翁 狐 Ⅰ
深更、わたしは馬に乗った。弥右衛門の背中につかまり、奥深い山中の炭焼き小屋でしばし休憩をとり、再び乗った。
三日前、天満屋の寮に姿を見せた大久保彦左衛門の口から、弥右衛門は茶屋衆配下の
『・・・・信長様に対して、ふたたび
・・・・新城を襲撃した弾正どのの一隊のなかには、やはり大賀弥四郎の残党もいたらしい。さらに、その機に乗じて半蔵さまは、かの芦名小太郎を狙っていたのだ。小太郎が指摘したとおりだったのだ。
その理由を、彦左は、『奥平家を護るため』と、強調した。
『・・・・ふん、小太郎のやつが、亀さまの近くにいれば、奥平家が潰れてしまいかねない・・・・芦名衆の頭目の
・・・・炎も燃え広がったわけではないと知って、ようやく一息つくことができた。いまも、彦左は弥右衛門とともに、松永弾正どのの一味に紛れ込んでいるらしかった。
天満屋嘉兵衛がどういう目的で松永弾正どのに味方しているのかまでは判らないが、わたしを家康息女として弾正どのに差し出すのではなく、明国皇女として
それに、嘉兵衛はこちらの立ち位置というものを、それとなく伝えてくれていたようにもおもわれてきた。つまりは、嘉兵衛は、松永弾正側でも茶屋衆・徳川側でもない、第三の勢力というものに属しているのではなかったか。
途中で馬から降りた。
「姫様、なにが起ころうとも、決して口を開いてはなりませぬぞっ!」
弥右衛門が念を押した。口を開くな、という意味は十分に判っている。異国の皇女に成りすますのだから、この国の言葉を理解している素振りを見せるなということだろう。
一行の総勢は五十人ばかり。
どうやら弥右衛門の統制が
「・・・・それがし、三河を
狐につままれた気持ちで、アッと声をあげそうになった。すると、佐助が鋭い目で見返してきた。弥右衛門と佐助は、彦左の郎党を装っていたのだ。
これからどのような道化がはじまろうとしているのだろうか・・・・。
まずは畳敷の大広間に通された。三方の大襖には、金箔を施した珍しい獣たちが戯れている絵図が描かれていた。
七、八人の恰幅のいい武士たちが上座からみて左側に座していた。
右側には
「・・・・拙者、武田
と、こちらをみて目礼を送ってきた。
「・・・・三河の大久保衆といえば、
武藤喜兵衛と名乗った男の声は、遠くまで響き渡る透き通った高音だった。
「・・・・姫様におかれましては、ようも、ご無事で、なによりでございました。国を逃れ、大海の波頭を乗り越え、はるばると参られたからには、もう二度とかかるご苦労はおかけ申さぬ。まもなく、わが武田の領地にまでお連れ申し上げますぞ」
つまりは武田勝頼に買われるということなのだろうか。頷くこともなく、喜兵衛なる者の
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