【かまいたちとわたし】SFPエッセイ035

 日一日と寒さが厳しくなり空気がますます乾燥してきました。いよいよシーズン到来です。みなさんプロテクターのご用意は万全でしょうか?

 

 今でこそ、こうして弊社のプロテクター「クィーズル・ブロック」は社会的認知も上がり、多くの方にご愛顧頂けるようになりましたが、こうなるまでには、実は茨の道のりがありました。思い起こせば創業前のわたしはほとんど作話症の患者、ないしは端的に「嘘つき」と思われていました。嘘つきな上に、それを塗り重ねるためにわざわざ自分の身を傷つけまでする自傷癖のある病的な人間と思われていました。

 

 今から考えれば、自分の嘘を信じさせるためにあそこまで全身を切り刻む人間がいるなんて、そっちの方がよほどバカバカしく妄想めいて聞こえるはずですが、当時は本気でそう思われていたのです。そうでなくても頻繁に身体のあちこちに包帯を巻いているのです。つげ義春『ねじ式』か!という感じです。あ、古いですか。では綾波レイか!って感じですかね。え? 無理するなって? はっはっはっはっは。ま、いずれにしろ、周囲の人間からは気味悪がられたものです。おまけに嘘つきのレッテルです。友人とも疎遠になりました。

 

 ただし他人からどう思われようと、わたしにはわたし自身の問題として、自分の身を守る必要がありました。幼少の頃から頻繁にクィーズル現象に遭遇し続けてきて、ある意味慣れっこになっていたとはいえ、何回かは命に関わるような傷を負ったことがあります。最も深刻な例としては頚動脈の近くを切られた時です。この時は胸鎖乳突筋という筋肉をほぼ切断されてしまい、その後、大変難儀することになったのですが、それより何より、あとほんの数ミリ深ければ頚動脈を傷つけられて命を落としていたかもしれないことが大問題でした。わたしが周囲の白眼視に耐えてプロテクターの開発に没頭した理由の一つは間違いなく、自分自身の命を守るためでした。

 

 社会的に認知が高まったとはいえ、多くの人にとっては一生遭遇することがない現象ですので、クィーズル現象について解説します。多くの場合、クィーズル現象は「知らないうちに怪我をしていた」という形で現れます。「痛みも何もなく気が付いたらいつの間にか深い切り傷を負っていた」というのが報告例の9割を占めています。「すぐに痛みで気づいた」という人が1割弱いますが、本人がすぐ気づいたと思っているだけで、本当はもっと前に傷を負っていた可能性もあります。通常その切り傷は骨に届くほどの深い傷となります。

 

 ご存知ない方も多いかもしれませんが、傷を負う部所が地表50cmを超えることはありません。これについては「標高0.5メートル」問題として、「50cmを超える事例もある」「いやそれは例外だ」「m表記かcm表記か」「地表50cmと標高50cmでは意味が全然違うぞ」「標高ではなく海抜と言え」、などさまざまな議論が噴出していますが、少なくともわたしの体験では50cmを超えることはまずありません。ですから傷の大半は大人でいえば膝から下、子供でも脚部に限定されます。けれども大人であっても、こちらが寝ている時、しゃがんでいる時などには腰から上にも被害が及ぶことがあります。首を傷つけられたのはそういう時のことでした。

 

 プロテクターを開発するにあたって、クィーズル現象の正体をつきとめる必要がありました。現象は世界中で報告されていましたが、具体的に名前が付いていたのは、わたしが調べた限り日本だけでした。「かまいたち」というのがそれでした。この言葉をそのまま海外で使うことも考えたのですが、センチネル語で「カマイタチ」が「病気でただれ悪臭を放つ陰部・性器」を意味すると知って、他の言葉を探すことにし、「クィーズル」という言葉を考案しました。ウィーズルは英語のイタチで、その前に「かま」「かまいたち」の「K」をつけました。後に英語圏の人から「KはknifeのKにも見えて良い」と言われました。まさに怪我の功名ですな。はっはっはっはっは。

 

 クィーズル現象については諸説ありました。妖怪かまいたちの仕業、というのが日本での古い言い伝えでした。旋風によって真空状態が起きるというのもある時期とても人気が高い説でしたが、これについては防災科学技術研究所の風洞実験により明確に否定されています。人間の皮膚にこれほどの断裂を生じる旋風を起こすと、人体そのものが体ごと吹き飛ばされることが判明したのです。ガラスや金属などの細かい粒子が旋風などで勢い良く飛ばされて鋭利な刃物のように作動するという説もありましたが、これも上記の実験で否定されました。

 

 長年にわたる研究の結果、正体はやはりかまいたちでした。ただし妖怪ではなく、本当に新種の生物を確認することとなりました。かまいたちはあまりにも細く薄っぺらいので目に見えることはまずありませんが、名前の通りイタチの仲間です。これに関してはかつて妖怪として命名した先人の卓見に敬服するしかありません。非常に力が弱く、自力では這い回るしかないのですが、時として風に乗って宙を舞うことがあります。このとき、鋭利な爪が偶然近くにいる人間に当たると、いわゆるクィーズル現象を生じます。たぶん、飛ばされまいとしがみつこうとするんでしょうな。

 

 季節的には人間の肌が乾燥し、弾力性を失うちょうど今ぐらいの季節により深い傷がぱっくり開くことになります。つまりかまいたちの鋭利な爪と、人間の皮膚の状態の両方の条件が整って初めて、顕著なクィーズル現象は起こるのです。逆に言えばその他の季節にもかまいたちによる傷は発生しています。「いつの間にかついていたかすり傷」の何%かはかまいたちが原因と考えられます。草むらを歩き回ったあとなどに、脛に残る細かい傷の実に50%は、逃げまどったかまいたちが原因であることも突き止めました。

 

 しかしこうして人間に傷をつけることはかまいたち当人にとっても致命的なダメージとなります。彼らの爪は折れてしまい、その後の生活に支障をきたします。そこでわたしは自分を守ることだけでなく、動物保護の観点からも双方にとってより安心安全なプロテクターの開発に取り組むこととなりました。「クィーズル・ブロック」は人間にとっても、かまいたちにとっても危険なクィーズル現象をブロックする製品なのです。

 

 今日みなさんにお伝えしたいのは、かまいたちは害獣ではないということです。たまたま不幸な衝突が重なり、人間に怪我をさせたこともありましたが、本人も傷を負っていたのです。そのような衝突をなくすことができれば、何の問題もなく共存できるのです。かまいたちを排除しようとするのではなく、上手に共生する道を探ろうではありませんか。事実、いまやわたしはかまいたちをペットとして飼っています。わたしの家は旧家なのでかまいたちの巣があったんですな。だから幼少の頃から頻繁にクィーズル現象を体験したわけです。今日もこうして一匹を連れて……おや、確かこの辺に……あっ、お前駄目じゃないか逃げ出したら、うわっ。

 

 こらっ。こうしてやる! こうしてやる!

 

 とまあ、こんな風にちょっとしたことで額がさけたりしますが、ああ大丈夫です、顔面は血が出やすいので目立ちますが、たいした傷ではありません。むしろかまいたちの傷の方が心配で。はっはっはっはっは。こんな流血状態ですみませんが、これでかまいたちとわたしの話を終わります。

 

(「【かまいたちとわたし】」ordered by 冨澤 誠-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・妖怪などとは一切関係ありません。

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