芯 奥 Ⅰ
気がついたとき、わたしは揺れていた。いや、まさしく部屋全体が、右に左に揺れていたのだ。
「・・・・大船の中でございますよ」
見知らぬ女人が耳元で囁いた。聴いたことのない
船の上なのに武器が必要・・・・アッと、察した。海賊の二文字が
かりに海賊に
「・・・・亀さま、大丈夫ずらぁか」
なんと大久保彦左衛門がいけしゃあしゃあとほざいた。
「それがしが、亀さまをさらってきただにぃ」
そのことばに嗚咽して吐いた。酸っぱい臭いがまわりに散った。
初めて体験する船酔いというものであった。頭の
彦左がわたしを
この〈船〉という乗り物に乗ったのも初めてのことで、大袈裟ではなく生きている心地すらしないときが続いていた。かいがいしく世話をしてくれる女人の中には、武器をもたない商家の者もいた。聴き慣れない
けれど冷静を取り戻すと、やはりあの彦左の
「・・・・姫様、少しは外の風にあたられたほうがよろしいですぞ!」
腰に脇差を帯びている船夫の一人が手招くまま甲板にあがると、塩の苦味を含んだ風が頬を撫でた。
見渡す限りの大海原を、巨大な落日が紅く広く染めている。やはり、彦左は、別の小さな舟で、堺の
「・・・・では、この船も、堺へ向かっているのでしょうか」
「さようでござる」と、応じた男は、
「・・・・彦左があなたを雇ったというなら、この私が、いまから雇いましょう。
わたしが
「はっはっは・・・いやあ、その手がありましたなあ。実に、おもしろきことを思い付かれましたなあ」
笑いながら首を横に振った。三十はとうに過ぎているとおもわれる
「・・・・失礼ながら、姫様は、うーん、お城の姫様らしくはございませぬな。怖くはございませぬのか」
「怖くない、といえば嘘になりましょう。ただ、世間というものを知らない身ですから、どのように怖がっていいのかすらわかりませぬ。それに、そなたさまも、悪意のある人のようには見受けられませぬ」
すると弥右衛門は、ふたたび哄笑した。
「わっはっは、手前を
・・・・弥右衛門がいうには、
「・・・・おお、そういえば、熊蔵と申す輩、捕らえたままだが、あやつ、まことに姫様のご家来衆でござろうか」
なんとあの熊蔵は、わたしと一緒に連れ去られてきたらしい。ここでも監禁されるとは、よくよく不運な男だと可哀想になった。縄を解いて着替えさせた上、連れてくるように弥右衛門に頼んだ。
たとえ素性の定かでない者であったとしても、いまは誰でもいいから三河言葉をこの耳にしたいと思った。すると、あの熊蔵がわたしに幸運をもたらしてくれる忠犬のようにすら思われてきて、そんな想像にふっと笑みを洩らした。ほんの少しだけ気持ちがやわらいできた。熊蔵のおかげかもしれない。人との関り合いというものはまことに不思議なものだと、そんなことに思いをめぐらせる余裕が生まれてきたようだった。
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