【我が家のヒミツ】SFPエッセイ047

 小さい頃から当たり前のようにしてきたことなので、自分ではごく普通のことと思っているのだが、人に話すとひどく驚かれる。驚かれたことにこっちも驚く。多かれ少なかれそんな体験をしたことがある人はいるだろう。

 

 例えば家の中では一切服を着ないという家族がいる。その家で育った子どもはそれが当たり前だと思っている。他のうちでは家の中で服を着ているだろうなんて想像することもない。サザエさんなんかを見て、家の中で服を着ているのを見ても「テレビじゃ裸を映せないんだろう」くらいに思っている。「まさか、そんな奴はいないだろう」とあなたは言うかもしれない。けれどそういう家族は実在する。ぼくの最初の彼女の家がそうだった。いつまでたっても服を着ようとしない彼女と、それが彼女の普通だということを理解しなかったぼくとの間に生じた誤解に始まる極めて滑稽なやりとりの逸話もあるのだが、これはまた別な機会に書こう。

 

 そんな突飛なネタを持ち出すまでもなく、小さなカルチャーショックはいたるところにある。カレーにソースをかけるか、醤油をかけるか、そもそもそんなものをかけたことがないか、などは定番のネタだろう。ソース派と醤油派の言い争いを、何もかけない派のぼくなどは呆然と見守るしかなかった。

 

 勤め先で雑談をしていて、トイレではズボンもパンツも片足だけ完全に脱いで(抜いて)ズボンの片足を肩にかけて用を足すという同僚の証言に愕然となったことがあるが、聞けばその家庭では男は全員そうしていたらしい。全く脱ぎ捨てるのならまだわからなくもないが、片足を残して肩にかけるという無理な状態がどのようにして導き出されたのか想像することもできない。

 

 それが例えば宗教的儀式までいけば逆に「ああ、そういう決まりになっているんだ」と了解しやすくなるのだが、ごく日常的な振る舞いの中にぽっと出現すると、まさに意表を突かれる感がある。その家でしか通用しない謎めいた言葉というものもあるし、雑巾を絞る際のほんのわずかな──しかし明らかに余計な──仕草の中に見出されることもある。周りの人間は驚愕するが、本人にとってはそれが当たり前なので、一体何を驚かれているのか困惑することになる。それが自分の家に特有の習慣なのだと知るその瞬間まで、本人にとってはごく普通で当たり前の日常なのだから。驚愕する周囲と困惑する本人。その対比が面白い。

 

 ごく最近になってFacebookでとある記事がシェアされてきて、それに対する知人たちの反応が激烈で、それを読んで初めてぼくがマイノリティなのだと知ったことがある。というわけでお題の「我が家のヒミツ」にはぴったりな話なのだが、どうやら多くの人にとっては嫌悪感を催すことらしいので、ここから先を読むか読まないかは自己責任でお願いします。

 

 以下は我が家の習慣である。

 

 天気のいい日はほぼ毎日、裏庭に出て庭仕事をする。雨が降ってもあまり激しくなければできるだけ、出るようにしている。落ち葉を集め、雑草をむしり、必要があれば野菜類に肥料をやり、病葉を切り、不要な芽を摘む。それから罠を確かめる。ごく少量の飲み残しのビールなどを入れておくだけで、十分な収穫がある。アルコール成分が獲物を引き寄せるらしい。週に2度ほどは3人の息子たちを連れて多摩川の土手の方にも足を延ばすこともある。彼らはとても優秀なハンターだ。土を掘り返しても収穫があることも多い。

 

 それが休日で、天気が良くて、大量に収穫がある時は七輪を出す。たっぷりの油を熱し、小麦粉と衣の液を準備し天婦羅にして楽しむ。桜の頃ならタラの芽を摘み、ウド、イタドリ、コゴミあたりであれば比較的長期にわたって手に入る。ほとんど手間のかからない大葉なども大量にあるのでささっと揚げておく。

 

 ゾウムシ、コガネムシ、ハチの仲間は主に幼虫がいい。ゴキブリは甲が柔らかいので成虫でも大丈夫。イナゴ、バッタ、コオロギは定番のご馳走だが、これは多摩川あたりに行かないとなかなか手に入らない。カミキリムシの幼虫は美味である。生で食べてもいい。慣れてくれば生きのいいのをそのまま食べるのもいい。でも大抵のものは熱湯などで軽く殺菌をした時点で動かなくなるのであとは小麦粉をまぶして衣をつけて170度前後の油で揚げていただく。カイコガの仲間は蛹を天婦羅にしてもそのまま揚げて塩を振って食べてもいい。ビールにぴったりだ。ダンゴムシはたくさん手に入るが個人的にはあまり口に合わない。昆虫以外に、クモ、ミミズ、カタツムリ、ナメクジなども試したが、我が家的には昆虫の方が評価が高い。

 

 うちの一族は代々長寿で年齢の割に外見が若いと言われ「やっぱり遺伝ですかね」などと話しているのだが、どうやら食習慣に理由があるらしい。この先、人口爆発が進んで地球全体が食糧危機に陥っても、とりあえず我が家は餓死する恐れはない。食べ物は周囲にふんだんにあるからだ。もっともその時代には、我が家以外の人々もあたりまえに昆虫を食べるようになっているかもしれないが。

 

 でも、その時代が来るまでは、このことは当分門外不出の扱いとした方がいいらしい。今まではそんな話をする機会もなかったけれど、息子たちにもあまり外では口外しないように言っておくとしよう。理由を聞かれたらどう説明しようか。これは我が家に代々伝わる秘伝で、他の人が知ったら嫉妬されてしまうからとでも言おうか。

 

 あれ? これ、ぼくが騙されてるのかな? みんな本当は当たり前に昆虫を食べてるんだったりして。そうするとこの話は我が家のヒミツじゃなくなっちゃうな。その場合は逆関節の話をするのがいいかな。あれもどうやらあまり一般的じゃないそうだから。

 

(「【我が家のヒミツ】」ordered by 阿藤 智恵-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・びっくり人間大集合などとは一切関係ありません。

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