グレイ達の内緒話

「……それで? お前はどう思ったんだ?」


 アリスと別れてからしばらくして。

 休憩していた宿屋の部屋で、ビグスが最初に口にした言葉がそれだった。


「どう、とは?」

「とぼけてんじゃねえよグレイ。アリスのことだよ、アリス。お前はどう思ったんだ、あの子のこと」

「俺も聞きたいな。俺達はあまり頭は良くないが……グレイ。お前なら俺達に見えない事も見えるだろう」


 ミニミにまでそう言われて、グレイは小さく溜息をつく。

 ……まあ、確かにグレイも色々と考えを整理していたところではあったから丁度いいといえばいいのだろうか?


「そうですね……一言で言えば怪しい。それに尽きます」

「だろうな」

「ああ」


 ハッキリ言えば、怪しすぎるのだ。

 カミッツの森で小奇麗な格好で気絶していた。

 記憶を一部失っていた。

 ここまではいい。有り得る事だ。


 だが……あの突然現れたり消えたりする剣と鎧については話は別だ。


「あの剣と鎧……恐らくですが、神話級のものでしょう」

「な、なにぃ!?」

「業物だとは思っていたが……そんなものを、あの子が……!?」


 全ての武具にはランクがある。

 使い物にならない廃物級やナマクラの代名詞、鈍物級。

 通常であればこの品質になるという、一般級。

 時折鍛冶師が生み出すという業物級。

 ……ここまでが、店で通常手に入る範囲。


 そこから先は希少級……アーティファクトと呼ばれる領域に足を突っ込んだものになる。

 そのアーティファクトの中でも更にランクの高い物が伝説級。

 手に入れただけでS級に駆け上るのは確実と言われる品だが……その更に上の武器が存在する。

 それが神話級。その名の通り、神々の武具とも言われるものだ。

 存在自体を疑われる「神話級」ではあるのだが、グレイには確信があった。


「まさか……『鑑定』でそう出たのか?」

「いいえ」


 ミニミの言葉を、グレイは否定する。

 そう、グレイのこっそり使った鑑定の魔法では、そんな結果は出なかった。


「……弾かれたんですよ、私の鑑定の魔法は」

「弾かれ……っておいグレイ。お前の鑑定魔法は希少級だって見通すだろ?」

「ええ。ですが、アリスの装備は私の鑑定魔法を完全に弾きました。そして、あのクラーケンを屠った切れ味。そんな事が出来るのは……神話級であったとしてもおかしくないでしょう?」


 何も見えなかった。そんな事は初めてだった。

 たとえ伝説級であろうと鑑定できると思っていたグレイだったが、それでもアリスの装備は鑑定できなかったのだ。


「……だが、それでは伝説級であるのかもしれないのだろ? あるいは鑑定を弾く程に強い力を持った希少級なのかもしれん」

「だとしても、そんなものをアリスが持っていたという事実は変わりません」

「確かにな」


 グレイにミニミは頷き、アリスの事を思い返す。

 元気で無邪気で、強い人間の少女。それがミニミがアリスに抱いた印象だった。


「彼女は強かった。だが、何か怪しい企みを持っているようには見えなかった。グレイも同意見だからこそ、この町まで案内したのだろう?」

「ええ、その通りです。ですが……迷子の少女というには、少々強すぎます」


 そんなグレイの言葉に、ビグスは思わず「ぶふっ」と吹き出す。


「ひっでえ理由もあったもんだな。分かるけどよ」

「彼女が色々なことを知らなかったのは事実でしょう。恐らく私達が感じた通りに『良い子』でもあるでしょう。ですが……何か隠しごとがあるのも事実かと思います」

「隠し事、ねえ……」


 それを探り出したくもあったのだが、アリスと過ごした数日の中で混ぜた引っかけの言葉に彼女が引っかかる事は一切無かった。

 そしてそれは、アリスが人間の国から送り込まれたスパイの類ではないという事も示していた。


「怪しい。怪しいですが……悪い子ではない。今はそうとしか言いようがありません」

「じゃあ、奴隷商人どもとも関係はなさそうだな」

「ええ、それは間違いないでしょう」


 今のところは、それくらいしか言えない。

 けれど、それで充分でもあるだろう。


「しかしよ、そんなトンでもねえ武具を持ってるアリスは……何者なんだ?」

「誰かに託されたというわけでもないだろうな。あの動きは、武器を使い慣れた者の動きだ」

「あのジョーカースラッシュとかいうスキルもそれを証明してますね。凄まじい威力でした」


 武具の事をさておいても、アリスはレベル1のソードマンとは思えない動きだった。

 申告通りにレベル1であるならば、道場剣術などを習っていたという可能性もあるが、グレイの目に焼き付いたアリスの動きは、そんな型にハマったものでもなかった。

 洗練された、熟練者の動き。たとえるなら、そういう動きだったのだ。


「……本当に何者なんでしょうね、あの子は」

「いっそ、パーティに誘った方が良かったか?」

「彼女の為にならん。俺達の為にもな」

「あー、確かにアリスに頼っちまいそうな感はある」

「そういうとこですよ、ビグス」


 そんな会話をかわしながら、グレイ達は談笑する。

 アリスが何者なのか。その結論は有耶無耶になったが……それでもいいと思える程度には、一緒に旅をしていた数日の間にグレイ達とアリスの仲は深まっていたのだった。


 とはいえ、そうではなかったとしても真実には辿り着けなかっただろう。

 勇者召喚に巻き込まれた結果、ゲームのキャラの姿で異世界からやってきましたとかいう、そんな荒唐無稽な真実には……とても。

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