第76話_テーブルの無い部屋で明かす我儘

 タワーに戻るまでの足取りは迷いなど無く、走っていると言っても過言ではない速さであったものの、奇跡の子の居住域まで辿り着くとレベッカの速度は安定しなくなった。時々早歩きになっては、少し考え込むようにゆっくりと歩く。そんなことを何度も繰り返し、向かったのはモカの部屋。立ち止まること、一分と少し。大きく深呼吸をして、ようやく呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばす。しかし望んだ声は、指がボタンに到達するより先に、廊下の向こうから聞こえた。

「あら、レベッカ?」

 心の準備をしていた方向が違った為、身体こそ動かなかったが、レベッカの心臓は飛び跳ねていた。

「び、びっくりしたー、どっか行ってたの?」

 目を丸めているレベッカを何処か不思議そうに見つめて、モカが軽く頷く。

「ええ、治療室」

「な」

 治療室という単語に過剰に反応して息を呑んだレベッカが二の句を継ぐ前に、モカは笑って首を横に振った。

「何も問題は無いわよ、ちょっと頻繁に観察してもらっているって、話したでしょう」

「あ、あー、そうだった」

 視力が突然戻ってから、モカは二日に一度の頻度で治療室に通っている。今のところ、この視力で安定している様子ではあるけれど、『下がる』原因の方が明らかになっていないせいで、医療班は今なおモカの目にはぴりぴりと緊張感を見せていた。当人はこの通り、のんびりと捉えているのだけれど。

「レベッカこそ、何処か出掛けていたんじゃなかったの? 昼食を早くに済ませて出て行ったって、食堂でフラヴィが寂しそうにしていたわ」

「あ、うん、ちょっと、……って、フラヴィのくだりは嘘でしょ」

「どうかしら」

 モカが楽しそうに笑い、回答を濁す。レベッカが居なくて寂しい等と、フラヴィが素直に表すわけがない。何かの言葉尻からモカが勝手にそう捉えただけ、もしくは、モカは今フラヴィとレベッカを揶揄からかっているだけだ。笑みのままでモカは肩を竦める。

「でもフラヴィから聞いたのは本当よ」

 確かにレベッカは今日、食堂でフラヴィとすれ違っている。普段よりも早く昼食を済ませて出ようとしている姿に、入り口で鉢合ったフラヴィが不思議そうに首を傾けたので、「出掛けてくる」とだけ告げていた。モカとは朝に別れてから、顔を合わせていない。そもそも、その為にレベッカは早くに食堂を出ているのだから。そんなことを遠回しに指摘されている気がして、レベッカは視線を彷徨さまよわせながら、軽く頷く。

「それで、どうしたのかしら? 入る?」

「あ、えっと」

 訪ねて来たのだから当然そのつもりだろうと思っていたモカは、レベッカが返答を迷う様子を不思議に感じた。そしてレベッカは少しの逡巡の後、結局、首を振った。

「いや、アタシの部屋行こう」

「え? 別にいいけれど、珍しいわね、どうしたの」

「いいから」

 腕こそ引かなかったものの、レベッカは少し強引にモカを連れて部屋に戻る。一緒に眠る時や、お茶をする時に過ごすのはモカの部屋ばかりで、レベッカはほとんど自室に人を招き入れない。好まないわけではなく、ただ彼女自身が活動的過ぎて、他の者の部屋に訪れる機会が多いのだ。しかし経緯はともかく、レベッカ本人も招く意識がまるで無いせいでその準備も出来ていない。モカを部屋に入れてしまってから、ベッドに放った着替えすら片付けていないことを知って項垂れる。

「あ~、ごめん、ちょっと、待って」

「別に気にしないわよ」

 照れ臭そうにしながら部屋を片付け、ベッドを整えてる背中が可愛らしく、モカはひっそりと笑っていた。

 レベッカの部屋はモカの部屋のようにテーブルなども置かれていない。あるのは元より備え付けられている机と、一脚の椅子だけ。そんなことにも考え至っていなかったらしく、レベッカは一度部屋を見回してから、仕方なくベッドの方に座るようモカを促し、自身もその隣に腰掛けた。ゆっくり話をするにはモカの部屋の方が余程、環境が整っているのだろうが、あの場所ではどうしても自分のペースで話が出来ない予感がレベッカにはあった。少なくともふとそう思ってしまった以上、入ってしまえば、おそらく負けてしまう。並んで座り、ひと呼吸。

