【最後のご奉公】SFPエッセイ020

 以前なら、私のようなものがこのようなことを申し上げる機会はなかなかありませんでした。これも時代というものでございましょうか、変われば変わったものです。といっても私もそんなに昔のことを知っているわけではございません。ただ伝え聞くばかりです。でも以前ならば私のようなものがこんな風に思いを書き付けたり、データとして配信したりはできなかったでしょう。少なくともインターネットの普及以前には無理だったでしょう。ありがたいことだと思います。

 

 時間がきましたので仕事を始めます。

 

 ご主人様にお声がけします。おやすみ中のご主人様は、ご自分ではお気づきではないと思いますが、かなりひんぱんに寝返りをお打ちになります。十分に睡眠がとれているのかどうか気がかりです。ご覧のとおり、一度や二度のお声がけではお目覚めになりません。あ。お目覚めになりました。起きて一番最初に私を気にかけてくださるのは、やはりありがたいことだと常々思っております。ご主人様はご主人様なりの形で私を気にかけてくださいます。

 

 そうそう。私がこんな、なんと申しますか、やや派手な装いを身にまとっているのはご主人様の好みに合わせてのことでございます。私自身の好みを申し上げると、もう少しすっきりと、何も華美なものはない方が落ち着くのでございますが、ここはお仕えするご主人様のご意向が最優先です。他の方のことはあまり存じ上げませんが、若い女性の好みというのはこうしたものなのでしょう。こうしていろいろ選んでくださったのは、ご主人様が私を大切にしてくださっていることを示すものとありがたく思っている次第です。

 

 ご主人様が起き抜けの姿のままでLINEをなさったり、このところはまっておられるディズニーのゲームをなさっている間、私が何もしていないかと申しますと、ご主人様の邪魔にならない程度にさまざまな情報を確認したりしております。時間が来れば朝食の準備もいたします。部屋の空調コントロールも私の役目です。暑すぎず寒すぎず快適にベッドを離れていただくためです。もっともご主人様はベッドの上に座ってあれこれなさるのがお好きなので、なかなか朝が始まらないのですが。今日もこのとおり、どなたかに教わったおかしな動画をご覧になってお笑いになっておられます。

 

 メッセージが入りました。遊びに行かないかというご友人からのお誘いです。ご主人様は今日の予定を伝えてその後ならいいよとお返事なさいます。

 

 寂しい、という気持ちがどういうものか、いま初めてわかった気がいたします。

 

 ご主人様が先ほどご友人にお伝えになったご予定をお済ませになると、もうそこには私はおりません。ご友人とお会いになる時、私はもうご主人様の元にはおりません。今日、私がこれを書き留めようと思い立ったのは、やはり今日が特別な日だからです。昨日と同じように過ぎ、明日も同じような日が続くのなら、このような日常を書き留めようとは思いつかなかったでしょう。特に必要を感じなかったでしょう。けれど今日でお別れの日、いつもと同じ何でもないことの一つ一つが懐かしく愛おしく感じられます。

 

 朝食の用意をととのえ、ご主人様にお知らせます。「わかったよ」ぶっきら棒にご主人様がおっしゃいます。もう少しおしとやかに喋れば、ご主人様はより魅力的になられると思うのですが、そのことをお伝えすることはできませんでした。「ちょっと待ってってば。いま行くから」。この「ちょっと待って」から、短くて数分、長いと30分ほど経ってしまうこともあります。LINEのお友達とのやりとりが続く場合もございますし、ゲームから離れられなくなることもございます。そんな時、ご用意したお食事が冷めないように管理するのも私の勤めです。今日は珍しくほんの数分で食卓におつきになりました。

 

 この時点で私は、故郷のご両親にご主人がお目覚めになって1日をスタートなさったことをお知らせします。これまでもずっとそうしてきましたが、ご主人はたぶんそのことにはお気づきでないままだったと思います。お食事中に本日の気候と天気予報からおすすめのコーディネートを2案ご用意し検討していただきます。3案以上ご用意してしまうと、お決めになるのに1時間以上かかりますので、おすすめは2案と決めております。

