【馬のマリアに癒されている男】SFPエッセイ012

『馬のマリアに癒されている男』(斎藤晴也/ハレルヤ書房)読了メモ。 http://www.amazon.co.jp/dp/B000J6NSHG

 

 一枚の写真がある。「馬のマリアに癒されている男」とキャプションが付いている。本書のタイトルはここから採用されている。どこかの公園らしい植栽の緑を背景に、馬と、馬上の女性と、馬の引き綱を持つ男が写っている。マリアというのは中央の小柄で華奢な黒馬の名だ。眉間に流れ星のような白い模様がある。競走馬好きなら流星号とか名前をつけそうな、シャープで賢そうな顔立ちだ。馬上で微笑む若い女性はキャプションから見ると本題とは関係なさそうだが、ウェスタンな乗馬スタイルで決めている。キャプションの主人公と思われる初老の男は、普段着のような作務衣に、頭にくるっと手ぬぐいを巻きつけるというリラックスした格好でまったく気負いがない。表情もゆるんでいてこれまた気負いがない(「にこやか」ですらない。失礼を顧みずに言えば、ゆるみきっている)。ほのぼのとしたいい写真だが、ことさらに取り上げるようなものではないように思える。

 

 それが、わたしの第一印象だった。

 

 けれども実際にはこの写真は世界で最も有名な一枚として知られている。ガーディアン紙ではヤルタ会談のチャーチル、スターリン、ルーズヴェルトのあの写真と比べていたが、流石にそれは言い過ぎだろう。ただ、そう言いたくなるくらい、その後の世界史に大きな本物の変化をもたらすきっかけとなったことは間違いない。今から振り返ればそれがわかる。

 

 手綱を引く男は本書の著者でもある。いまも宮崎県の小さな教会で牧師を務めているが、前身はハレルヤ斎藤の名前でそれなりに知られたイリュージョニストだった。年配の方なら、1991年に富士山麓の自衛隊演習場で戦車部隊をまるごと消失させたマジックをご記憶だろう。そしてもちろん、彼こそがあの、みなさんもよくご承知の「虎ノ門の奇跡」の立役者である。「奇跡」がきっかけで当時の政権が崩壊し、大政翼賛会化しつつあった政治情勢が一変し、次の総選挙での政権交代につながり、ついに初の女性宰相が誕生したことはわざわざ言うまでもなかろう。

 

 ここまで書けば勘のいい人はもうお気づきに違いない。写真中央の「馬のマリア」は、あの「奇跡」の夜、虎ノ門上空を駆け巡ったペガサスにほかならない。そして馬上で微笑む女性をよく見ていただきたい。おわかりになるだろう。日本初の女性の内閣総理大臣、のちの国連事務総長の若き日の姿なのだ。

 

 彼女についての評伝はすでに何冊も書かれているので、一般的な(再び失礼を顧みずに言えば、Wikipediaを読めばわかるような)伝記をご所望の方は、本書ではなく他に当たるのが良いと思う。本書では、ハレルヤ斎藤がどうして封印していたイリュージョンを復活させることになったのか、馬のマリアとは何者なのか、そしてどうしてこの三者が一枚の写真に収まることになったのか、ひいては後に「虎ノ門の奇跡」を演出することになったのか、その一連の出来事が克明に記されている。当事者でなければ知りようのないエピソード満載ですこぶる面白い。政治小説というよりも、ほとんど奇想天外な冒険活劇と呼びたいような内容だが、ネタバレを避けて具体的な内容についてはここでは触れない。詳しく知りたければ、ぜひ本書をお読みいただきたい。ただ一点。本書を読み終わると、表紙に使われているこの写真の印象が一変する。三者三様に心の中で凝り固まっていた何かがほぐれ、他者と結びつき合ったもう一つの奇跡の瞬間に泣けて泣けて仕方なくなるはずだ。

 

(「【馬のマリアに癒されている男】」ordered by 染谷 和男-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・書籍などとは一切関係ありません。

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