その頃の話

 人間の国、カルレイ王国。

 数ある人間の国の中でも最大のこの国は、文字通り人間の代表であると言っても差し支えない。

 その王都レイウルクは人間の文化や軍事の最先端であり、人間の中での頂点を目指す者は必ずレイウルクを目指す。

 それはレイウルクの名声を更に高め……最近では、もう1つの「頂点」と言える存在がレイウルクの名声を確固たるものにしていた。

 勇者タカユキ。異世界より召喚されし、人間の最高戦力である。

 近頃増えつつあるモンスターへの対抗策としてこの世界に呼ばれた勇者は期待通りに成果を上げており、今日も付近のモンスター討伐へと出かけていた。


 そして……そんな彼を召喚した現場である王城、レイウルク城。

 そのバルコニーに立ち王都を見下す、1人の男が居た。

 彼こそはこの国の第一王子、アルメイス。銀の髪を風にたなびかせる彼の姿は、見る者の多くを魅了するだろう。

 それほどまでの美形であり、しかし未だに婚約者を決めていない事でも有名だった。


「……今日も世は事もなし。勇者殿はよく働いてくれているようだ」

「はい。タカユキ殿は近頃ますます実力を上げているようで、王都付近の安全は確保されつつあります」

「だといいのだがな」


 部屋の中に控えていた騎士に、アルメイスはそう答える。

 当然、騎士は疑問符を浮かべるがそれを口にはせず……しかし、その疑問を察したかのようにアルメイスは振り返る。


「意味が分からない、といった風だな?」

「い、いえ……」

「簡単な話だ。モンスター共の生態は未だ不明。何処から来るのかも分からん連中をどれ程殲滅したところで、終わりなどあるのか……と思ってな」


 そのアルメイスの言葉に、兵士は答えられない。

 退治しても退治しても何処からか現れるモンスター達。

 その根源が魔王であると遥か昔には言われた事もあったらしいが、そうではないと分かった現在では学者たちが持論を戦わせ……しかし、未だ結論は出ていない。


「勇者殿を召喚できたのは大きい。大きいが……世界が荒れるという神からの啓示のようなものでもある。それに……」


 言いながら、アルメイスはバルコニーから自分の部屋へと戻る。

 品が良く高級な調度品で彩られた私室の中には、1枚の大きな絵が飾られている。

 人物画であるらしいソレには、青い服と鎧を纏った金色の髪の少女が描かれている。

 細部は色々と異なるが、何処となくアリスに似ているその少女の絵を見上げ、アルメイスは軽く息を吐く。


「……それに、この少女だ」

「確か、タカユキ殿がこの世界に来る前に『もう1つの世界』とやらで出会った少女……でしたか」

「そうだ。勇者殿の話によれば天を突くような巨大なモンスターを倒した……らしいが」

「ですが、そのような少女は……」

「ああ。そのような少女は召喚で現れなかった。勇者殿の話をそのまま信じるのであれば、この世界にやってきているはずだが……な」


 勇者タカユキは、その少女……つまりはアリスを探してもいる。

 彼が召喚されてより、もう半年。しかしアリスは見つからず、探索範囲をもっと広げるべきか思案してもいるらしかった。


「タカユキ殿のお言葉を疑うわけではありませんが……そのような少女が実在するとは、私にはとても思えません」

「それは私もだ。もし仮に勇者殿の言葉が真実であり、その少女がこの世界に来ているのであれば……なんとしても、私達カルレイ王国で保護する必要があるのは確かだがな」

「確かに、そのような凄まじい力を持つ少女が他国に囲われれば一大事ではあります」

「そういう事だ。もしかするとだが、勇者殿を超える力の持ち主の可能性すらあるからな」


 もっとも、勇者タカユキの言葉を借りれば「ちょっと有り得ないくらいの美少女」だ。

 そんな美しさと強さを兼ね備えた少女が居るのであれば、必ず噂になるはずだ。

 しかしこの半年、そのような少女の話はアルメイスの耳には届いてこなかった。

 となると……この世界に来ていないか、あるいは……アルメイスの諜報網の及ばない何処かにいる、ということになるが……。


「……アルメイス様?」


 黙ってしまったアルメイスを心配するように騎士が声をかけるが、それにアルメイスは笑顔で振り返ってみせる。


「ああ、すまないな。ちょっと1人で考えたい……下がってくれるか?」

「はっ、仰せのままに」


 言われたとおりに部屋の外へと出ていく騎士を見送ると、アルメイスは再び肖像画へと視線を向ける。

 この世のものとは思えないほどの美しき少女。

 レイウルク城に集まる選りすぐりの美姫達を見て尚そう語る勇者タカユキに、彼女たちはあまり良い顔をしていなかったが……アルメイスは、勇者タカユキにそうまで言わせる少女に強い興味を抱いていた。

 そこまで美しいというのであれば……多少は勇者タカユキの贔屓目が入っていたとしても、どれ程のものなのか。


「会ってみたいな。ああ……是非会ってみたい」


 自覚せぬ執着を見せるアルメイスの言葉のせいか、アリスが遠い魔族領でクシャミをしたが……アリス本人が、それを知る由もない。

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