第9話 再訪問と再会と再確認

翌朝、陽平の目覚めは早かった。すでに気がはやっていたせいに違いない。昨晩はアルコールが回っていたこともあり、帰宅と同時に即就寝というパターンだった。今朝は起き掛けにパソコンの電源を入れ、シャワーを浴びてモーニングの準備に取り掛かる。土曜日のモーニングは時間をかけるのが習慣だった。今朝はフライパンでソーセージを炒め、さらには玉子を二つ落として目玉焼きを完成させた。最近はそれらを白ご飯で平らげるのが陽平の趣向であった。

一通り空腹を満たすと、電源を入れておいたパソコンの前に座る。右手にはペットボトルのラムネを持って。

「どれどれ。」

最初の確認は本日の『ナイトドール』における寧々の出勤情報である。急な変更もあったりするのだが、今のところ通常通り出勤するようだ。ブログもチェックしてみたが、寧々からの投稿はなかった。さて、それがわかると本日の出動が決定し、ついてはお土産を検討しなければならない。タイトルがチョコレートと決まっているのだから、ターゲットは絞りやすい。

それよりも忘れてはならないのが秀哉のことである。最近は飲み会などもかなりうっちゃらかしているだけに、そろそろ連絡がありそうだ。ケータイのメールボックスを覗いてみると、あるある。延べで十通ものお便りが届いていた。着信履歴にも十数件もの不在着信があり、なにやら秀哉にとっての緊急の朗報があるに違いない。

さすがに土曜の朝に連絡を取らないわけにも行かないので、とりあえずかけてみた。

「おはよう。なんかええことあったか?」

「こら。何回かけたら応答すんねん。オレに黙ってどこぞええとこ行ってたんか。」

当たってるだけに何も切り返せない陽平だったが、

「会社の打ち上げやし。それよりそっちこそ見合いの話はどうなったん。」

「いやいや本格的にデートするようになるかも。そろそろチューしてもええかな。」

「そんなん知るかいな。勝手にしたらええやん。ほな切るで。」

「待ちいな。その彼女がな、おまいさんにも会いたいって言うてんねん。今晩時間あるか?明日でもエエで。」

「明日やったら別にかまへんけど、会ってどうするん。オレは別に会いたいと思ってないけどな。それにキミらのイチャイチャしてるとこ見せられるだけやろ?」

「あほな。まだそんなイチャイチャなんかできてないから。たぶん、オレの身元調査とちゃうか。本人よりも第三者から聞く方が正確やしな。オレも彼女の友だちに会うことになってるし。なっ、頼むやん。」

「わかった。明日やったらいつでもええで。今日やったら夜の九時以降かな。」

「よっしゃ、膳は急げって言うから、今晩の九時にしよ。四条木屋町の『瀬戸船』でどうや。わかるやろ、あそこやったら。」

「えらい奮発すんねんな。まさか割り勘ちゃうやろな。」

「まかしとけ、ここはお大尽にならなあかんとこやし。ええとこ見せとかなな。」

「ほう、そんなにええ子やねんな。なら、散々今までの悪行をぶちまけたるさかい覚悟しとけよ。」

「冗談ぬきで頼んどくで。今回はほんまに真剣やねんから。」

「わかった。」

これで今日一日のスケジュールがほぼ決まったようなものである。とりあえず、午前中はゆっくりできそうだ。とはいえ、よくよく考えてみれば今日はゴールデンウイークの初日である。あまり混雑を好まない陽平は、毎年この時期は自宅でゴロゴロか近所をブラブラする程度で、旅行等人ごみの中へ紛れ込んで行こうなどという神妙な考えはこれっぽっちもないのである。


因みに洋平の実家は綾部市の酪農家であり、家業は兄が継いでいる。牛飼いの仕事が嫌で家を飛び出したこともあり、連休だからといって実家に戻ったりはしない。盆と正月に両親に挨拶に行くだけが精々であった。

ついでに言うと秀哉の実家は宇治市にあり、それ相当の名家らしい。親が秀哉の結婚のことについて、最近とやかくうるさくなってきているのは彼が長男だからということもその理由のようだ。

高校時代、二人はともサッカー部で、京都府内の大会で何度か対戦したことがあるらしい。それがきっかけでよしみを通じ始めたというから縁は異なものとはよくいったものだ。さらには二人とも京都市内にある大学に進学し、キャンパスは違えどたまに飲みに行くといった仲になったのである。


さてはゴールデンウイークであることを思い出した陽平は再び『ナイトドール』のページを開いた。連休中、寧々はどんなシフトで入っているのだろうと思ったからである。結果から言うと、普段と変わらぬスケジュールだった。特に連日出勤するなどということもなく。淡々と自分のパターンを誇示する予定のようだ。

従って、今宵の次はあさっての月曜日。今夜の内容次第では連荘もありうるかな、などと考える。ついでにその次の水曜日も行こうかなどと。

下調べを済ませた陽平は、まだ涼しい午前中のうちに加茂川沿いを軽く走って汗を流した。日頃の運動不足を補っておかないと中年太りが加速してくる恐れがあるからである。

二十代後半までは大学時代の仲間内で作った草サッカーチームで秀哉ともどもプレーしていたが、仲間たちが結婚し、子供が生まれるに従ってメンバーが減ってゆき、やがては陽平と秀哉だけが取り残されたのである。

サッカーを辞めてから陽平の体重は徐々に増えつつある。もはやいろんなことに気をつけないと、この増加は止められないことも自覚している。だからこそ、休みの日はできるだけ走るように心がけているのである。

走り終えたあとはシャワーで汗を落とし、ひげを当たり、軽いランチを用意する。モーニングに時間をかけた日のランチはカップめんで十分だ。こういった割り切り方も陽平の性格を表わしている。


