【こだわりということばへのこだわり】SFPエッセイ048
最近とみに頻繁に見かけるようになりいささか目に余る表現に「こだわる」というものがある。曰く、コンマ1ミリ以下のこだわりを持った家具デザイン。曰く、素材から製法までこだわった特製スープ。曰く、一語一語にこだわって磨き抜いた文章。曰く、細部までこだわりぬいた高級車。いずれも、職人気質の人物が手を抜かず丹精込めてつくりあげるような良いイメージとして語られている。
そうか? 本当にそうなのか? わたしは非常に大きな違和感を覚える。
そもそも「こだわる」という言葉はネガティブな言葉ではなかったのか。「もう終わったことなのに、いつまでもくよくよとこだわっているんじゃない!」というような時に使う言葉だったはずだ。だいたいわたしはこだわる人間が大嫌いだ。小さなどうでもいいようなことを蒸し返してぐずぐずと時間ばかり食う人間にろくなやつはいない。だからわたし自身は決してこだわらないよう心がけてきた。
それがどうだ。気が付けば家具職人も、料理人も、文章家も、カーデザイナーも猫も杓子もこだわりまくっている。ぐずぐず、くよくよ、ちまちました人間が大きな顔をしてぞろぞろ歩いているようで気持ち悪くて仕方がない。ひょっとしたらわたしが何か意味を取り違えているのだろうか。そう考えてさっそく辞書に当たってみた。
わたしが引いた辞書には4つの意味が載っていた。
1つ目はこうだ。「心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。拘泥する。」とあって、例文に「金にこだわる人」「済んだことにいつまでもこだわるな」とあり、まさにわたしが思っていた通りの嫌な意味だ。やっぱりそうだ。心が不自由な状態だ。どこがいい意味だ。大局を見失い、どうでもよい、些細なつまらないことにかかずらっている。張り手でもかまして喝を入れやりたい。
2つ目はこうだ。「普通は軽視されがちなことにまで好みを主張する。」とある。例文に「ビールの銘柄にこだわる」というものが挙げられているので、これが現在の「こだわる」の氾濫の元のように思われる。しかしわたしに言わせればビールなど夏の暑い日に喉が渇いていてグラスの中できりりと冷えて泡が立ってさえいればなんだって美味しいのだ。銘柄がどうした、である。細かいことを言うな。どうせ目隠しテストをしたら区別もつかないくせに。うるさいうるさい。
3つ目はこうだ。「物事がとどこおる。障る」という意味があるのだそうで、例文に『東海道中膝栗毛』から「脇差の鍔が横つ腹へこだわつていてえのだ」とあるが、江戸時代の文章しか見つからない時点で、これはもうあまり使われているとは思えない用法だ。あるいはどこかの地方にはこういう言葉が残っているかもしれない、という程度のものだ。
4つ目はこうだ。「他人からの働きかけをこばむ。なんくせをつける。」とあり、これまた例文が浄瑠璃からのもので時代が古い。読んでもよくわからないから引用しても意味がないとは思うが、ここまで3つは紹介してきたので行き掛かり上、仕方がないから書く。「達ておいとまを願ひ給へ共、郡司諸高こだわつて埒開けず」。状況もわからなければ意味もわからない。例文の意味があるのだろうか。しかしどのみち、人を拒絶したり、些細な欠点をあげつらったりするようなやつにいいところなどない。
いかがだろうか。嫌な意味ばかりだ。
何をとちくるって、人々は嬉々として「こだわるこだわる」なんて言い始めたのだろうか。きっとコピーライターなんぞという虚業の者共が、ちょっと気の利いたことを思いついたつもりで流行らせたのだろう。「ネガティブな言葉をあえてポジティブな意味に使うことでアイキャッチ効果を高める」だのなんだの小賢しい理屈をつけたに違いない。浮ついた思いつきを得意げに振りかざすその態度が気にくわない。歴史や伝統を平気で踏みにじる心根が不愉快極まりない。
考えれば考えるほど頭にくる。実際のところは言葉に対する「こだわり」などないくせに、地に足のつかない、いっときの流行で本来の意味とは違う形で、よりにもよって「こだわり」という言葉をはびこらせる。そういう真剣味の微塵も感じられない姿勢が許せない。こだわるやつも嫌いだが、何のこだわりもない不誠実な輩はもっと我慢がならない。そういう手合いのせいで、まるで、このわたしが、こだわりということばにこだわっている人間のように振る舞う羽目になったことも罠に嵌められたような気分だ。ああ胸糞悪い。
(「【こだわりということばへのこだわり】」ordered by 阿藤 智恵-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・広告業界などとは一切関係ありません。
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