「あのさ、昨日の、ことなんだけど……」

「考えないでって言っているのに」

「それは分かってるけど!」

 大きな声でそうレベッカは返すものの、本当に意味や意図が理解できているかと言われれば怪しい。昼までは全く分からなくてイルムガルドの部屋に逃げ込んでいるのだから。しかし、モカがそう望んでいることを踏まえても、レベッカは受け流してしまえないという結論を出していた。今のやり取りだけで、モカは彼女が引くことは無いと理解したのだろう。少し眉を下げ、諦めたように肩の力を抜いた。

「……なあに?」

「どうして、考えないでって言うの? アタシは、ちゃんと聞きたい」

 つい一瞬前までは視線を落としていたレベッカだったけれど、問う時には、隣のモカをきちんと見つめた。しかしモカの方は逆で、問われる頃には視線を余所に逃がしてしまっていた。

「そうね、レベッカが、そう言ってくれるだろうって思うせいかしら」

 ほんの少しの沈黙の後モカが発した声は、その色は、いつもと何も変わらない。普段通りに振る舞い、いつもの調子を少しも崩そうとしないことこそが『拒絶』なのだと、レベッカはよく理解していた。図らずもレベッカの眉は悲しげに下がる。その顔を見上げ、モカも同じ形で、自分の眉を下げた。

「そんな顔をしないで、レベッカ。だから私は、言いたくなかったの」

 昨夜もモカは少しも伝えようとしていなかったのに、レベッカが強引に聞き出した。モカの望まぬ結果であったことは明らかだ。けれど、だからこそ、レベッカには納得がいかない。

「モカはアタシが好きなの?」

「……レベッカ、この話、もうやめない?」

 簡潔で簡単な問いであるほどに、逃げ場は少なく、モカには答えることが難しかったのだろう。だから彼女は答えないことを選んだ。質問を避け、この提案をするモカが願うのは昨日と同じことだ。モカは今も、『考えないで』ほしいとレベッカに伝えている。

「私やっぱり、言いたくないわ。お願い、分かって」

「分かんないよ!」

 強い声だった。こんな風に彼女らが言い争ったことなど、出会ってから今までにどれほどあっただろうか。怒ったり、怒られたりすることもある。それでも、ぶつかることは無いに等しかった。怒られれば真摯に受け止め、怒れば相手が受け止めてくれる。我儘を言えば出来る範囲で聞いてくれて、相手の我儘だって同じこと。

 なのにどうしても今回はそれが上手く行かない。望みは望みではなく、願いは願われない。選ぶことの出来ない選択肢ばかりが二人の間に転がっていた。

「モカが言うなら、アタシが拒んだりするわけないじゃん!」

 遠回しであれど、まだ口にしないモカの願いを受け止める準備が出来ていると、レベッカはそう言っているのに。モカは表情を明るく変えはしなかった。レベッカは落胆していた。モカが何と言おうとしているのか、レベッカは最初から、分かっていた。

「私はレベッカに、そんな風に気を遣わせたくないの。あなたは優しいから、誰より私を大切にしてくれているから、きっと私の願いを叶えてくれる。だけどそれは」

「それをアタシの幸せじゃないなんて、モカが勝手に決めないで!」

「……レベッカ」

 彼女がイルムガルドの部屋で得た、不満と、怒りにも近い感情は、此処から来ていた。予想が違っていればいい、もしくはモカが考え直して、本当の想いを打ち明けてくれたらいいのにとレベッカは願っていたのだろうけれど。

