序 章 (慈雨 Ⅲ)
わたしの婚儀が整いかけたとき、兄は猛反対した。
東三河の奥平一族は、もともと今川氏に属していたが、義元公が桶狭間で倒れてのちは、武田
自らの生き残りを
驚いたことに、このとき、貞昌どのにはすでに妻がいたというではないか!武田家の人質になっていたらしい。武田家から離反することは妻の
さらに驚かされたことには、殺されるにちがいない妻女の代わりに、
『・・・味方するならば、わが娘、亀を、貞昌にとらせる!』
と、父が
この一言が、奥平一族の闘志をかきたたせたというではないか。なんということだろう、わたしの存在が、奥平家の〈欲〉に火をつけたのだ。そのことを考えるだけで、ゾクゾクッと
かの信長様も大いに
それ以降、貞昌どのは
・・・この奥平信昌どのとの婚儀を伝え聴いた兄は、真っ向から反対の声を
『わが妹を、お亀を、目先の
このようなことを父家康に申し入れた兄は、
けれど信長様は、『・・・身を
われらの同族とは、親戚関係に基づく絆のことだろう。けれども要するに政略結婚を繰り返すというだけにすぎない。そのように兄も感じたのか、憤慨はおさまらなかったようだ。
『なにが人の道か!人質として、敵地にある妻や家来を見殺しにすることが、人の道ではあるまいぞ!』
このときの兄の
いずれにせよ、このような兄の気持ちは嬉しかったけれど、長篠の
それに、遠く離れたところで、兄の活躍ぶりを見守り続けたいと考えるようになった。かりに奥平一族がこれからの兄の支えになるというのなら、このわたしが奥平の家に根付くことがなによりの兄孝行になるのではないか。そう決心すると、わたしに迷いはなかった。
奥平信昌どののもとへ
その日は、朝から雨がぱらついていた。激しくはないが、長く、細く、いつまでもしと降り続けていた。
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