【千年後の日本人への手紙】SFPエッセイ003

 こんにちは。

 こんにちは、と書き出して早くも困惑しています。あなた方はまだ「こんにちは」という挨拶を使っているでしょうか? そもそも日本語を使っているでしょうか? もっと言えば、あなた方はそこにいるのでしょうか? つまり、今から千年後、日本人は、日本はまだ存在するでしょうか?

 

 千年は長い歳月です。私は2014年の年末にこれを書いています。振り返って一千年前の人が私宛に手紙を書いていたとしたらどうなっていたかを想像します。彼らは千年後の今を思い描くことができたでしょうか?

 

 1014年という年には、あまり華々しい出来事はなかったようです。日本では藤原道長がまもなく摂政になろうとしていました。藤原北家の摂関政治における最大の権力者の一人です。幸いなことに千年前も日本は存在しました。「日本」とか「日本人」という概念があったかどうかはよくわかりません。聖徳太子が「日出ずる国」と言っていたし、海外との交易もあったので、その通りの言葉を使っていたかどうかはともかく「日本」や「日本人」という感覚は持っていたと思いますが。余談ですが、道長が大ファンだったという『源氏物語』の成立は1002年だそうなので、きっと1014年頃にも読者がいたのではないでしょうか。あるいは12年も前のお話などもう顧みられなかったかもしれませんが。

  

 お隣の中国では、現在「北宋」と呼ばれている王朝の時代です。満州からモンゴルにかけては遼が、いまの雲南省あたりには大理石の産地として知られる大理国がありました。「中国/中国人」はいまもいますが、「遼/遼人」や「大理/大理人」はもういません。イスラム圏ではファーティマ朝の時代で、名君とも呼ばれ、奇行の数々でも有名なハーキムというカリフがいたようです。ファーティマがその国の名前かどうかわかりませんが、「ファーティマ/ファーティマ人」は一千年後の現在には存在しません。

 

 その時代に書かれたものはたとえば紙に墨やインクで記されていて、現在に残っています。私はいまこの文章を、パソコンを使って書いていますが、3014年にパソコンがあるとは思えませんし、いまここに記録したデータをあなた方が取り出すことができるのかどうかもわかりません。ちなみに1014年にはスマホもパソコンもプリンタも存在しませんでしたし、それどころか電子レンジや電話やテレビやラジオもありませんでした。電気は発見されておらず、ガスすら今のような形では利用されていませんでした。鉛筆もボールペンもなかったし、メガネも組み立て式家具もまだなかったと思います。

 

 そこには何がありますか? どんな服を着て、どんな料理をつくって、どんな人と一緒に飲んで食べておしゃべりしていますか? どんな言葉を使っていますか? どんな道具を利用していますか? どんな音楽や踊りや物語を楽しんでいますか?

 

 私には想像することもできません。千年は長いです。恐らくその間には素晴らしい技術革新が幾度となくなされ、むごたらしい戦争が何度も繰り返され、想像を絶するような(まさに千年の一度の)巨大災害を経験していることでしょう。地形もいま知っているものとは変わっているでしょうし、すでに地球の地表ではない場所が活動の拠点の中心になっていることだってありえます。ただ、2014年のこの場所からひとつだけ言えることがあります。1014年から千年を経て、『源氏物語』を読めば、そこに何が描かれているかわかるということです。恐らくあなた方もわかるはずです。細かい道具の名称や形状はわからなくても登場人物たちが何を感じ、どう振る舞っているのか、その見栄も欲望も愛憎もわかるはずです。人々の知恵や美しさと、愚かさや醜さの両面を。それは千年後であっても変わらないはずです。違いますか?

 

 私は21世紀の初めの何が千年後にも伝わっているだろうと夢想します。『源氏物語』のように長く愛され大切にされるものはあるだろうかと。もちろんそんなことを夢想するバカは他にはいないでしょう。紫式部だってそんなことをいちいち考えながら人類初の長大なあの小説を書いたわけではないでしょう。

 

 とりとめなくなってしまいました。そろそろ手紙を終えることにします。31世紀初頭からあなた方が千年前を振り返った時に(ちょうど私がこの手紙でしたように)、「21世紀初頭の日本人もなかなかやるものだ」と思ってくれるようでありたいと思います。けれども人間は知恵や美しさだけでなく、愚かさや醜さも合わせ持っています。だから「21世紀初頭の日本人はひどい過ちを犯した」と言われる危険性も同時にあるということを肝に銘じたいと思います。私たちは歴史に残る成功をおさめることもできると同時に、歴史に残る失敗をしでかす可能性も持っている。そのことを謙虚に受け止めて筆をおきます(正確にはキーボードを打ちやめます)。たぶんこの結論は、31世紀のあなた方とも共有できるのではないかと考えつつ。

 

(「【千年後の日本人への手紙】」ordered by 高田 正之-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

 

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・SF・歴史観などとは一切関係ありません。

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