芯  奥  Ⅳ

 堺の湊まで延々と続く道には、船大工や鉄砲鍛冶、鋳物師などの工房や民家が建ち並び、人混みで賑わう大通りには、異国の椅子や円卓や茶器や敷布、物珍しい品々を商う店が目立った。幼少の頃、茶屋四郎次郎どのが岡崎の城に季節の変り目ごとに届けてくれた珍奇な物も、この堺で手に入れたものだったかもしれない。

 三河のように閉じられた世界では決して見ることのできない、拡がりの連鎖のようなものを実感させられた。

 茶をふるまう店の前の横長の木椅子に腰をおろした。潮のにおいと人のにおいが、ほどよいあんばいで混じっては風にのって通り過ぎていった。久方ぶりに爽やかな気分になって、

「船ならば、いつでも、どこへでも、好きなときに行ける・・・・」

と、つぶやいていた。

 すると、隣に腰掛けていた嘉兵衛かへえが、叱咤を含んだ口調で喋り出した。


「・・・・それは、海の怖さというものを知らない者のいでございましょう。所詮しょせんは人や物を運ぶ道具にしかすぎませぬ。・・・・海の上では、飲み水が欠かせませぬ、ところが、夏の日差しは水を腐らせてしまいます。それで腹をこわし・・・・あっけないほどに人は死ぬるのでございます。五月、六月ともなれば、桶に溜めた水は、ほんの二日、三日で腐ってしまいますから・・・・」


 水や食糧を腐らせずに保存する知恵こそが大事だ、と嘉兵衛は強調する。それには現地調達に勝るものはないという。島影が見えるたびに船をつけ、小高い山を登って湧水や滝を探すのだそうである。食糧は島民から奪い取る・・・・


「・・・・そのうちに互いに知恵を出し合うようになります、密約のようなものでございますよ。船が来たりなば、島民は水も食糧も寝床も提供する代わりに、他の海賊から守ってもらう、珍しい異国の品々も譲ってもらう・・・・というような約束事でございます。互いに殺し合うより、よほど好ましい・・・・そのうちに島の女と海の男の間にが産まれ・・・・児らの一人は大海に出て、もう一人は島に残り・・・・こうして、強い絆がつくられていく・・・・」


 なるほどそういうものかと、漠然とながら合点した。理解できたといえば嘘になるけれど、そういう人の営みのありようというものが、おぼろげにもわかりかけてきたような気がした。

 こちらが口を開こうとしたとき、嘉兵衛が通りのずっと奥の大木の方角を指差した。潮風けに並んで植えられた松の木だろうか。


「あれをごろうじられませ。枝が揺れておりましょう・・・・あれは、佐助でございますよ。遠目が効きますので、ああやって、姫様に害を及ぼすやからがいまいかと、見張っているのでございましょう」


 そう言われても、そこからでは大きな鳥のようにしか見えなかった。嘉兵衛が逆の方を向いて、人混みの中で道脇に佇んでこちらをうかがっている人物を指差した。


「や!」


 思わず声をげそうになった。熊蔵が照れながら、視線のり場に困っていた。

 すると、コホンと咳払いした嘉兵衛が真顔になってわたしを見た。いよいよ、このわたしにどんな役割を担わそうとしているのか告げてくれるのだろう。

 黙って頷き嘉兵衛の言葉を待った。


「・・・・姫様には、松永弾正様の城に赴いていただきます」


 松永まつなが弾正だんじょう

 名を耳にした途端、くらくらと宙に浮いてしまいそうになってしまった。その悪名は、三河にまでとどろいていた。

 十三代将軍足利あしかが義輝よしてる公を弑逆しいぎゃくした男。

 東大寺大仏殿を焼き払った男。

 信長様と戦い、敗れてのち、信長様の麾下きかに列した老練の武将だ。

 驚いているわたしに追い討ちをかけるように、嘉兵衛は淡々とした口調で続けた。


「・・・・姫様には、明国の皇女、秀華姫にふんしていただくことになりましょう・・・・」

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