リターンホーム

 それから、数時間後。


「うーん……」


 雑貨屋の依頼をこなして、時刻はもう夕方。

 依頼主の雑貨屋の店主さんはゴブリンの女の人で、凄く親切な人だった。

 これで依頼料が高ければ言う事なし……だったんだけど。


 手の中にあるのは銅貨数枚で、グレイ達に教わった通りなら……これで安い宿に一晩泊れるくらいらしい。

 くー、とお腹が鳴って空腹を訴えてくるけど、たぶんご飯買ったら宿に泊まれないわよね。

 ……となると、アレを試してみるしかないかしら。


「リターンホーム」


 そう唱えると、一瞬の後に私の身体は何処かの室内に移動していた。


「あー、やっぱりコレ……そういうスキルなのね」


 リターンホーム。一般的なゲームで言えば最初に戻るコマンド。

「破滅世界のファンタジア」でいえば、「拠点」に戻るコマンド……つまり、操作方法を学んだり出撃する為の、大きめの洋館のような場所に戻る事の出来る機能だった。

 

 運営が何を考えていたのかは分からないけど、無駄に充実した課金家具の購入によって、ゲーム内の私の拠点は可愛らしくも贅沢なものになっていたけど……どうにも見回した感じ、それが完全再現されているように見える。


 具体的には、柔らかそうなソファーに紅茶セットやクッキーのお皿の載ったテーブル。

 そして、ファンシーな家具の数々。キッチンや冷蔵庫まであるからビックリだけど……使えるのかしら?


「んー……」


 振り返ると、そこにはドア。これを開けたら、元の場所に戻ったりするのかしらね?

 ちょっと考えて、アクビを1つ。

 まあ、明日でもいいか……と、そんな事を呟きながらソファーに座って湯気をたてている紅茶を一口。

 クッキーをサクサクと頬張って、紅茶をもう一口。ソーサーにカップを置くと、飲んだはずの紅茶は元に戻っていて、クッキーもお皿いっぱいになっている。


「はー……幸せ……」


 窓の外は何処の風景かも分からない綺麗な草原。夕日に染まるその光景にチラリと視線を向けると、私はクッキーをもう1枚サクッと食べる。

 そうしてクッキーと紅茶だけでお腹いっぱいになった私は、そのままソファーに身を横たえる。

 ベッドもあった気がするけど……お腹いっぱいになったらなんだか眠い。


「おやすみなさい……むにゃ」


 フワフワのソファーでぐっすりと寝て……窓から朝日が差し込み始めてきた頃、私はゆっくりと目を開ける。


「んー……ふわあー……」


 フラフラと起き上がって、洗面台の蛇口を捻って顔を水で洗う。

 鏡の中にいる自分を見て……私は思わず「あっ」と声をあげる。

 あ、そうか……そうだった。私、違う世界に来てたんだった。

 頭の中に部屋の間取りが完璧に入ってたから、自然に動け過ぎて気付かなかった。

 なんだか自宅って感覚がするっていうか……いや、アリスの自宅なんだろうから間違ってはいないんだけど。


「どういう理屈でお水出てるのかしら、これ……」


 そんな答えの出ない疑問に「ま、いいか」と区切りをつけると、私は拠点の中を探索していく。

 私の中にある「記憶」の通りに、私が居たリビング、お風呂のある洗面所、トイレ……台所にベッドルーム、そして地下へと繋がる扉があった。


「む、開かない……」

―機能が解放されていません!―


 そんな声が頭の中に聞こえてきて、どうやら「機能の解放」とやらをしないと開けられないのだと無理矢理分からせてくる。


 私の記憶だと、この先はトレーニングルームのはずだけど……今は使えないみたいだ。

 それだけじゃなくて、あといくつか機能があるんだけど、其処に繋がる扉も機能が解放されていなくて使えないみたい。むー、残念。ショップ機能とかは便利そうなんだけどな。

 部屋の隅に置いてあるアイテム保管用の「宝箱」も、箱庭ゲーム的要素であった「農園」も今は使えない。

 ……しかし、「破滅世界のファンタジア」の開発は何考えてたんだろ。肝心のアクションゲームじゃなくて、こんな機能ばっかりアップデートしてどうするんだか。

 だから「アクションゲームはおまけ」とかレビューに書かれるのよ。

 ……まあ、それはともかく。機能の解放をする為にはどうすればいいのかな?


「確か……ゲームだと……」


 本棚に近づいて「ヘルプ」と背表紙に書かれた一冊の本を抜き出して開くと、表紙が自動的に開く。

 そこに書かれていたのは、目次でもタイトルでも何でもない……とても簡単なメッセージ。

 知りたい事を「検索」の次に入力してください、だ。

 だから私はその指示通りに音声入力する。


「検索、『機能の解放』」


 私の声に答えるように本のページはせわしなく捲れていき、やがてピタリと停止する。

 そしてそれは、確かに『機能の解放』についてのページだった。


「経験値を溜めて……トータルレベルを上げる、と。宝箱の解放はトータルレベル15……」


 確か今の私はソードマンのレベル10。ということは、あと5上げてレベル15になれば宝箱を使えるって事よね。

 うん、目標があるとやる気が出るわ! レベル上げが必要って事は、あのクラーケンみたいなのを倒していけばいいってことよね。となると……行くべきは外、ね。


「よーしっ、やるわよ!」


 私は天井に向かって拳を突き上げると、モンスター退治をするべく気合を入れるのだった。

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