邂 逅 Ⅴ
どうして彦左は、明国の姫君のことまで知っているのだろう。そのことのほうがよほど不可解というものだ。まさか、敵に寝返っているのはこの彦左本人で、
幼馴染みとはいえ、数年経てば、それぞれの立場というものは、随分と変わっているものだから。そんな心持ちで彦左を睨んでいると、横から小太郎が、
・・・・正式な国号は、
「おんし、どうして、そんなに詳しく知っているずらよ」
突然、鋭く彦左が小太郎を問い詰めた。
「先に、おまえが言い出したことではないか!わたしの配下の者が、逐一、
すかさず小太郎が言い返した。さらに、付け加えて、小太郎は皇女たちの動向を伝えた。
「・・・・秀華姫は、十五、十六歳、能登から大和国をめざしているようだ。明国に留学していた僧侶が従者にいて、
「おんし、一体、何者ずら!怪しい奴め・・・やはり、
小太郎の胸ぐらにつかみかかろうとした彦左を
その日の夕刻には、老公の姿は城から消えていた。おそらく動静を探りにいったにちがいない。
「なるたけ
そう言って何度も忠告する。やはり笹も、彦左がわたしの日常と奥平
そのことに気づいて、わたしはニタニタとひとりで笑いころげた。
その二日後、彦左のあとを追うように、珍しい人物が
「姫様、
いわゆる
幼少の頃、わたしは半蔵さまに背負われてよく遊んだものである。兄とわたしの護衛役も兼ねていたからだ。その頃の半蔵さまは、寡黙で、ほとんど喋ることはなかった。印象深いひょうたんのような縦長の顔と切れ長の目尻が、目の前にあった。いまはもう三十六、七歳になっていたろうか。
半蔵さまは、彦左と小太郎が伝えてくれた明国の二人の皇女のことを、さらりと語った。わたしはいま初めて耳にしたさまを装い、ことさらに驚いてみせた。
「・・・・織田様は是が非でもこの皇女を確保せよと、配下の武将に
深刻そうに唇を噛み締めた半蔵さまは、わたしが
「・・・・明国皇帝の血筋という権威を最大限に利用するつもりなのでしょう。おのが息子と
つまりは、二人の姫君は、ただの道具として利用されるということだろう。つい哀しくなって
「な、なんと、大久保の八男坊め、この城に来ておりましたのか!あ、あやつ、殿さんの不興を買いましてな、浜松の地から
・・・・それは、もう
「・・・・三郎
ぽかんと大口を開いたまま、半蔵さまの
・・・・今川氏真公とは、信長様に桶狭間で殺された義元公のご嫡男である。わたしの母の
なかなかに人の血脈というのは複雑だ。ちなみに、氏真公の母は、武田信玄公の姉君で、信玄公の嫡男、太郎
武田義信さまは、永禄十年の春に父である信玄公から自害を命ぜられている。父が、実の子に死を命じたのだ。
なんとまあ、これが、この世のありさまなのだった。
乱世とは、よくいったものである。父である信玄公に対する
・・・・このことは、今川義元公が桶狭間で倒れてのち、
かの信玄公でさえ、生前も、譜代衆、国人衆、新参衆など、さまざまな利害関係者から盟主として仰がれていたにすぎず、方向性を調整しつつ、領国経営の戦略を立案していく苦労というものは、並大抵のものではなかったはずだと、いつだったか休賀斎の老公が
いまの徳川家も決して例外ではない。いまだに、父家康の側近のなかにも、信長様との同盟を積極的に推し進めようという者、徳川として独立独歩の道をいくべきだと主張する者、
「・・・姫様、ご安堵なされませ。殿さんは、
寡黙冷静の半蔵さまには珍しく、熱く語ってくれたことこそが、明国皇女のことも含めて、風雲急を告げているらしいことがうかがえた。
「彦左のこと、父上に
「いや、そのことは聴かなかったことにいたしますゆえ、早く、彦左には
笹と同じことを半蔵さまは言った。その重ね合わせがおかしくなって、わたしは頬をたるませるしかなかった。
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