【スフィンクスの謎かけ】SFPエッセイ038
遠目には幼児の一団が歩いているように見えた。幼稚園か保育園の園児たちが、先生に引率されて園外を散歩している。そんなことを思っていたのだ。それが実際に近づいてみると老人たちの集団だとわかってぎょっとした。近づくにつれて幼児にしては体つきが大きすぎることに気づき、おやおや何だろうと思っていると、やがてすれ違う頃には男女とりまぜ10人前後の老人たちを、学生のような若い男女が2人で引率しているのだとわかった。
幼児と勘違いしたのは彼ら彼女らの服のせいだった。老人たちが身にまとっているのはカラフルで、原色や、発色の良いビビッドな蛍光色ばかりで、ちょうど幼児服によく見られるような色使いだったのだ。老人たちはその派手な服を着せられ(着せられているように私には感じられた)、お喋りをするでもなく目を伏せて、牧羊犬に導かれる羊の群れのように塊になって歩いていた。
それが何だったのかはわからない。ただその異様な光景がしばらく頭を離れなかった。何だったんだろう、と考えずにはいられなかった。この近くに老人ホームのような施設があってその利用者が運動のために散歩をしていたのだろうか。ああいう派手なウェアを売りつける催眠商法のようなものがあるのだろうか。老人をターゲットにした新興宗教かもしれない。あるいはそんなのは考えすぎで、単に老人たちの自主的なウォーキングサークルとそのお手伝いに過ぎなかったのかもしれない。
それからなぜ自分がその光景を異様だと感じたのかにも連想が行った。別に構わないではないか。たまたま派手な衣装の好みが一致する老人たちが健康のために一緒に歩いていたってそんなに不思議なことではない。孫の世代の若者が何かあったときのための手伝いに呼び出されて、あるいは実際に誰かの孫が同行していただけかもしれないではないか。なぜ彼らを異様だと思ったのだろう。なぜ「服を着せられ」などと思ったのだろう。なぜ「牧羊犬に導かれる羊の群れ」などと感じたのだろう。
考えてわかることではないのだが、ふと気がついた。音である。私が最初に目線を上げて遠目に彼らを発見したのも音が原因だった。かっ、かっ、かっ、かっという規則正しい音。その時私は長いゆるやかな坂をダラダラとくだっていた。くだりきったところから今度はやや急な坂が立ち上がっている。その急な坂を向こうからゆっくりくだって来ていたのが、そのカラフルな衣装の一団だった。谷間を挟んで彼らと私はちょうど同じくらいの標高にいた。だからその音が聞こえやすかったのかもしれない。
杖の音だった。一斉に、同時に地面に打ち付けられる杖の音だった。少しのズレもなく、全員が(少なくとも杖を持つ者は全員が)一斉に全く同じタイミングで地面を打ち付けていた。かっ、かっ、かっ、かっと規則正しく鳴る音はまるでゆっくりしたテンポで首を振るメトロノームのように正確で、ピタリと同期していて、最初はそれが杖の音だということを思いつくこともできないほどだった。そう。その一団は杖を手にしていた。若い男女も杖を手にしていた。老人たちの杖は腰高のものだったが、若い男女の杖はほとんど肩先まである長いもので、これまた羊飼いを思わせたのだった。
かっ、かっ、かっ、かっ。
かっ、かっ、かっ、かっ。
数日経った今もあの音が頭から離れない。威圧的な響き。人を寄せ付けない音。私は奇妙な情景を思い浮かべてしまう。どこからともなく杖を手にし、派手なウェアを身にまとった老人たちが現れ、あの一団に加わっていく。集団は膨れ上がりながら町々を練り歩き、さらに膨れ上がっていく。
かっ、かっ、かっ、かっ。
かっ、かっ、かっ、かっ。
やがてそれは軍靴の響きを思わせる行進になっていく。これは幻想だ。私の幻想に過ぎない。けれどそのイメージが執拗につきまとう。「朝には4本足で歩き、昼には二本足で、夜には三本足で歩く者は何か」というスフィンクスの謎かけ通り、彼らは三本足で歩いていたということもできる。けれど私の脳裏に浮かぶのは、たくさんの足を持つと同時にたった一本の足で歩く奇怪な生物だ。たった一本の足の号令に合わせ、どこか得体の知れないところをめざしている。
(「【スフィンクスの謎かけ】」ordered by 阿久津 東眞-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・世相などとは一切関係ありません。
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