王都
「おおー、此処が王都……!」
アゼルさん達と出会ってから、更に数日後。
紹介状代わりの家紋入りペンダントを押し付けられ……もとい、貰った私は王都の中を見回していた。
アゼルさん達は私を招待したがってたけど、あれ以上はなんかこう……なんだかんだで丸め込まれそうな気がするので遠慮しておいた。
何しろ、あの数日で「とりあえず王都で会う」約束までさせられてしまったのだ。商人、超怖い。
そんなアゼルさん達の代わりに今私の隣に居るのは、人型をとっているアルヴァだ。
周囲を見回していたアルヴァはやがて、つまらなそうにフンと鼻を鳴らす。
「相変わらずつまらん場所だ。危機感がない」
「町に危機感とかいらないでしょ……」
危機感のある町って何よ。アポカリプスなの?
「この場所にいる魔族は、誰もが自分の未来を疑っていない。今日と同じ明日が来ると信じているのだ」
「それは、そうでしょ。首都なんだし。そこに住んでるってだけで自慢になるでしょ?」
「フン、ならばよく周囲を見てみろ」
言われて、私は周囲を見回す。すると……。
「うっ……」
さっきは気付かなかった、ギラつく視線が幾つも、幾つも。
私を見ているものもあれば、別の何かを見ているものもある。
そのどれもが……この町の住人であろう、人間の視線。
「ええ……なにこれ……?」
「此処は確かに王都、国の中心だ。だが魔族の国の中心であって、人間の国の中心ではないということだ」
「ど、どういうこと?」
「つまるところ、人間には優しくない。殊更に差別しているわけでもないが、優遇はされていない」
「な、なるほど?」
「分かっていない顔をしているな」
チッ、と舌打ちするとアルヴァは私の頭をコツコツと叩いてくる。ちょっと、何するのよ。
「この中身の詰まってない頭でも分かるように言うとだな、『優遇されているかいないか』というのは、見方によっては差別に見える。たとえそれがどれほど合理的なものであろうとな」
「……」
「そして優遇されていない側がそれを差別と受け取った時、そこには不満が蓄積する。それが合理的で正しく、優遇されていないのが正しい事だとしてもだ。そしてその不満が蓄積した結果……どうなると思う?」
……なるほど、そう言われると何となくだけど理解できる。
とっても難しい問題だ。たぶん、私の頭では正解を導き出せないくらいに。
つまるところ、この国は魔族の国で、当然魔族の為の優先策が多数ある。
だからこそ人間には生き辛くて、それが不満に繋がってる……ってことなんだろう。
「みんな平等……ってわけにはいかないんだよね」
「言葉面は立派だがな、それは滅びの呪文に近い。特に今の人間と魔族の関係性ではな」
「……難しいね」
「それが分かっていれば上等だ。悩むのは為政者の連中の仕事だ」
フッと笑うアルヴァを見上げて、私は思わず問いかける。
「なら、私の仕事って何?」
「平穏を目指すことじゃないのか? 無理だと思うがな」
「なら、アルヴァは?」
「魔導の深淵を追求する事だ」
それを聞いて、私は大きく頷く。
……そうだよね。私がちょっと強いからって、どうにか出来る問題でもない。
何より、どうにかしていい問題でもない。
それより私が今気にすべきことは。
「……で、さ。それは分かったけど、私に突き刺さる視線は何なの?」
「決まっているだろう。貴様を何かに利用できないか考えているのだ。恐らくは、何かの商品としてな」
「それって違法奴隷とかいう……」
「娼館に売り飛ばすというセンもあるだろうな」
「うわあ……」
私が思わずドン引いた顔になると、アルヴァは「だが」と続けてくる。
「俺が一緒に居るからな。あからさまに貴様を騙そうと近寄ってくる奴は居ないだろう」
「アルヴァがいると何か違うの?」
「傍目に今の状態を見れば、貴様は俺という魔族の庇護を受けている人間だ。つまるところ、生活の安定などを餌に騙す余地がない……ように見える」
……なるほど、庇護者。アルヴァが、ね。
そりゃまあ、身長差とかを考えれば妥当ですけど?
「養ってるのは私じゃないの」
「別に貴様に養われている覚えはないぞ」
「カレー食べたじゃない」
「食わずとも平気だし、貴様の理不尽を体験させられたのは明らかな被害だ」
しばらく睨み合う私とアルヴァだったけど、やがて同時にフンと視線を逸らす。
「まあ、いいわ。今はえっと……廃棄街に行かないとだし」
「そうだな。貴様のアレについてはいずれ丸裸にしてやるつもりだが、まずはそれだ」
「……なんか一々言い方が変態くさいのよね」
「貴様というやつは……」
そんな言い合いをしながら、私とアルヴァは廃棄街に向けて歩いていく。
段々と人通りの少なくなっていく道。明らかな治安の低下が、その道中にはあった。
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