邂 逅 Ⅳ
大久保彦左衛門とは、ただ同じ年齢というだけでなく、幼い頃には、互いの秘部をみせあったことや、まだ乳房にならない胸を触らせてやったことぐらいはあったかもしれない。田舎の三河は主従の関係もすこぶる
大久保衆は早くから父に仕えてきた。というより松平家の譜代衆といっていい。彦左は大久保家の八男坊で、当主である長兄の大久保
だから彦左は気楽なのだ。
すでに
それに
休賀斎の老公も小太郎も、ともに聴こえない
「亀さまに惚れとるだらぁ」
反応がないと知って、念を押すように彦左が繰り返した。おそらく小太郎に聴かせようとしていたのではなかったか。こんどはかなり強い口調だった。それでも小太郎は無視を続けている・・・・。
「おんし、何者だらぁ?」
ようやく彦左が小太郎と面と向き合って挑発した。〈おんし〉とは、三河では
「芦名小太郎・・・・奥平の
「おんし、まだ若僧のくせに、病持ちのごとくに
ことさらに小太郎に喧嘩を売っているようにみえた。ふたりはともに十七歳、わたしと同じ年齢だ。小太郎はれいによって含羞の笑みを浮かべて彦左をじっと見つめいる。それがかえって彦左の感情を害したらしい。露骨にムッと顔をしかめた。
「・・・・おんし、どこの国のもんだ?おんしの
「それはおまえのほうだ!」
挑発に乗って小太郎が応じてしまった。それから
ついには彦左のほうが垢まみれの頬をぼりぼりと
「彦左!どこへいくだん?」
どこに行くつもりで
「どこにも行かない、亀さまに伝えに来たずら。一大事なもんで・・・・」
彦左は意外なことを言った。
「これ、どういうことだ?早く申さぬか!」
たまりかねた休賀斎の老公が口を挟んだ。さすがの彦左も、老公には頭が上がらないとみえ、急に
・・・・大賀弥四郎は、すでに処刑されている。妻子、郎党ことごとく、と聴いていた。天正三年四月のことである。ちょうど信昌どのに
大賀弥四郎は、もともとこの奥平家に属していた東三河の郷士である。父家康に見い出だされ、父の
これにはもう少し詳しい説明が必要だろう。
東三河は、西三河を発祥とする松平(徳川)家にとっては、鬼門ともいえる地帯で、代々、東三河対策に悩まされてきた苦い歴史があったようである。
だからこそ、東三河の在野の武士団の
ところが、その大賀弥四郎が
「・・・・弥四郎は、手足を縛られ、掘った穴の中に埋められた。土の上に首だけ出されて、青竹を槍にして、道行く人に、おもいおもいに首を刺させた、というぞ!」
彦左が言った。その噂は、当時、岡崎の城にいたわたしの耳にも届いていた。弥四郎が埋められたのは、たしか岡崎の町外れの四辻だったはずだ。
「弥四郎どののことは、よく知っとう。そんな大それたことを為す
わたしがつぶやくと、
「そのことと、一大事と、どのように
と、彦左を
「・・・・大賀弥四郎の武田への
彦左の一言が、わたしの胸を撃った。奥平の大殿とは、夫信昌どのの父、わたしの
けれど舅どのが、大賀弥四郎の
彦左の話はまだ終わらない・・・・。
「・・・これにはまだ尾ひれがあって、岡崎の三郎
語尾を濁して
「・・・家康の殿さんは、武田とよしみを通じようとする者らへ警告として、大賀弥四郎一派に対し、
そのことはわたしにも
兄信康のことを、〈
たゆたうわたしの
「・・・・
なるほど、そういう見方もあるのだと、妙に得心した。けれど、ふたたび彦左が追い討ちをかけるように意外なことを告げた。
「・・・・
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