邂 逅 Ⅲ
岡崎からつき従ってきた
にもかかわらず、
そのことを笹に告げると、
「・・・・なれば、ご老公に、おたずねなさればよろしいではありませんか。ご老公は、小太郎様の剣の御師匠らしいですから」
と、さすがに噂集めの達人のような意見を披露してみせた。
老公とは、奥平家の
もとは奥平の姓を冠していたこともあり、夫信昌どのの血族であるらしい。上泉伊勢守という剣聖と
父家康も、この老公から剣術を指南されている。大永六年の生まれというから、とうに五十の坂は越えているだろうか。小柄で痩せた
そういえば、岡崎から
いまも突然ふらりと現れては、あたかも
「亀どのよ、そう、うろつかれては困るわいな。いくら若殿が好きにせよと申されたにせよ、こう神出鬼没では、警護のしようもあるまいて」
老公はわたしを見かけるたびに、そんなことをぶつぶつと呟くのだ。小太郎の正体というものを老公に問い
その数日の後、みすぼらしい身なりの青年が、城にやってきた。
「亀さまに会わせておくれん」
背丈よりも長い槍をかついでいる青年には
「奇妙なやつが、やって来たぞ!」
小太郎が告げにきた。もともと無口な
わたしは正門まで駆けていった。突然の来訪者は、わたしを認めると、汚く黒ずんだ顔に満面の笑みをたたえ小躍りして喜んだ。
「やっとかめに会えたずら。ええ城に住んで、けなるいなあ」
やっと亀に会えた、と言っているのではない。〈やっとかめ〉は、久しぶりという意味の三河言葉だ。〈けなるい〉は、羨ましいの意で、〈久しぶりに会えた、いい城なので羨ましい〉と言っている。
「・・・それがしのこと、忘れただらぁか?」
「おぼえとるがやぁ、さあさあ、あがっておくれん!」
わたしは手で招き入れながら、ケラケラと笑った。汚ない身なりの青年は、大久保
わたしと同じ永禄三年生まれの十七歳。
通称は、
それがし、というのは幼い頃からの彦左の口癖で、どうやら三河発祥の一人称のようである。当時からわたしは〈彦左〉と呼んでいた。
二の丸へ続く
いつの間にか、休賀斎の老公も当然のような顔で傍らに張り付いていた。彦左は老公には丁寧に目礼してから、小太郎の視線はまったく無視したまま、唐突に意外なことを口にした。
「それがし、昔から、亀さまに、惚れとるだらぁ」
アッとわたしは体を震わせた。
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