「イルが言ったんだ、モカはアタシの幸せを考えてるって」

 その言葉に、先程までレベッカが何処に行っていたのかをモカは察した。一瞬そちらに思考が向いて、油断してしまってから、少し遅れてレベッカの言葉を飲み込む。イルムガルドの顔が脳裏にちらつき、妙な不安感がモカの心の内に現れた。彼女の頬を張ったあの日、一度きりではあるが、はっきりと引き出され、暴かれてしまった感情。モカにとってほとんど経験の無かったことだけに印象が強過ぎた。レベッカがこんなタイミングで彼女の名を零すことを、もしもイルムガルドが計っていたのだとしたら。

 まさかと思うのに、浮かんだ思考が、この瞬間だけ確かにモカの心を軟くした。

「勝手な想像だってイルは言ったけど、アタシは、絶対それだって思った」

 モカを見つめるレベッカの目は、まるで睨み付けるような色をしている。そこにあるのは明らかな不満だった。レベッカは今、モカを責めているのだ。それを受け止めて、モカの心が形を変えていく。

「どうせ子供が出来ないとか言うんでしょ」

「……それは」

「アタシが子供好きだから、大家族を持ちたいとか言ったことあるから」

 彼女がそんな夢を抱くことに、疑問を持つ者は一人も居ないだろう。大家族の長女。子供が大好きで、世話焼きで、賑やかな場が好きで。そんなレベッカの傍に居続けたモカは、幾度となく、そんな夢を聞いていた。それを語る嬉しそうな横顔を、声を、知り過ぎていた。

「そんなの、どうだっていいよ」

 だからレベッカが、そうやって自分のせいで夢を切り捨てるようにしてしまうことが、モカにはあまりに悲しいことだったのだ。そんな言葉を、レベッカに言わせたくなどなかったのに。眉を寄せ、少し焦った様子でモカはレベッカに向き直る。

「どうでもいいことではないでしょう、あのねレベッカ、大切なことだから、落ち着いて話を」

「そんなの要らない、全部」

「レベッカ」

 宥めようと名前を呼ぶのに、レベッカの身体から強い感情が湧き上がる気配を感じて、モカは怯んだ。

「まだ存在もしてない未来の子供だとか家族より、アタシは今、目の前に居るモカが大事だって言ってんの!」

 レベッカは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。モカの方も、冷静な表情を保つ余裕など無くなっていた。一層強く眉を寄せ、モカは目を閉じる。揺れてしまう瞳を隠し、震えてしまう呼吸を飲み込むことしか、出来なくなっていた。

「そんなあなただから、私は誰より、大事にしたいの」

 話は平行線を辿る。どちらも、相手を大切に思うほどに譲ろうとしない。だがこれを『平行線』と思ったのはモカであり、レベッカではなかった。

「嘘だよそんなの」

「レベッカ?」

 まさか、彼女を大事だと告げた言葉を疑われるなどと、モカは微塵も予想しなかった。隠していた瞳を思わず晒して、レベッカを見つめる。彼女の瞳の揺れは先程よりずっと大きくなっていた。それでも彼女は隠そうとせず、震える呼吸も、声も飲み込まないで、モカに真っ直ぐ向けていた。

「それでモカは他の誰かのとこに行って、アタシを置いてくの? そんなの、大事にしてくれてるなんて思わない」

「私は、何処にも行かないわ、あなたを置いてなんて」

 レベッカの目を見つめ返し、モカは何度も目を瞬く。戸惑っていた。そんなことするわけが無い。置いてなど行けるはずがない。傍を離れられないのはモカの方だ。そう思うのに、レベッカの中にはそんな認識が無いのだと告げられている。どう言葉にすれば伝わるのだろうと懸命に思考を巡らせるが、新しい言葉を見付けるより早く、レベッカが唸るような低い声を出した。

「アランとは付き合ってた」

「そう、だけど、それは」

 モカには、置いて行ったつもりなんて無かった。だけどそれが、レベッカにそう映ってしまったのだろうか。アランと交際していたことそれ自体を、レベッカが非難したことは無い。時折、疑問のような形を零すことはあっても、それはあくまでもアランと彼女が不仲であり、彼に対しての不信があるから、モカが彼を選んだことを不思議に思っているのだと考えていた。けれどもし、が無関係であったとしたら。モカはそこで思考を止めた。この先に進めば逃れられないと気付いたのだ。

