【土漠の指令】SFPエッセイ026

 名曲「むかついて原宿」から3年。世界で最も次作が期待されるアーティストの一人、アルフォンス・ルイ・コンスタンの新作がついに公開された。それも(例によって)奇抜な方法で。アルコ(ファンの間でのアルフォンス・ルイ・コンスタンの愛称)の弟子筋に当たるアレイスター・クロウリー・カルテットのフロントマン、エドワード・アレグザンダーのツイッターアカウントにvimeoのURLが貼り付けられたのが昨日のことだ。

 

 ツイッターアカウントそのものは、この時点でフォロワー17人という寂しい限りの幽霊アカウントだったのだが、その17人は極めて熱心なエドワード・アレグザンダーの信奉者であり、ただちにその動画がアルフォンス・ルイ・コンスタンの新作であることを発見し、発信した。エドワード・アレグザンダー本人とは対照的に、17人は、フォロワーの数を全部合わせると軽く700万人を超えるという甚大な影響力の持ち主で、「アルコ新作“極秘”公開」のニュースは瞬時にして世界に広まった。

 

 一聴して多くのファンはとまどったはずだ。エドワード・アレグザンダーも「奇妙でバカげている」とツイートしているように、それはアルコの過去のどの作品ともかけ離れているし、どちらかというと映像にも映っているどこかの国の伝統音楽の演奏者たちを集めてその演奏を記録しただけのもののように見えた。しかし動画の中盤でアルコ本人が姿を現し、奇妙奇天烈な声で歌とも言えない歌を歌唱する。アルタイ山脈近辺の伝統歌唱ホーメイを連想させるが、ホーメイに詳しいベトナム国籍の音楽研究家に言わせると「これはホーメイとは異なる別な歌唱法だ」とのことだった。

 

 前作「むかついて原宿」の時にも、なぜアルコが日本のガールズポップスタイルの音楽に合わせてデスボイスで歌ったのかが取りざたされた。日本のイカれた音楽シーンをからかった批評だという者もいれば、そこに新しい鉱脈を見出したに違いないという者もいた。翌年からヨーロッパにおいても「カワイイ」日本文化がもてはやされるようになり、舌をかみそうな名前の女性ヴォーカリストや、アイドルメタルバンドが多くの聴衆を集めるようになったことから、結局アルコの先見の明が賞賛されたものだった。

 

 では今作はどうか。かなり熱心なファンでも、あるいは辛抱強いリスナーでも、3時間47分に及ぶこの動画を見続けるのは相当な忍耐と苦痛を伴う作業だ。どこの国ともしれない演奏者たちのあまりうまいとも思えない伝統楽器による演奏をバックに、得体の知れない歌唱法でアルコがえんえんと声を張り上げる。全体には未加工に思えるのだが、アルコの声は同時に少なくとも3つの音が出ているように聞こえる。

 

 何かを歌っているようだが、母国語でないのはもちろんのこと、過去に彼が取り上げた英語、ズールー語、ロシア語、ラテン語、ヴェンダ語、日本語、キリバス語、テトゥン語、パシュトー語、南ンデベレ語、ホロヂヤノフ語、ルフィー語のいずれでもなかった。ネット上では「未知の言語センティネル語ではないか」という憶測も流れたが、未知の言語なので確かめる術はない。

 

 ヒントは意外なところからやってきた。北アフリカのある村で、村内放送のスピーカーから大音量でこの曲が流れた時に、放牧中の全ての家畜が一斉に走り出したのだ。普段なら決して足を踏み入れないような荒地に向かって疾走し始めたのだ。誤って放送を流した役場の男が慌ててスピーカーをオフにすると、家畜たちは走るのをやめ、のろのろと元いた放牧地に戻って行った。偶然その土地を訪れていた観光客が家畜の暴走(まるでヌーの群れの暴走を思わせる)を動画に収めており、これまたツイッターにアップしたところ、背景に大音量で流れるアルコの新曲に耳を止めた誰かがこの曲と家畜の暴走を結びつけて、どうやら北アフリカの家畜に通じる言葉でなんらかの指令を出しているらしいという推測がなされた。元のvimeoの動画にはそっけなく“untitled(無題)”と記されていただけだったが、誰呼ぶともなくこの曲は「土漠の指令」と呼ばれるようになった。

 

 以上が現時点でわかる限りの情報である。いつもの通り、アルコ本人は一切コメントしていない。またエドワード・アレグザンダーも、アレイスター・クロウリー・カルテットのメンバーも、珍しくこの件については何も触れようとしていない。「むかついて原宿」の時のように北アフリカの音楽のブームがやってくるのか、それともアルコはもっと別な仕掛けを用意しているのか。今日、アルジェの郊外で予定されているイベントはその解明のために、ある村で「土漠の指令」全曲を放送することになっている。その模様はUstreamで配信されるので、時間のある方はどうぞ。全曲聞くと家畜はどう行動するのか(前回はわずか5分程度だった)。音楽が影響するのは家畜だけなのか。影響された土地はどうなるのか。私は3時間47分、手元に酒とつまみを置いて鑑賞するつもりだ。

 

(「【土漠の指令】」ordered by 山口 三重子-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・言語・倍音唱法などとは一切関係ありません。

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