冒険者ギルドへ
「わあー、ここがジョ、えーと」
「ジョゴダの町ですよ」
「そう、ジョゴダ! 大きな町ね!」
数日たってようやく辿り着いたジョゴダの町を見て感動する私に、グレイが首を傾げてみせる。
「まあ、確かにこの辺りでは一番大きいですが……アリスは何処か田舎の出身なのですか? 結構お嬢様なんじゃないかと思ってましたが」
「そんな事ないわ。たぶん」
私になる前の私がどんな人物だったかについての記憶がスッポリ抜けているので断言はできないけど、たぶん違うと思う。正直、「前の私」には然程未練もないから思い出そうとも思わないし。
「たぶんかよ……」
「思い出せないんだから仕方ないじゃない」
ビグスにそう言いながら、私はその肩をぺシンと叩く。
……それにしても、随分気安い関係になったような気がする。私の一方通行かもだけど。
「まあ、確かにな。思い出せない事を悩んでも仕方がない。それなら前向きに生きなければな」
「そうよね、ミニミ。分かってるわね」
「生きるのに過去が必要かといえば、必ずしもそうではないからな」
「……哲学的な話?」
「あるいはな」
そんな会話をしながら、私達はジョゴダの町の中へ入る。森を切り開いて作ったらしいジョゴダの町は木製の家が多く、まだまだ拡大中らしくて町の周りは木の柵で囲んでいるだけだ。
やる気の無さそうな犬の獣魔人の門番は私を見るとちょっと目を見開いていたけど、それだけ。すぐにアクビをして視線を逸らしてしまうあたり、本当にやる気が無さそうだった。
「今のっていいの?」
「何がだ?」
「何も言われずに中に入れたけど、それでいいのかなーって」
「ああ、別に知らない人間1人増えたところでどうってことねえってのが共通認識だからな」
……なるほど、そういえば人間は一番下なんだっけ。うーん、世知辛そう。
「で、えーと……冒険者ギルド、だったかしら」
「ええ。この数日考えてみましたが、まずはソレが一番簡単に身分証を手に入れられますから」
建前上差別は無いらしいけど、実力主義のこの国では「人間は使えない」というのが、やっぱり共通認識であるらしい。
たとえば単純な力仕事ではミニミみたいなオウガが有利だし、配達業でも足の速い魔族は幾らでもいるし、彼等は大抵の人間より速いらしい。
ビグスが言おうとしてミニミに殴られて黙らされていたけど、娼館みたいな所謂えっちなお店でも人間は同じ人間向けでしか需要がないっぽい。
……とまあ、こんな感じで人間が何か仕事をしようとすれば来る者拒まずの冒険者ギルドに登録して日雇いみたいな仕事をするのが一番早いらしい。
「とりあえず、私達が出来るのはそこまでですね。クラーケンの件を報告したら、すぐにまた出ないといけませんし」
「だな。早めに解決しておきてえ」
「……何かあるの?」
私がそう聞くと、グレイ達は足を止め……3人で顔を見合わせた後、グレイが口を開く。
「……そうですね。やはり話しておいたほうがいいでしょう」
「え、何を……?」
「アリス。貴女なら大丈夫とは思いますが、甘い話を囁くような者には注意してください。近頃、違法な奴隷商人の手によると思われる、子供を狙った誘拐事件が発生しています。人間の子供も被害にあっています」
「魔法薬で抵抗できないようにしてから誘拐するって手口らしい事は分かってる。お菓子くれるからってついていくんじゃねーぞ」
「そんなことしないわよ。でも、気をつけるわ」
「そうしてください」
薬を使った誘拐事件と違法奴隷商人、か。なんとも物騒な話ね。
……うーん、これってもしかして、人間の国に多少無理してでも行った方がいいのかしら?
でも、その為には旅費を貯めなきゃよね。
「もしかしてアリス。人間の国に行こうとか考えてますか?」
「へ!?」
ビクン、と身体が跳ねるのを感じながら、私は「そ、そそ……そんなことないわよ!?」と声をあげる。
うわあ、我ながらウソくさーい。
「やめておいたほうがいいと思いますよ。人間の国では奴隷制度が合法ですからね。アリスは確実に狙われると思います」
「それって美少女だから?」
私なりの可愛いポーズをキメて言ってみると、グレイを含めた全員がなんとも微妙な顔になる。むう、手強い。いや、これで悩殺できたらどうこうってわけでもないんだけど。
「まあ……えーと。そうですね。アリスは人間の基準で言うと美少女……ですから、そういうのもあるでしょう」
「アッチだと娯楽も労働も奴隷で回してる国が多いらしいからな。貴族に目をつけられて即奴隷落ち……なーんて話もあるそうだぜえ?」
ええ……何それ超怖い。本当かどうかはさておいても、人間の国に行く気無くすなあ……。
「まあ……魔国は奴隷自体が違法だからな。そういう点では安心だろう」
そんな話をしてるうちに、私達は大きな建物の前に辿り着く。
「この建物? 魔女の鉤鼻亭って書いてあるけど」
「いえ、此処は宿屋ですよ」
「俺たちの泊ってる場所だな」
「冒険者ギルドは、この先の角を右に曲がったところだ」
「ええ……?」
此処から勝手に行けってこと?
そんな私の気持ちが顔に出ていたのだろうか、グレイは苦笑しながら一通の書状のようなものを取り出し渡してくる。
「これを持っていってください。話が早いはずです」
「これって……紹介状とかってやつかしら?」
「貴女が記憶喪失で、私達に保護されたという旨を記載しています。紹介状といえば紹介状ですが、貴方が怪しい人物ではないと私達が保証するような代物ですね」
「そっか。ありがとう、グレイ」
「いえ。本当はついていければ良いのですが……冒険者ギルドには人間の冒険者も多いです。あまり最初から妙なイメージがつくのも問題でしょうから」
なんだか根深い問題っぽいわね……うーん。
でも、コレがあれば色々説明しなくて済むなら助かるのは事実よね。
「ありがとう、グレイ。早速行ってくるわ」
「ええ。次に会うのがいつになるかは分かりませんが……無事を祈っています」
「ま、心配するだけ無用っぽいけどな」
「息災でな」
「うん。3人とも、元気でね。ここまでありがとう!」
言いながら手を振って、私は3人と別れる。
冒険者ギルド……かあ。何事もなければいいんだけど。
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