もあり、または攻撃することが出来なくなり、敵陣は混乱。その隙に自国軍やアランのチームメイトが次から次へと兵器を破壊。最後はアランもいつも通りに浮かせて落とす戦法で参戦し、電撃砲を射程まで近付かせることは無かった。

 アランを現場指揮にするというWILLウィルからの正式なお達しはまだ無かったのだが、彼は戦場へ戻る機内でその作戦を職員へと共有し、図らずともその役割に近い形で今回の任務を終えた。

 しかし流石に、全ての兵器破壊には至らなかった。戦況を見極めた幾つかの兵器が撤退をしたせいだ。それでも七割を超える兵器を破壊した上、自国軍の損失は何一つ無い。これは国にとってもWILLウィルにとっても明るい知らせであり、この上ない功績だ。――ただ一人、アランが能力の使い過ぎによって現場で昏倒してしまったことを除いて。

「モカ、待って。アタシも行くから」

 呼び止める声に応じて、部屋から出たばかりだったモカが振り返る。後ろから、レベッカが駆け寄ってきていた。アランのチームが齎した戦果は、タワーの内外に広く知らされた。都合の良い内容だったからだろう。なお、彼が昏倒して治療中であるという内容の連絡が来たのは、ごく一部の、彼と近しい者だけだ。その中にモカとレベッカが入っているのは誰の判断なのだろうかと疑問は残るが、以前、二人は遠征に出る彼を見送りに出たことがある。レベッカはロビーの中からではあったものの、その様子を見かけた職員が気を遣ったのかもしれない。

 レベッカの言葉にモカは軽く頷いて、足早に廊下を進む。

 今回ほど、アランは一度に多くのものを能力で操作したことが無かった。彼は自分の能力の限界をよく理解しており、戦場に執着する彼だからこそ、倒れてしまうような無茶は極力避けていたのだろう。だから今回のようなことは酷く珍しい。彼なりに、仲間を傷付けた敵への憤りがあったのだろうか。それとも、遠征先に戻る際の宣言を守ろうとした彼のプライドか。

「――つまりアランの力も『限り』があるってこと?」

「そうね、彼の場合は至ってシンプルで、少し羨ましいけれど」

 能力の使用回数、操作の複雑さなどによってそれぞれ負荷があり、それが単純に『神経の疲れ』となるのがアランの能力の『限り』だった。「酷く寝不足をしたような状態になる」と言うのが本人談で、モカは問い詰めてまで詳細を聞いていない為、定かではないと付け足しながら、レベッカにそれを伝える。レベッカからは「ふーん」と、気の無い相槌が返った。言うほど興味は無かったようだ。モカは少し笑った。

 二人は急ぎ足で進んでいるが、走ることはしていない。レベッカが本当に急いでいたなら、モカを置き去りにして駆けて行ってしまっているだろう。何度注意しても聞かない彼女だから、今回だけ反省して大人しくしているなんてことは有り得ない。つまり本当にアランを心配して向かっているのではなく、モカに付き合って此処に居るだけなのだ。

「……別に付いてこなくて良いのよ?」

「一人で行かせる方が嫌」

 どういう意味だろうか。何と答えていいものか分からずにモカが沈黙している間に、二人は目的の部屋の前へ到着した。アランはまだ意識が戻っていないと聞いていた為、モカはノックをすることなく、静かに扉をスライドする。

「あら……」

「ん?」

 思わずモカが戸惑いの声を漏らせば、後ろに控えていたレベッカは不思議そうに中を覗き込む。そこには既にイルムガルドの姿があった。彼女はタワー外で生活しているのに、まさか能力を使用して此処まで来たのかと思うほどの速さだ。しかし流石にそれはないだろうから、アランが帰ってくることをイルムガルドは別口で先に聞いていたのかもしれない。つまり居るだけであったなら、戸惑うほどの疑問は無かった。

