【おれたちの黄金時代】SFPエッセイ060

 電車のドア脇でよく見かける完全脱毛を促す広告を見るたびにため息をつく。特に春先からは、夏までにムダ毛の処理を済ませろと全ての広告が連呼しているような印象さえ受ける。あわてて断っておくが、脱毛の広告にケチをつけたいのではない。これだけ氾濫しているところを見ると、送り手の側にも受け手の側にもそれなりのニーズがあるからこそのことなのだと、頭では理解できる。

 

 でもぼくはため息をつかずにいられない。自分の感覚がずれているだけなのだろうとも思う。持って生まれた自分の体毛を「無駄なもの」として、もっと言えば「忌まわしい、存在すべきではないもの」として除去するのが当たり前の世界に対して、ぼくはどうしても馴染めない。それはお前が時代に取り残された年寄りなのだと言われたらそれまでだが、馴染めないものは馴染めない。

 

 もうひとつ、デリケートゾーンという言葉の発明とその氾濫についてもいささけげんなりしている。陰部とか会陰とか性器とかいう単語を公共の場で使用するのがはばかられるから、その言い換えとして登場した言葉だと思うし、その言い換えの巧みさには感心もするのだが、やはり違和感が拭えない。だって意味する内容は同じでしょ? もしも陰部とか会陰とか性器という言葉を使うことにはばかられるところがあったのなら、それは言いかえようが何をしようが変わらないはずだ。

 

 ところが「デリケートゾーン」の発明後、そういった配慮はまるで感じられない。もちろん一人の脚本家として、言葉を扱う職業柄、なぜそういうことが起きるのか現象としては理解できる。「陰部・会陰・性器」について語る必要があるのに、社会的な規制のために表現できないという悩みがあって、それを「デリケートゾーン」の発明が解決したのだ。これでもう誰にも後ろ指を刺されずにおおっぴらに「デリケートゾーン」について語ることができる。今まで書きあぐねていたことがすらすら書ける。VIVA!デリケートゾーン! というわけだ。

 

 気持ちはわかる。でも話している内容は同じだよね。例えばそこで語っている内容を映像に撮って見せることを検討すると(これはまだ規制がかかっていてありえないけど、まあそれは脇において)、こんなにおおっぴらには扱えないはずのものだ。映像でできないことを、言葉でできるようにしている。社会的な規制の方に問題があるのかもしれない。でもぼくには言葉の発明で手品めいたトリックを弄しているように思えて仕方がない。

 

 そしてもうひとつ。これが最も重要なこととも言えるが、ぼくは体毛の多い女性が好きだ。体毛が濃い人も嫌いじゃないが、どちらかというと産毛がうっすらと肌をおおっている女性にたまらなく惹かれる。もしもそれがふさふさと長ければ完璧だ。わかっている。ぼくは少数派だ。言われなくても承知している。2020年の日本の、それも東京あたりでは、極めて少数派の意見だということは。若い女性の多くが目指すのは全身脱毛でつるつるすべすべの肌だというこもよく知っている。

 

 でも、だからこそ声を大にして言いたい。ぼくは体毛の多い女性が好きだ! 好きなんだ! 手のひらに触れるあの触感。毛並みに沿って撫でる時の満たされた思い。あえて逆撫でする時に両者間に生じるある種の緊張と、快感。体毛のない、つるつるの肌の女と愛し合うことなどぼくには全く考えられない。いったいそれのどこに楽しみがあるんだ? 味気ない、砂でも噛むようなセックスでしかない。快感が押し寄せるにつれて体毛が波打つ時のあの信じられないような美しさは何物にも代え難い。

 

 だから、もしも体毛に覆われた肌を持つ女性は、そのかけがえのない価値と魅力をむざむざ捨てないでほしい。脱毛の広告を見ると暗澹たる気分になるのだ。体毛の価値がわからない、審美眼を欠いた平準化主義者どもが、何者にも代えがたい希少な価値を押しつぶしていくことに、そうやって世界を台無しにしていくことに怒りを禁じ得ない。グローバリズムがローカルな作物や工芸品を駆逐して伝統に息の根を止めるのを見るような、無力感と憤りを覚える。

 

 ぼくの第2回監督作品『おれたちの黄金時代』は、5人の若い詐欺師の男女が、ひょんなことから巨大なグローバル企業に目をつけられて、彼らを社会的に抹殺しようとする闇の組織を相手に、知力と体力の限りを尽くすアクションコメディだ。映画のストーリーについては語ることはない。どれだけ笑えてどれだけハラハラできてどれだけスカッとするかは、説明するまでもないだろう。見て貰えばわかることだからだ。たっぷり楽しんでほしい。でもその裏テーマに全身完全脱毛系のグローバル企業と、体毛フェチの5人の構図があることは、たぶん気づかない人が多いだろう。隠れミッキーみたいなものだ。興味がある人はどのシーンでそれが描かれているかチェックしてみてほしい。

 

(「【おれたちの黄金時代】」ordered by 阿藤 智恵-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・趣味・映画などとは一切関係ありません。

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