【年賀状】SFPエッセイ010

 世間から引っ込んで暮らすようになり、半ば隠居のようなもので、すっかり人付き合いがなくなり、かつては交流のあった人や会社とも没交渉になってしまったのでいろいろ不義理をしている。普段はそんなことは考えもしないが、それを思い知らされるのがこの季節だ。テレビをつけるとCMでは年賀状をめぐるコミカルで心温まるエピソードが繰り広げられている。広告主からすれば年に一度の稼ぎどきである。この習慣だけは廃れさせてはなるまいという意図が透けて見えるが、それでもよくできた広告を見れば、素直に「年賀状もいいものだな、不義理して申し訳ない」と思う。

 

 もっとも当方は年賀状は出さないと決めているし、そうなると年々届くものも減ってしまい、我が家の正月の郵便事情は寂しい限りだが、それでも何人かの方からは毎年のように年賀状が届く。大量生産型の年賀状とでも言えばいいだろうか、我が家の住所が印刷された以外、その人の痕跡が感じられない年賀状を見てしまうと、この人は誰に年賀状を出しているか把握しているんだろうか、きっと宛先のデータから削除されていないから送られてきているんだろうなと冷めた気分になる。一方、ほんの一言でも自分に向けられたメッセージが添えられていると温かい気持ちになる。それが手書きであればますます。自分は出さないくせにこんなことを言うのもおかしな話だが、送り手の気配の感じられない年賀状は見たくない。「住所録に残っているから機械的に送っている」と感じてわびしい気持ちになる。

 

 文句を言うなら自分でもちゃんと年賀状を書けという話なのだが。

 

 と、ここまで書いた話とは矛盾するのだが、個人的なメッセージはない、印刷だけの年賀状なのに、毎年気になって仕方がないものがある。元旦の朝、郵便受けにその年賀状が入っていないとがっかりする。数日遅れで見つけた時など、思わず頬がほころんでしまうのが自分でもわかる。何か事情があったのだろう、二、三年届かなかった時にはこちらも出していないのだし仕方がないと思いつつ、もうあの年賀状は受け取れないのかと寂しさを覚えた。ある年の正月、再び郵便受けにその年賀状を見つけた時には懐かしい旧友に再会したような感動すら覚えた。

 

 それは、ある女性からの年賀状で、そこに記された送り主の名前に思い当たる人はいない。旧姓も記されているがそれでも知り合いにはいない。間違って送ってきているのかと思うが、何度かの引越しを乗り越えて届いているから間違いということはあり得ない。憶測するに、何かのパーティーか飲み会で不特定多数の一人として一回限り会ったことがあるのだろう。例えばボランティア団体の忘年会で。例えば出版記念パーティーであいさつを交わして。いやいや。文面を読み返しながら考え直す。これはそんな一回限りの人の距離感ではない。もう少し長く、何かの仕事を一緒にやった人のような感じがする。例えば何か短期間のプロジェクトでチームを組んだ仕事上の知り合いとか。いやいや。むしろ学生時代に遡るのではないだろうか。けれどそんな何十年も交流のない人がこちらの住所を知っているとも思えない。

 

 といった具合に、結局相手が誰なのかわからずじまいなのだ。印刷だけとはいえ、裏面に記された近況や今年の抱負に関する文面は、ぬくもりに満ちていて、時に批評的で時にユーモラスで、短い文章でよくこれだけ表現できるなと毎度感心させられる。おそらくそれはテクニカルな文章力の問題というよりも、人柄というか、人徳のようなものがにじみ出ているのに違いない。そう思うと、顔も浮かばぬ書き手に対する親近感が増すのである。

 

 と、ここまで書いて、彼女からの年賀状を読み返してみた。今年の初めの年賀状には大掃除でも見つからない探し物の話が書かれていた。ただ、年の初めには見過ごしていたが次のような一文があった。「あの大きな航空機だっていったん行方不明になると見つからないんですものね」と。去年の年賀状には天体観測の趣味の話の中に「あのロシアの隕石のような」というフレーズがあった。その前年2012年には「笹子トンネルはよく使うので」という表現がある。そして2011年には「天災も人災も乗り越えて」と書かれていた。偶然だろうか。みんな、その年に起きる出来事ばかりだ。年賀状が書かれた時点ではまだ起きていないことが書かれていたのだ。

 

 これはどういうことだろう? 彼女は何者なのだろう? 何を伝えようとしているのだろう? そして明日の朝、郵便受けに見つけるであろう年賀状には何が書かれているのだろう? 良いことが、良いことだけが書かれていますように。

 

 今年も一年お世話になりました。よいお年を。

 

(「【年賀状】」ordered by 稲葉 良彦-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・予知能力者などとは一切関係ありません。

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