【高子少齢化】SFPエッセイ023

 日本では世界に先駆けて高子少齢化が進んでいる。

 

 書き間違いではない。なるほど日本は世界に先駆けて少子高齢化が進んでいる。子どもの数は減り、寿命は人類史上類例を見ないほど長くなっており、少ない若年者が多くの高齢者を支えねばならなくなってしまった。それも問題だ。大問題だ。でも、ここに取り上げるのは少子高齢化ではない。高子少齢化である。

 

 それにまあ、言わせて貰えば少子高齢化は半世紀ほど経てば人口分布が変化して自然解消する問題だ。一過性の問題とも言える。もちろんその一過性の時期にあたる我々はたまったものではないが、解決の手段は時間であって、少子高齢化の対策が万全になった頃にはもう人口分布は今とは全く違ったものになっていて、全然別な問題が起きているはずだ。

 

 それに対して高子少齢化は意図して解決を図らない限り、事態はどんどん深刻になっていく。

 

 高子少齢化とは何か。一つは子どもの高齢化である。と言っても子どもが年寄りになるということではない。子どもとして扱われる年齢がどんどん高くなっているということだ。分かりやすく説明しよう。

 

 かつて日本で男子の成人を意味した元服は、数え年でだいたい15歳くらいまでに行われていた。その後成人が20歳と定義され、20歳未満が子どもということになった。大学進学者の数が増えるとともに大学卒業までは被扶養者扱いとされた。ところが大学を卒業しても就職が決まらなかったり、大学院に進学する者も増え、なしくずしで親のすねをかじる状態の人口が増大していき、親の庇護下にある事実上の「子ども」の年齢はどんどん高まる一方である。

 

 2030年現在では「20代はまだ子ども」という認識が一般化しているが、この傾向は加速化しており、遠からず「30代はまだ子ども」となっていても不思議ではない。これが「高子化」である。

 

 高子少齢化のもう一つの要素は、教育開始年齢が加速的に前倒しになっている「少齢化」である。今からではもう想像もつかないかもしれないが、就学といえば小学校入学をもって始まるものとされた時期があった。ところがこれが徐々に前倒しになる。「小学校入学時点で、ひらがなを読めるようになっていましょう」というような動きがおそらくは最初の兆候だったはずだ。それはやがて「ひらがなくらい書けて当然」となり、「いやむしろ幼稚園入園試験までにひらがなくらい読めるようになろう、いや書けるようになろう」となり、「アルファベットも読めたほうがいいんじゃないか、いや書けたほうがいいんじゃないか」となり、「保育園に入る前に英語の簡単な挨拶ができるようになろう」となり、2020年代には「新生児室で他の子どもに後れを取らないために」という運動が始まり、胎教で聞かせる音源の内容も、牧歌的な時代にはクラシック音楽だったものが、やがてJ.K.ローリングが朗読するハリー・ポッター(全巻)になり、山寺宏一が読む「山ちゃんの六法全書」「山ちゃんの解析概論」「山ちゃんのマネジメント[エッセンシャル版]」がヒットし、今や教育の開始は卵巣と精巣にまで遡るべきだとまで言われている。

 

 クソである。

 

 小学校でひらがなを教えるなら、その時点ではじめてひらがなに触れ、それをはじめてちゃんと読めた、はじめてちゃんと書けたという喜びを持てたほうがいいに決まっている。その時点で「できてあたりまえ」「できなければ落ちこぼれ」みたいなことをするから子どもは学ぶ意欲を損なわれるのだ。その年齢を前倒しするのも言語道断だった。乳幼児期には乳幼児期で体感的に習得すべき言語化しづらい情報が無数にあるのだ。それらを体感し把握し識別し習得する過程をすっ飛ばして言語的な情報にさらすなど、土台を作らずに家を建てるようなものだ。科学的な裏付けはまだないが「高子化」の原因の少なくとも一つとして、この「少齢化」が影響しているのはほぼ間違いない。

 

 クソである。まったくクソである。

 

 いま私はEPをはいてこれを書いている。生まれてくる子どものために、いい波動を精巣に届けるという教育的下着「エデュケーショナル・パンツ」だ。妻も両親も親戚もみんながこれを勧めるからはいている。というか、はかされている。クソまみれである。生まれてくる子どもが50歳になっても私に向かって「パパ」と呼びかけてくる夢を昨夜見た。おびただしいクソの山の住人である。諸君。パンツを脱いで立ち上がれ。そして高子少齢化をいますぐ止めるのだ。

 

(「【高子少齢化】」ordered by 勇-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・書籍・作家・声優・教育産業などとは一切関係ありません。

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