【全自動半ズボン】SFPエッセイ051

 暇な休日には街に出て店を冷やかす。懐は寒いので散財はしない。あれこれ物色するのが楽しい。買う気がないわけではない。買う気がないと店員のあしらいが邪険になる。なのでいつも買う気満々で臨む。買う気満々だがすぐには買わない。次にも行く店がある。だから全部見て一番いいものを買う。そういう姿勢である。

 

 それで実は結局何も買わない。これではダメだ。いただけない。「あわよくば買わずに済まそう」。そんなことを思っているとやはり見透かされる。だから本当に買う。必ず買う。その日、一品は必ず買う。予算はその日次第。競馬で当てた直後なら数万円。からっけつの時には数百円。数百円であっても、最高の買い物をする。そういう姿勢で臨む。すると店員のあしらいも悪くなくなる。おれの本気を感じ取るのだろう。予算は口外しない。高くても、安くても。

 

 先週末は蒲田に行って店巡りをした。予算は1000円。からっけつより少しマシ。そんなところだ。午前中に家を出て、昼飯に羽根つき餃子を食う。これで今日の食事は終わりだ。あとは店めぐりだ。丸めた1000円札をズボンの右ポケットに入れ、商店街をぐんぐん歩く。わき道に入る。開いてるのかどうかわからない骨董屋がある。盆栽の陰に埋もれた店がある。気になる珈琲屋がある。お洒落な雑貨屋にも入る。100円ショップにも入る。どこでも同じに思えるが違う。入ってぎろぎろ見る。意外なものが見つかる。何度も来ているのに発見がある。初めて見つける店も多い。初めて見つける道まである。

 

 午後の早い時間に大田リサイクルバザールを見つけた。結局ここで半日過ごした。大田リサイクルバザールを知っているか? たぶん知らないだろう。おれも知らなかった。JR蒲田駅前から京急蒲田に至る途中にある。ごちゃごちゃしたあの街区だ。古びた雑居ビルに入っている。築40〜50年はくだらないビルだ。小さな路面店に見えるが違う。中に入る。婦人服がある。子供服がある。男物もある。サラリーマン風のスーツ類の奥に家電が出てくる。電子レンジがあり、トースターがある。扇風機があり、懐中電灯やらガスコンロやらもある。

 

 その奥は収納だ。食器棚や本棚やカラーボックスなどなど。こんなに奥行きがあるのか。意外な広さに驚きながら進む。狭い螺旋階段がある。どれくらい狭いかというと、一人しか通れない。登る人と降りる人が鉢合わせたら動けない。どちらかが元の階まで後退するしかない。階段を降りると自転車が出てくる。驚くほどの台数が並んでいる。その先にはリビングの家具が見える。階段を上がるとまだ上がある。2階はCD、MD、カセットテープ、レコードなど。それぞれのプレイヤーもある。音楽に関する書籍もある。Tシャツがあり、グッズがある。クラシックもロックも民族音楽もなんでもある。映像はない。ゲームもない。

 

 3階はキッチンまわりだ。皿や、カトラリー、グラスなど。食器類がところ狭しと並んでいる。包丁やミキサーなどもある。本もある。レシピ本もあれば、キッチンウェアの写真集もある。壁一面を埋め尽くすほどそろっている。4階は民族雑貨だ。インドがある。ネパールがある。台湾がある。アボリジニがある。アフリカがある。ケルトがある。アステカがある。ブードゥーがある。服があり楽器があり小物があり玩具がある。無秩序にびっしり並んでいる。いろいろなものが目に飛び込んでくる。5階はギャラリーだ。リサイクル品の精鋭が展示されている。5階? そう5階まで全てこの店なのだ。これはもう百貨店と言っていい。リサイクル品の百貨店だ。

 

 気がつくともう夕方だった。あまりにも面白いので時を忘れていたのだ。1階を見て、地下をめぐり、2階、3階、4階で4時間が過ぎていた。ギャラリーは輪をかけて面白かった。リサイクルアートのオンパレードだ。骨董品をバラバラに解体し、組み合わせた異形のものたち。コンロ型の投影機。音楽を奏でる扇風機。椅子にも机にもベッドにもなる革製バッグ。自由に作曲出来るオルゴールつき目覚まし時計。高圧電流を発生させる手袋。紙飛行機型の浮遊するランプ。コンセプト商品かと思ったら全て実用品ばかりだ。

 

 全自動半ズボンも、もちろんその5階にあった。一目見るなりおれは気に入った。値段は980円だった。これが欲しいと思った時にはもう買っていた。隣に店員が立っていた。おれの1000円はなく、20円が戻ってきた。店員が袋を渡してきた。袋の中には全自動半ズボンの包装が入っていた。おれがはいていたトランクスも入っていた。全自動なのだ。おれはもう全自動半ズボンをはいていた。トランクスなしで素肌に直接。飛ぶように階段を降りた。家に帰った。鏡に写してみた。ぴったりだった。以来脱いでいない。何の支障もない。全自動だからだ。肌は清潔に保たれ、便意も尿意も性欲も全自動で処理されている。こういういい出物があるから買い物はやめられない。

(「【全自動半ズボン】」ordered by 冨澤 誠-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・茅場町MAREBITOなどとは一切関係ありません。

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