「えーと、……何してんのかな、イル」

 問題は状況だった。ベッドに寝かされているアランの左腕、義手の上にあたるだろう位置に、イルムガルドがシーツの上から上体を乗せて突っ伏していたのだ。眠っているのかと思ったが、二人が入り込めばのんびりと顔を向ける。ただし、アランの左腕から少しも離れずに器用に頭の角度だけを変えていた。そして二人の姿を確認すると、またべたりとシーツに頬を張り付け、レベッカの疑問に答えようとする様子は無い。

「これは、押さえ込んでいるのかしら」

「えぇ……」

 彼が目覚めても逃げないようにしている、ようにも見えなくはない。イルムガルドと違い、アランが逃げる理由など少しも無いように思えるけれど。

「アランにイルが懐いてるの本当にむかつくな……」

 背後のレベッカが重い溜息と共にそう呟くのを聞きながら、モカはもう一歩、アランのベッドへと歩み寄る。寝息も穏やかで、顔色は悪くない。何処かほっとした様子でモカが口元を緩めていれば、いつの間にか、イルムガルドがそんな様子をじっと視線だけで見上げてきていた。

「あなたが見張っているなら安心ね」

 話し掛けてみるものの、じっと見つめ返すだけでやはり応えようとはしない。

「そもそも、どうして彼にそんなに懐いているの?」

 重ねて問い掛けてみたが、イルムガルドはふんと小さく鼻を鳴らすように息を吐いただけで、またアランの腕に顔を埋めるようにして俯く。答える気が全く無いのだということを見止めて、モカは苦笑しながらベッドを離れた。

「行きましょうか」

「え、うん」

 入り口前の壁に背を預けて立っていたレベッカが、「もういいの?」という顔で首を傾ける。本当にアランの容態には興味が無かったらしい。わざとらしく彼のベッドからは視線を逸らしていた。または、イルムガルドが彼に懐いている光景を出来るだけ視界に入れたくなかったのか。何にせよモカは彼の安否を自分の目で確かめたかっただけだ。これ以上は留まる理由は無いと頷き、レベッカの背を押すようにして病室を後にした。

 彼女らが来た時点で既にアランは搬送されて一時間近くが経っていたのだが、目を覚ましたのはそれから更に二時間後のことだった。

「お、おぉ……これは一体……」

 起きてすぐに、アランは自身の左腕の上に眠る少女を見て苦笑する。

「それと、腕を外さないでくれたのか。もう大丈夫だってのに、医療班は優しいね」

 少女が圧し掛かって動かすことの出来ない左腕の存在に、アランはそう呟く。腕を落として、義手となった彼は、しばらくは義手を外して眠ることが出来なかった。寝惚けた頭でふと腕が無いことを感じると、腕を失くした瞬間を思い出して取り乱すことが多かったのだ。一年ほどはそのような状態が続き、一時期はカウンセリングも受けていた。今はもう腕を外して眠ることもあるし、取り乱すようなことは無い。ただ、あの時のように『気付いたらタワーに居る』という状況だ。あまりにも当時と酷似していた為、再びフラッシュバックを起こすのではないかと気を遣ったのだろう。くすぐったい気持ちを押し隠すように口元だけで笑うと、自由の利く右手を伸ばし、イルムガルドの頭を優しく撫でた。三度か四度往復したところで、イルムガルドは目を覚ましてぱっと顔を上げる。

「おきた」

「はは、ああ、起きたな、俺も君も」

 眠そうな目を瞬いている様子をアランが微笑んで見つめていると、何度か繰り返した結果ようやく視界が整ったらしいイルムガルドが、じっとアランを見つめ返す。

「おかえり」

 イルムガルドが言うにしては珍しいその言葉に、アランは一瞬、面を食らったような顔を見せてから、破顔した。

「ただいま。約束は守ったぜ。もう一つの約束も、すぐに果たそうな」

「うん」

 そう言ってまた頭を撫でてやれば、イルムガルドは心地良さそうに目を細めて大人しい。その様子に改めてアランは、レベッカ達が可愛がるのも分かる、という表情を浮かべた。

「ところで今は何時だ? 君はこんなところに居て良かったのかな」

 部屋には窓が無い為、外の明るさは分からない。問い掛けられたイルムガルドは、事前に職員から指示されていたのか、彼の問いに耳を傾けながらも近くのボタンを押して、職員にアランが起きた旨を伝えていた。そしてそれを終えると、また定位置と言わんばかりに左腕に身体を乗せる。

