【タマランセットで夕陽を見ろ】SFPエッセイ027
いつも言ってやったもんですよ。
「タマランセットで夕陽を見ろ」
ってね。きょとんとしてやがりましたよ、だいたいが。
うちの店の客は会社員も多いが、近くに大学や予備校があるもので学生もたくさん来る。中には学生時代から通い始めて、よしゃいいのに近所の会社に勤めてそのままずーっと常連、なんてやつもいる。元々は家内と二人でやってたんだが、子どもが生まれてからは家内がそっちにかかりきりになってバイトを雇うようになった。最初のうちはいろんな子を雇っていたんだが、ある時、学生劇団の女の子が働き始めてからその劇団の若手にどんどん代替わりしていくようになって自然とその劇団の溜まり場みたいになっちまった。
まあ、ありがたいことなんですがね。いつでも店が賑わっていて、おまけに大盛りを注文してばくばく食べてくれるし、長居したらしたなりに気を使っているんだかなんだか知らないが、飲み物をお代わりしたりしてくれるから店としては文句はない。会社員で賑わう昼飯時をはずして、それまで空いていたような時間帯に来てくれるので、むしろ御の字だ。御の字とかって訳せますかね? まあいいか。ただ何というか、あいつらが話していることを聞いているとむずむずしてくるんだな。空論って言うんですかね。最近の若いのはみんなそうなのか、劇団員ってのがそういう感じなのか、どうもふわふわしている。地に足が付いていない。むずむずどころかいらいらする。
そんな時に言ってやるんですよ。
「タマランセットで夕陽を見ろ!」
ってね。きょとんとした顔でこっちを見て
「タマランセットって何ですか?」
なんてぬかしやがるから、
「うちのセットメニューだ。覚えとけ!」
と、煙に巻いてやる。
もちろんそんなメニューはない。でもいっつもそんなことを言うもんだから「おやっさん、タマランセットください」なんて注文する奴らが出てきて、しょうがないから腹にたまりそうなものをあれこれ見繕ってボリューム満点のセットを作ったらそれが人気裏メニューみたいになっちまった。気がついたら店のこともみんなタマランセットと呼ぶようになっちまった。
いいんだけどね。店の名前なんて。タマランセットならタマランセットって名前で覚えてくれて通ってくれて食べて飲んで金払ってくれるんならそれでいいんだ。それでいいんだよ。夢見たようなふわふわしたことをしゃべり倒して酒飲んでご機嫌になって、天下を取るだの世界を変えるだの大層なことをのたまって、それが就職活動だの卒論だのの時期になると焦ったりめそめそしたりして、結局天下も取らず世界も変えずに収まるところに収まっていくのを見ていると、心底いらいらさせられるんだが、まあでもそれはそれでいいんだろう。おれがとやかく言うことじゃない。
「バカな奴らだ」
家に帰ってそう言うと家内が鼻で笑う。
「あんただって変わらないじゃないの」
「あんな青臭い奴らと一緒にするな」
「タマランセットで、あんた、何て言った?」
それを言われるとぐうの音も出ない。家内には頭が上がらない。岩のゴロゴロした砂漠越しに夕陽を見ながら勇ましいことを言ったのはおれだ。はずみにプロポーズしたのもおれだ。家内はそれを受けて今おれといる。勇ましい言葉は10分の1も実現していないから家内には頭が上がらない。でもへなちょこの劇団員とは違う。おれはこの店でもう20年も踏ん張っている。青臭いことを抜かすガキどもと一緒にするな。そう思っていた。
だからこんなことになって、おれはどうしたらいいのかよくわかんないんですよ。
最初聞いたときは冗談だと思っていた。『タマランセットで夕陽を見ろ』という映画があってヒットしていると言われても真に受けるわけないでしょ? でもチラシを持ってくる奴がいて、見たらもともとはあの劇団の連中がつくった芝居が受けて、というか劇のために作った曲がまず売れて、それから芝居も評判になって、いったんDSだか3DSだかニンテンドーのゲームになって、それからフランスで映画化されたと聞いて頭がクラクラしたね。それでカンヌ映画祭で上映するからおやっさんも来いって言われて、家内はタキシードを作らなきゃダメだとか言い出すし、もうわけがわからないですよ。
劇団にも、音楽にも、ゲームにも、映画にも全然関係ないのにこうやって外人さんに囲まれて記者会見っていうんですか、やる羽目になって何を言ったらいいんだか。パルムなんとかってのが何なのかもよくわからないんですよ。あいつら一等賞を獲ったってことですか? ほんとはね、夕べ家内とあれを言おうこれを言おうって話してたんですが、ここにきたらもうすっ飛んでしまって。だからもうそろそろ勘弁してください。
ああそうだ。この映画、アルジェリアでも上映するんですか? もちろん? ああそうですか。おれの夢はあっさり実現しちまった。タマランセットで夕陽を見ながら「おれはこの国にまで名前が轟くような店を持つ」って言ったんですよ。家内にね。あっ。すると、よくわからないんだけど、おれはもう家内には頭が上がらないってことはなくなったってことか。でも今度は劇団の奴らに頭が上がらなくなったのかな。その辺のところを誰かおれに教えてくれませんか。
(「【タマランセットで夕陽を見ろ】」ordered by 山口 三重子-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・店・劇団などとは一切関係ありません。
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