 しかしモカが一人で思考を止めて、言葉を止めても、レベッカが止まらなければ詮が無い。レベッカは、言うべきではないと思い、ずっと押し込めていた心を今モカに打ち明けようとしていた。

「そうやって、アタシの知らないとこで、知らないモカになろうとする」

 こんなのは子供の我儘だ。レベッカは、ずっとそう思っていた。だから決してモカに告げてしまおうと思わなかった。だけどモカの想いが、本当に自分に対して向いていて、そこにあるなら。それが本当だったら、レベッカには納得が出来ない。聞かずにはいられなかった。

「何で、アタシじゃないの? アタシじゃだめなの?」

 その言葉は、完全に、モカの平静を取り払った。

「あ、なたじゃ、なきゃ」

 声はあまりに酷く震えていた。伝えてしまった動揺をモカは必死で抑え込み、表情を隠すべく慌ててゴーグルを押さえて俯く。涙が溢れ出しそうになっていた。目を強く閉じ、息を止める。

「モカ、ゴーグル外して、顔見せて」

「ちょっと、待って」

「嫌」

 モカのゴーグルは後頭部にあるバンドを緩めれば外れる仕組みになっている。ゴーグルの方を押さえていたモカは、レベッカが後ろの留め具に手を伸ばしたのに気付けず、抵抗が間に合わなかった。レベッカの方がずっと力が強い。両手首を取られて強引に取り払われてしまえば、押さえていたはずのゴーグルは重力に従って落ち、モカの首に垂れ下がる。

「レベッカ、本当に、待って、少しで良いから……」

 目を覆うものを失っても尚、目を閉じたまま顔を下に向けてモカが懇願すれば、レベッカは動きを止めた。押さえた両手を離しはしなかったが、それ以上強引に彼女の体勢を変えさせようとはしない。

「他の誰かの方が、モカを知ってるのは嫌だって言ったでしょ」

 けれど、彼女は言葉の方まで止めようとしなかった。モカはもう、感情が昂って、どうすれば収まるのか分からなくなっている。こんなに動揺しているモカを見ることは、長く傍に居続けたレベッカでも経験の無いことだ。レベッカは俯いたままの彼女を見つめて、その動作を一つも見落とすまいとしていた。

「アタシを好きだって言ってくれるなら、もう、誰にも渡したくない。モカを一番好きなのはアタシだし、モカにもアタシを一番好きで居てほしい。何で、モカを、他の奴になんか取られなきゃいけないの」

 レベッカは泣いていた。震えている彼女の声に、俯いたままでモカが目を開ければ、視線の先、レベッカの膝には幾つも雫が降っていた。それが呼び水のようになり、堪えていたモカの目も涙を落とし始める。頬を伝って、ベッドのシーツを濡らした。

「そんな、言葉、誰から教えてもらったの? イルムガルドの、入れ知恵かしら」

 泣いていることは隠しようもないのに、それでも調子を崩されぬようにとモカは軽口を挟んだ。しかしそれはレベッカの神経を逆撫でした。

「今モカの口から他の誰の名前も聞きたくない」

 あんなに可愛がっていたイルムガルドの名にすら、今のレベッカは怒りを覚えてしまうようになっている。モカには、何が起こっているのかもう全く分からない。

「アタシじゃだめなの? 他の誰かじゃなきゃいけないの?」

 この問いにイエスが言えるなら、きっとモカはこんなに苦しい思いをしなかった。おそらく今もアランと交際を続け、色んなことを上手く飲み込み、受け流していられた。けれどどう取り繕っても、それは叶わなかったのだ。

「……代わりでいいなら、どんなに」

 堰を切ったように涙が溢れ、モカはずっと内に抑え込んで守っていたものを、外に零した。

「私は、どうしても、レベッカじゃなきゃ……あなた、だけが」

 喉を震わせて泣き出したモカを、レベッカは強く抱き締めた。涙がレベッカの胸元を濡らしてしまうから、反射的にモカは押し返そうとしたけれど、レベッカはその抵抗を受け入れない。更に強く力を込め、抵抗を無かったみたいに彼女を腕に閉じ込める。