「わたしが眠くなったから、多分もう夜遅い。ここに来ることは伝えてきたから、大丈夫」

「そうか?」

 軽く相槌をしながらも、アランは何処か困った顔で笑っていた。きちんと伝えてあるのだとしても、男のところへ深夜に行くことを伴侶が何の憂いも持たないものだろうかと、疑問に感じたのかもしれない。保護した際にしっかり膝や腕に抱いておいて今更なことかもしれないが、それはいずれも二人きりではなかった。しかも今なんて、密室ですっかりイルムガルドは眠りこけていたのだから、無防備が過ぎる。勿論アランはイルムガルドに手など出すつもりは無いのだろうけれど、周りにとってはどうだろうか。大体アランは、『女好き』として広く知られている子なのだ。

「アシュリーは別に、うーん、わたしが他の人と何かあっても、怒らなそう」

「へ」

 不意に答えたイルムガルドの言葉に、アランは目を丸める。言葉にせずとも、イルムガルドが彼の心配を読み取ったことに対する驚きだ。彼にとってもまだイルムガルドは、無垢な子供という範囲で見えていたのかもしれない。

「思うところはあるだろうけど、咎めない気がする。そういう人だから」

 語る内容はやや大人びた印象なのだけれど、まだ少し眠そうに目を擦り、ベッドに身体を傾けている様子は幼い。妙な違和感を抱えながら耳を傾けていれば、イルムガルドが「まあ、しないけど」と付け足した。

「なるほど愛妻家だ、そういえばモカも忠告してくれていたな」

 基本、女性に対してはまず挨拶のように軽口や口説き文句を言うアランに、モカは先んじてそれを止めていた。多くの場合に於いて『我関せず』のモカが取る行動にしては珍しく、それだけ深刻であるのかもしれないと察したアランはあの時、アシュリーには一切、軽薄な言葉を使わなかった。

「二人の馴れ初めを、是非聞いてみたいね」

「んー」

 軽く首を傾けたイルムガルドが何かを話そうとしたところで、部屋にノックの音が響く。先程、連絡を受けた医療班と職員が到着したらしい。アランの視覚的刺激を考慮してか、弱い明かりだけが灯された。少しだけはっきりと見えるようになったイルムガルドの顔を見上げ、アランは目尻を下げる。

「いや、楽しみは後にしようか。お茶の時に沢山また聞かせてくれ、君さえ良ければ」

 その提案に、イルムガルドは特に憂いなく頷いている。アランは再び手を伸ばし、その頭を撫でた。

「もう眠いんだろう? 俺はこの通り大丈夫だ、帰って休んでおいで」

 アランと共に他の職員達も、「もう心配ないよ」と重ねた為だろうか。イルムガルドは素直に従って、簡単な挨拶で部屋を立ち去って行った。

「あ、そうか、イルムガルドはタワー外に住んでいるんだったな、一人で帰して大丈夫だったかな?」

 部屋からすっかり彼女の気配が無くなってから、アランはハッとした顔で職員に問い掛ける。しかし、いくら頼りない見た目をしていても、イルムガルドは八番街まで自由に歩くことを許されている子だ。ゼロ番街内であれば、何の心配もない。職員らは丁寧にそれを伝え、放っておけば「送る」と言って追いかけそうなアランを宥めていた。

 一方、イルムガルドは帰り道で、小さく「あ、二人が来てたの言うの忘れた」と呟く。モカとレベッカは特別そんな伝言を求めてはいなかっただろうけれど、それでも伝える方が親切なことに思える。

「……まあいいか」

 少しの間立ち止まった後でそう付け足したイルムガルドは、「言われていなかったから」と結論付けて、帰路に就いた。

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