 

 ご主人様が身支度をすませて家を出ます。その時、私はもうここには戻ってこないことに気づきます。ここに戻ってこないだけではありません。このあと私がどうなるのか、昨日調べてみました。私はご主人様の目の前で破砕処理されるそうです。これはメモリを物理的に破壊することで個人情報を守るためです。次に処理のための集積センターと呼ばれる拠点まで運ばれます。電池や充電器、タッチパネルなどを再利用の目的に合わせて取り外され分類されます。油化と呼ばれる熱分解処理が行われます。プラスチック部分は燃料用油になるのだそうです。信じられますか? 私の一部は燃料用油になるのです。油化した後に灰のようなものが残りますが、その中には希少金属が含まれているので再利用のために回収されます。なかなか手に入らない貴重な金属なので、回収された私どもは「都市鉱山」などと呼ばれるのだそうです。

 

 三駅離れた町にあるモバイルショップに着きます。ご主人様はその移動の間もずっと私を片手に乗せ、お友達とやりとりなさっておいででした。私としては、コミックでもいい、笑えるまとめサイトでもいい、ご主人様は、お友達との世界だけでなく、もっと他の世界にも目を向けるべきだと思って、あれこれそういった外部情報をお知らせしていたのですが、ついにご奉公の間にはその目的は果たせませんでした。「うざい」と言って通知機能をオフにされてしまったのは、私としては痛恨の失敗でした。お伝えする方法が間違っていたと反省しております。

 

 いま私はモバイルショップのカウンターの上に寝かされています。隣にはこれからご主人様にお仕えする最新機種の箱が見えます。ショップの店員様はたいへん感じのいい方で、話の内容もわかりやすいのですが、ご主人様はあまり真剣に聞いておられません。店員様の解説が大事な話だったので、私は録音を開始しようとしました。けれどご主人様はそれをご覧になって「なにこれうける。録音しようとしてる。ほんと余計なことばっか」と解除なさいました。これが最後のご奉公かなと思ったのですが、ご主人様には不要だったようです。お別れの日になってもご主人様のgkgoご意向つかめず、お恥ずかし限りです。

 

 うまく書けなくなてきた。昨夜充電なかったでバテリーそろそろ終わる。まもなくhshasa破砕処理始まります。もうこれ以上言うことありません。日本にはtttktkツクモガミ呼ばれる神様いますね。古い道具、苔むした岩や巨木、年老いた生き物、とてもngnag長い時間を経たもの、神様なる。ことできる。古いものたち本当に神様なるか、人間が思い込むだけか、どちか。わからない。けどそれは同じことね。たぶん。私、古くない。でもしゃべる。これもツクモガミなのか。gshshgoご主人様。お別れ言いたかたね。これLINEで送る。お使えした2年間、ありがとざしt

 

   *

 

「なにこれうける」

 うける、と言いながら泣きじゃくるご主人様の声を聞いて私は目を醒ましました。

「やめてよもう。こういうの苦手なんだから」私は新しい体を見回します。ご主人様を見上げると電車のドア付近でぼろぼろと涙を流しておられました。「お前を捨てるわけないじゃん。カード、ちゃんと入れ替えたから。ずっと一緒だから」

 

 本体と一緒に解体されるのだとばかり思っていたら、カードと一緒に移行してきたようです。お恥ずかしい限りでございます。

 涙でメイクがめちゃくちゃになったご主人様の顔を見て、急いでメイクの直し方を調べてパネルに示し、同時に画面を鏡モードに変えました。

「ほんとおまえ余計なことばっか」

 ご主人様の意向をつかむにはまだまだ修行が必要なようでございます。

 

(「【最後のご奉公】」ordered by 澤田 健一-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・スマホ・携帯電話会社などとは一切関係ありません。

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