虚 実 Ⅳ
熊蔵と名乗った青年は、後ろ手に縛られたまま牢の中にひとりきりで居た。牢といっても、
なるほどこれでは手を縛っておかなければ、逃げるのも容易だろうとおもわれた。
わたしがきたことを牢番が告げると、熊蔵は転がるように寄ってきて、頭を藁まみれの地面に額をすりつけた。両手は腰のあたりで縛られたままなので、だるまが左右に揺れているようにみえた。家来になりたいという相手だけに、
「
少し調子に乗りすぎたきらいはあるけれど、一度口に出してしまったからには、いつもとは違うもう一人のわたしというものを演じ続けなければならない・・・・。
「ははっ!」
熊蔵が顔をあげると、まるで藁と土と埃まみれの泥人形のようにおもえてきて、思わず大声で笑いそうになった。これはいかぬと慌てて咳払いでごまかした。
「はいっ、なりたいのでございます!」
「なにゆえ、この亀の家来になりたいのかを聴いておる!」
「はっ、はい、なりたいとおもうたからでございます・・・・」
「どうしてなのか、その理由を申し述べてみよ」
「ははっ、どうしてもなりたいとおもったのが、嘘偽わざる理由でございまする・・・・」
こんな禅問答のような繰り返しが続いたあとで、牢番に縄をほどいてやるように言った。あの休賀斎の老公が二度ほど熊蔵を
城内に残った老兵や里村の年長の
小太郎は表情を変えず
「・・・・詞葉の具合はどうでしょう」
わたしのほうから切り出すしかなかった。「大事ない」
「傷は深いと聴きましたよ」
「もう峠はこえた」
「・・・・・・」
日頃から寡黙な小太郎だが、これでは会話が続かない。思いきって詞葉を“姉上”と呼んだ真意というものを問い
「・・・・誰の耳にも入れてはおりませぬ」
わたしが言うと、安堵したのか、女人のような小さな吐息を洩らした。ようやく喋る気になったらしい。
「・・・・幼少の頃、ともに暮らした・・・・実の姉のような方だ」
「では、芦品
「・・・・いや、育ての親、のようなものだ」
そう言ったきり、ふたたび会話が途切れた。こちらから
「・・・・あの乱闘のなかに、
伊賀者というからには、おそらく服部半蔵さまの配下の者にちがいない。わたしを警護するために
「そうではあるまい。このわたしを狙っていた・・・・、
吐き捨てるように言った小太郎の推測というものは、わたしには得心できなかった。半蔵さまの上には、父家康がいる。まさか父が小太郎の命を狙っていたというのだろうか。
ため息すら出なかった。休賀斎の老公も、そのことを知って伏せていたのだろうか。口を開きかけたとき、小太郎はぷいと視線をはずし、そのまま退出していった。あまたの疑念だけが取り残された。
・・・・その夜、わたしの鼻が男の臭いを嗅ぎつけた。晩夏とはいえ、蒸せる風の名残りに混じって、汗と埃と尿の臭いというものが混在したものに包み込まれた。
寝ているわたしの背に差し込まれた四本の腕のあの感触だけは、いまだに忘れることはできない。ぐいぐいと背骨を圧する痛さに耐えかねて、「痛いっ!」と叫んだ。
「姫!お案じあるな!いまから、姫をお救いまいらせる・・・・」
幼児が抱きかかえられるようにして持ち上げられたわたしは、めらめらと燃え上がる炎と煙を、はっきりと
馬の
刃を交える音に混じって、侍女たちがあげる凄まじい声が
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