【大雪】SFPエッセイ024

 それにつけても大雪である。

 連日連日よく降る。そしてよく積もる。

 

 窓から見える景色からは、雪のない季節の景色を思い出すこともできない。我が家は3階にあって、坂の中腹に建つ家なので、天気が良ければ意外なくらい遠くまで見晴らすことができる。けれどこの季節、雪が降っている時には隣家より先は見えなくなるし、天気がいいと目に入るものの全てが白くまぶしく光を反射していて遠近感も何もあったものじゃない。何もかもがこんもりと丸く覆われてしまっていて、強いて言うなら巨大なマッシュルームの雪像がびっしり並んでいるようにしか見えない。2階より下は雪に埋もれてしまうので景色どころではない。

 

 私は瀬戸内の出身なので、そしてCC(気候変動)以前を知っているので、雪を見れば興奮するタイプだ。というか「だった」と過去形で言うべきだろう。CC以前は──BCC(Before Climate Change)と略す人もいるが、これまたインターネット初期からのユーザーとしてはBCCというとどうしてもEメールのブラインドカーボンコピーを連想してしまうので私は使わない──私は雪を見るとはしゃいだものだった。瀬戸内の人間にとって、雪はめったに見ることのない、珍しい現象だった。降るだけでなく積もる雪にいたっては、年に数日だけしか見られない、奇跡のように美しい特別なイベントだった。東京に出てきて雪がひと冬に何度か数センチ程度積もるので大喜びしたものだ。雪の降り始めの頃は、やれ電線に積もった、やれ屋根がうっすらケーキのアイシングみたいだと夢中でルームメイトに報告した。

 

 けれども、そうしてはしゃぐ私を見て、雪国出身のルームメイトは嫌そうな顔をした。

「律子は雪の本当の恐ろしさを知らないからそんな風にはしゃげるのよ」彼女は諭すように言ったものだ。「こんなのは雪のうちに入らない。律子、これは雪なんて呼べない」

 

 ルームメイトが生まれ育った土地が典型的な雪国なのか、それとも日本各地の雪国がそれぞれに特徴があるのか、私にはわからない。けれどスキー場ごとに雪質が違うことを考えれば、おそらく気温や湿度や標高によって地域ごとにそれぞれ個性があるのではなかろうかと思う。でも彼女にそんな配慮はなかった。自分が生まれ育った土地こそが雪国というものだと言わんばかりの自信にあふれて、いろいろ教えてくれた。雪の上ではどう振る舞うべきか、雪の恐ろしさとはどんなものか。そして二言目には東京人を馬鹿にするのだった。

 

 東京の人間は雪の上を歩くコツがわかっていない。だからあんなにみんなすぐに転倒するのだ。交通機関がすぐに麻痺するのも情けない。それから路肩に積み上げた雪をいつまでもそのままに放置しているのも愚の骨頂だ。晴れた日に少しずつ崩してばらまけば、東京の気候であのくらいの雪量ならあっという間になくすこともできる。だいたいあんな汚くなった雪なんて地元では見たことがない。などなど。

 

 それを聞いて私が、瀬戸内の地元で珍しく3センチほど雪が積もった時に大はしゃぎしたこと、かまくらをつくろうとして泥まみれの雪を積み上げようとしたこと、もちろん子どもが入れるサイズのかまくらだって作れるはずはなかったことなどの思い出話を聞かせたところ、彼女は信じられない非常識人を見る目で「3センチで、かまくらって!」と吐き捨てるように言った。

 

 それもこれもCC以前の話だ。

 

 今の東京は基本、雪に閉ざされている。6月末から9月中旬まで雪がなくなるが、それ以外の時期は雪景色だ。CC初期には断線を繰り返した電線は徐々に地下に埋設されるようになり、主要幹線には消雪パイプや除雪溝が整備され、除雪車・除雪機械も地域ごとに配置された。東京人も東京の雪の上の歩き方をマスターし、電車も(少なくとも平野部は)めったに運休にならなくなった。そして私ももう、雪を見てはしゃぐことはなくなった。視界を遮りもくもくと降り積もる雪を見ているとどんどん追い詰められるような息苦しさを覚える。雪景色を見ると今はずしりと重たい気持ちになる。

 

 それでも9月半ば、雪の降り始めの頃、窓の外にちらつく雪を見て、時折ふっと胸の奥に疼きを感じることがある。雪を見ても嬉しいはずはないのに、少し気持ちが浮き立つような感じがある。そんな時、私は私の胸の奥に住む少女の私を感じる。雪を見てはしゃぎ、写真でしか見たことのないかまくらをつくりたくて外に駆け出す少女の気配を感じる。

 

(「【大雪】」ordered by Tomoyuki Niijima-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・気候変動・地球温暖化などとは一切関係ありません。

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