【Happy Birthday】SFPエッセイ025

 何歳ごろからだろうか、「もうおめでとうって年でもないんですけどね」と口にするようになるのは。みなさんはいくつぐらいからそれを口にしていましたか? 成人より若くしてそんなことを言う人はあんまりいない気がする。そうでもないのかな? 17、8の女子高生が「もうおめでとうって年でもないけど」と言うシチュエーションが想像できない。あるグループの中で彼女が一番年長の立場なら言うだろうか。例えば3年間、部長として頑張った部活を終えた日が、ちょうど誕生日で後輩たちに祝われて言う言葉? しっくりこない。やはり10代で言う言葉ではなさそうだ。

 

 もう親に祝われるような年齢ではない、という意味で言えば、20歳で成人した人や社会人になって自活する人などはこれに近いことを言うかもしれない。けれど、年齢そのものを指して「22歳というのはおめでとうって年でもない」とは言いにくい。20代もまだこの言葉を口にするには早すぎる気がするけれど、どうだろう? では30代なら? 30代前半はまだちょっと無理があるけれど、気の早い人は言ってそうだ。それが30代後半ともなるとだんだんなじんでくる。40代。無理がない。このあたりがなじみがいいだろうか。逆に80歳や90歳の人がわざわざ口にする言葉でもない。

 

 というのがわたしの印象だ。あくまで個人的な印象なので、個人差があると思う。なぜこんなことを書くかというと、ついさっき電車の中で居合わせた集団がまさにそんな話をしていたからだ。会社帰りの同僚たちとおぼしき男女数人のグループで、その中の一人の女性がちょうど誕生日で、会社のみんなに祝ってもらったらしく、「今日は本当にありがとうございました」などお礼を言う中で「もうおめでとうって年でもないんですけどね」と言ったのだ。思わず顔を見たら、まだおめでとうでいいんじゃないの、という若い女性だった。

 

 それでふと、とてもバカバカしいことを考えた。ひょっとしたら、この女性は長命種なのかもしれない、と。彼女は実際にはもう数百年も生きていて、放っておけばそれなりに萎れてしまうところを、短命種から(つまり普通の人間から)活気をもらって(例えば性行為をして、例えば血を飲んで)外見が若返っているだけなのかもしれない。それならば20代くらいの顔をしていながら「もうおめでとうって年でもないんですけどね」と言ってもいいかもしれない。いや。80歳の人がわざわざ口にするフレーズでもないのなら、数百歳の彼女はますます「もうおめでとうって年でもないんですけどね」と口にするには歳をとりすぎだ。いったい何百年そのフレーズを言っているんだという話で。

 

 などなど考えていたら思わずにやにやしてしまった。バカバカしい。長命種がそんなそばにいるはずがない。長命種がたまたま山手線の同じ車両に乗り合わせる確率はどのくらいなんだろう? かなり前のデータになるが1900年代の初めの方で仲間の一人が教えてくれた調査結果によると、日本にはおよそ20〜30人くらいしか長命種がいないということだった。大きく減ったという話も聞かないが(長命種を目の敵にするストーカータイプの短命種が減ったのでずいぶん助かっている)、大きく増えたという話も聞かない。大都市はいろいろな意味で暮らしやすいので長命種が集中するにしても、多く見積もって首都圏1000万人中30人。まず偶然遭遇することはない。

 

 自分自身の誕生日に関して言うと、お恥ずかしい話だが忘れてしまった。近年では(といっても明治以降の数世紀だが)、戸籍を作成する必要ができるとそのたびに適当な誕生日を設けている。5月15日というのはいまの戸籍に記載されている誕生日だ。その前は確か11月30日で、その前は10月10日だった。そのどれかが本当の誕生日というわけではない。江戸期以前ともなると、そもそも誕生日をことさらに覚える習慣もなかったし、暦そのものが変わってしまったので、どう換算していいのやらわからないのだ。天平感宝という元号を覚えているから、遅くとも750年代にはわたしはこの日本にいた。そこから和暦は5回以上(たぶん7回)変更されている。いちいち付き合っていられない。

 

 だからわたしは眠りから覚めるたびに言うことにしている。「Happy Birthday」と。まだ永遠の眠りにつくことなく、目覚めることができた自分に向かっておめでとう、と。いかに長命種といえども1000年を超えるといつ寿命が来てもおかしくないのだ。今日もこの世に生まれてきておめでとう。これは短命種のみなさんも試してみるといいかもしれない。

 

(「【Happy Birthday】」ordered by Tomoko Kurose-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・ヴァンパイアなどとは一切関係ありません。

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