第18話_見えない目で見る零番街
モカとレベッカは、同日に登録され、同日に訓練所へと入った。つまりNo.17と18は、ほんの少しの手続き上の差でしかなく、そこに少しの優劣も無い。更に彼女らは偶然にも同い年であった為、互いに対して言葉に出来ない特別な繋がりを感じていたようだ。
「同い年かぁ、お姉ちゃん面しようと思ったのになー」
微かに残念そうにそう言ったレベッカの心情を、モカはすぐに察していた。おそらくは故郷に弟や妹を置いてきたのだろうと。今まで『お姉ちゃん』として生きてきたから、この場所でもその形をどうにかして保ちたいと思っているのだろうと。けれどモカはどう取り繕ってもレベッカと同い年であり、登録情報を確認する限りでは誕生月もモカの方がずっと早い。少し考えるように首を傾けていたが、彼女はすぐに楽しそうに微笑んだ。
「じゃあ私が、レベッカのお姉ちゃんになろうかしら?」
「えーやめてやめて、それは何か恥ずかしいよ!」
大きく目を丸め、頬を上気させたレベッカの反応がモカにとっては楽しいらしい。そんな風に扱われる経験の少ないレベッカは、モカがそのような態度で構う度、何処かくすぐったそうにしていた。けれどレベッカにとってそれは幸せな違和感だったのだろう。彼女はモカと過ごす時間がとても好きだった。またモカも、レベッカの傍に居ることが好きだった。同じチームにはなれなかったけれど、タワーで過ごせる間は、二人は同じ時間を過ごすことがとても多い。彼女達の仲の良さは、このタワーで暮らす誰もがよく知っている。
「モカ、すまないが、もう一つ検査を受けてくれるか」
検査室から出たモカへ、職員は眉を下げながらそう言った。別室でまた違う検査が必要なのだろう。モカは憂いなくその言葉に頷く。
「はい、勿論です。謝らないで下さい、私には必要なことでしょうから」
「……ああ、でも、検査ばかりで疲れただろうと思ってさ」
「私は大丈夫ですよ」
移動を前に、モカは色付きのゴーグルを身に着ける。彼女は日常生活の中でずっとこのゴーグルを着けていた。イルムガルドが使用するものほど濃い色ではなく、ちゃんと彼女の目が確認できる。ただ、紫外線や、汚染された空気が目に触れないようにされているのだ。彼女がこのゴーグルを着け始めたのは二年目から。レベッカ達には「目を大事にしようと思って」と答えているけれど、実際はそうではない。
彼女の視力は、能力を使用するほどに緩やかに落ちていた。使用を続けた時に目に軽い痛みが出ることもある。職員の間では、これが彼女の能力の『限り』であると考えられている。
落ちてしまった視力を補う為、ゴーグルには少し度が入っている。また、彼女の能力がどのように作用して視力を落としてしまっているのかの原因を探る為に、職員からの指示もあって能力以外の刺激を遮断していた。一定のラインまで視力が落ちるだけならばまだいいが、将来的に失明してしまうような結果に繋がる可能性もある。職員達はモカの目に対し、細心の注意と、そして研究を続けていた。
ただし五年間使い続けた上で、落ちたのはまだ少しだけだ。日常生活も、ゴーグルさえあれば支障が無い。その為、モカはこれを他言しないよう職員らに願っており、レベッカにも、この事を話す気は無い。万が一知られてしまって、話さなかったことを咎められる日が来たとしても、きっと「大したことではないから」と言って彼女は躱すつもりなのだろう。
また一つの検査を終え、モカは休憩がてら自動販売機のある場所へと向かっていた。職員にも、そこでコーヒーを飲んで来るときちんと伝えてある。その道中で、彼女はイルムガルドとすれ違った。
「……あなた、もしかしてNo.103のイルムガルドかしら?」
「ん、うん」
声に応じて振り返ったイルムガルドは、モカの顔をじっと見上げた。モカはゴーグル越しにしばらくイルムガルドを見つめた後、それを外して、素顔のままで彼女に微笑む。
「私はNo.17のモカ。初めまして。レベッカとフラヴィからお話聞いていたわ」
「あー、……レベッカが紹介したいって言ってた友達、かな」
「多分そうね。ふふ、自分で挨拶してしまったわ。レベッカが後で拗ねるかしら」
モカの言葉にイルムガルドは無表情のままで首を傾ける。表情が無く、反応が素っ気ないことは事前に聞いていた為、モカは特に驚きはしない。
「レベッカに構われ過ぎて困るようなら、私に言ってね。私の注意なら少し聞いてくれると思うから」
「特に、そんな風には、思わない」
「そう? なら良かった」
フラヴィが同じチームになった時、あまりにレベッカが構う為にモカはよくフラヴィから愚痴を聞いていた。ただフラヴィに限って言えば本当に『構われたくない』という気持ちで愚痴を言っていた様子が無かったので、その時はモカも聞くだけに留めていたが、そうではない者も居るだろう。だからモカは時折こうして、レベッカの周りの歳下の子に気を配っている。勿論、迷惑になるような構い方をレベッカがすることは無いと分かっているのだろうが、万が一、念の為だ。それも全て、結果的にレベッカが傷付いてしまわないようにとの想いからなのだろう。
「あの子、歳下に構うのが好きなのよ。気が向いたら、世話を焼かせてあげて」
イルムガルドは何も言わず、モカをじっと見つめてのんびりと瞬きをした。イエスもノーも無いその反応に、モカは少し眉を下げて微笑む。その表情は、レベッカが偶にイルムガルドに向けるものとよく似ていた。
「――モカ、すまない、ちょっと」
「あら」
先程モカが歩いてきた方向から、職員がやってきて彼女を呼ぶ。モカはまだコーヒーを一口も飲んでいない。肩を竦めて、イルムガルドに微笑んだ。
「残念。あなたとももう少しお話したかったのに。また今度、ゆっくりお茶しましょうね、イルムガルド」
ゴーグルを掛け直す寸前、モカはイルムガルドへと軽くウインクをした。イルムガルドは彼女の動きに応じてふわりと揺れた濃褐色の髪に見向きもせず、歩き去るその背中を、不自然な程じっと見つめていた。
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