「じゃーやっぱりアタシでいいじゃん、それで解決でしょ」

「簡単に、言うわね」

 呆れながらも、彼女の言葉にモカは少し笑う。腕の中で力を抜いて深呼吸すれば、また新しい涙が溢れてきた。何の涙なのか、彼女自身もう、よく分からない。不意に『吐き出してみたらどうだろう』と言った司令の言葉を思い出したが、他の誰かのことを一瞬であれ考えたことが知られたら、妙に『怒りんぼう』になっているレベッカをまた怒らせてしまうかもしれない。そう考えたら、少しだけ口元が緩む。一瞬だけだ。モカは見付かってしまう前にと、すぐにそれを引き締める。

「モカ」

「なあに」

「ちゃんと教えて。ちゃんと聞きたい」

 繰り返される最初の要求。躊躇ってモカは沈黙するけれど、何だか今となっては、ばかばかしくも思える。しかし、無抵抗のまま従うという選択肢を選ばないだけ、やはりモカは何処までもモカだった。

「私はフラヴィにあなたを取られたと思っていたのだけど」

「へっ?」

 レベッカが腕を緩めてモカの顔を覗き込もうとしている気配を感じ、モカは逆に身を寄せ、それを防ぐ。

「私にばかりどうこう言うけれど、そういうレベッカは、どうなの」

「……そんなこと言ったこと無かったじゃん」

「レベッカだってそうでしょう」

 モカを誰かに取られたくない等とレベッカが訴えたのも今日が初めてのことだ。指摘に、レベッカが小さく唸る。そしてしばらく言葉にならない声を出し続けて思案した後、レベッカはモカの背をゆっくり撫で、口を開いた。

「モカはアタシのだけど、フラヴィは別に、アタシのじゃないよ。特別だし、可愛いけどさ、仲良い子らと仲良くしてたら嬉しいし、将来、恋人紹介されてもちゃんと喜べる。……変な奴は許さないけど」

「お父さんみたいね」

「せめてお母さんにして」

 不満そうな声に腕の中で少し笑うと、モカは今のレベッカの言葉を反芻した。聞き流そうとしたが、聞き流す意味が無いことを理解したのだろう、レベッカの胸に、小さく息を吐く。

「というか、私があなたのものになっているのだけど」

「モカはアタシの。誰を連れて来てもだめ」

「……そんなこと言ったこと無かったじゃない」

 まるでモカがレベッカに抱いた恋心みたいだと感じながら、それでもレベッカのそれはモカと全く同じ形はしていないのだろうと思う。同じ形になる未来が本当にあるのだろうか、モカには心からそれを信じる強さが無い。

 けれどレベッカは、この腕を緩めそうにない。モカの浅はかな我儘を聞きたいだなんて我儘を言う。また一つ溜息を零し、モカはレベッカの肩に額を押し当てた。

「……好きよ、レベッカ」

 観念して吐き出した告白に、モカを抱くレベッカの腕が強まった。

「私があなたのものなのは、もうそれでいいわ、だから」

 一つの呼吸を挟む。もうここまで来ているのに、まだ躊躇う。それがモカという人だ。そしてそれでも引き出してしまうのが、レベッカという人なのだろう。乞うようにレベッカがモカの頭に自分の頭を擦り付けてくるから、モカは肩の力を抜いた。

「レベッカも、私だけのあなたに、なってくれる?」

「うん」

 嬉しそうにレベッカは頷いて、一層強く、モカの身体を抱き締める。

「ずっとそうだよ、初めて会った時からさ」

 その言葉には迷いなど欠片も無かった。モカはまた泣き出してしまいそうになって、呼吸を飲み込む。

 これはイルムガルドがフラヴィに語ったような『大人』二人としての解決だったのだろうか。子供の喧嘩の末のような終着点。けれど子供として出会ってしまった二人が進むには、こうでなくてはならなかったのかもしれない。レベッカの背に腕を回して力を込めたら、結局モカの目からは、涙が幾つも零れて行った。

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