午後二時ごろ。

陽平は京都市内の繁華街にいた。半そでのチェックのシャツにベストを羽織り、綿のパンツをさりげなく。特におしゃれでもない陽平は、いつもラフなスタイルである。

何ゆえ繁華街に・・・。京都の昼間は盆地なだけに蒸し暑い。従って、そんな居心地の悪いアパートにいるよりは涼しい店を渡り歩いている方が心地よいのだ。

今回の目的は寧々への土産探しである。ある程度の当たりをつけたら最初の目的は達成する。実際に購入するのは直前でよい。次は自分の買い物だが、今すぐに欲しいものはない。ブラブラと小物売場やスポーツ店を渡り歩くが、すぐに満足してしまう。食料品にはかなりの関心を持っているが、今回は寧々に会いに行くのだから買い物は自重したようだ。

最後はカフェスタンドで呼吸を整える。当たりをつけていた百貨店は目の前にある。ここから『ナイトドール』までは徒歩十分。歩き回ったおかげで熱く火照っていた体温を冷ますのに小一時間。ゆっくりとアイスコーヒーをすする。

そろそろ時計が夕方の五時を示すころ、陽平はゆっくりと立ち上がり、百貨店に向かう。お目当ての品は地下の食料品売場にある。

最近の百貨店はアイテム数も専門店並みに揃えている品物がある。ここ数年の間で特に海外から輸入されている食料品の品数が増えたように感じる。

陽平のお目当ての品は、輸入ビールのコーナーにあった。チョコ好きの寧々に持っていくお土産にビール?そう思うかもしれないが、ちゃんと発掘しているのである。チョコレート風味のビールを。

「これなら珍しいから喜んでもらえるかも。」

普通のスタウトと苦めのビターと二本セットで箱に入れてもらった。もちろん、包装の周りには可愛いリボンをつけてもらう。それを大事そうにカバンに入れて、さあ、出動準備完了である。


陽平の足は急ぎがちで『ナイトドール』へと向かっていた。五月の夕暮れはそろそろ明るさを残したままネオンが光り始める。『ナイトドール』も他店に負けじと、明るいうちからチカチカと自慢の看板を掲げるのである。但し、営業開始時間までにはあと少し待たなければならないのだが。

近年、風営法が強化されてから後、呼び込みや営業時間等の規制が厳しくなっている。キャバクラでもセクキャバでも同様であった。営業開始時間までは、キラキラとした看板のスイッチをオンにできないのである。

それでも都合がわかっている陽平にとって、看板の灯りがついていようがいまいがどうでもよい。待合室で待てばいいだけだから。いつものように寧々を指名し、空調の効いた部屋でテレビを見て過ごす。今日も陽平のほかに二人ほど先客がいた。

やがて時間が来ると、オープニングのBGMが鳴り響き、先客順に店内へと案内されていく。陽平がエスコートされたシートは一番手前の通路の二番シートであった。

一番シートと五番シートは特別席で、この店のエースと準エースの指定席である。それでも二番シートといえば、その次に位置づけされる女の子が座れるシートなのだ。

「また来てくれたん?うれしいな。」

「こんばんは。今日のシートは随分と前のシートやな。なんか出世してる?」

「いややわ。他に指名取れてる女の子がおらんだけやん。ヨウちゃんが帰ったら、ウチはいつもどおりヘルプ回りになるだけやし。」

「ボクとしては、寧々ちゃんのお客さんが増えへん方がありがたいけどな。」

「ウチも別にヨウちゃんがおったらエエとおもてるし。」

「嬉しいこと言うてくれるな。そんな寧々ちゃんに又お土産を持って来てもた。」

「ホンマに?なになに?」

陽平はカバンの中から小箱を取り出し、寧々の前に差し出した。

「開けてもいい?」

「もちろんやん。」

寧々はやや不器用に包装紙を剥がしていくと、中から真っ赤な小箱が現れる。ずっしりと重い小箱にあまり大きくない目を見開いて箱を開けていく。すると中から金色のラベルをキラキラさせた小さめのボトルが二本現れた。

「これなに?ビール?」

「うん。チョコレート風味のビール。寧々ちゃんもう大人やし、こんなんもありかなと思って。」

「こんなん初めて見た。ヨウちゃん珍しいモンばっかしよう見つけてくるな。」

「ボク、こんなん大好きやねん。」

「ありがとう。明日にでも早速飲んでみる。」

「ほんでもって感想聞かせてな。ブログにものっけてな。それはさておきやけど、まずはだっこしてもええかな。」

寧々は特に返事もせず、黙ったまま笑顔で陽平の膝の上に座ってきた。

寧々の大きな胸の谷間に顔を埋めるような格好になった陽平の鼻は、衣装の中の胸元の匂いを懸命に探っていた。

「いい匂い。寧々ちゃんの匂いは特別な匂いがする。このまま胸の中で溺れて死んでもかまへん。そんな気持ちになるなあ。」

「アカンで、死んだら。いつかご飯に連れてってくれるんやろ?」

「ボクはいつでもエエで。でもお店の人がアカンていうねやろ?」

「うん。まだな、ウチの名前に新人マークがついてるやろ?それがとれるまではアカンって言われた。入ってから半年ぐらいはついてる人がおるみたい。」

「へえ、人によって違うんや。」

「ウチみたいに人気がない女の子は長めにつくんやて。」

「なんや寧々ちゃんのお客さんが増えへんのも考えモンやな。」

「うふふ。」

寧々はそっと微笑んで、陽平の唇に自らの唇を重ねる。同時に少し開いた唇からネットリとした女神が陽平の大黒天を迎えに現れる。そこからしばらくはまったりとした時間が流れるのである。

寧々の体温と妖艶な匂いを堪能した陽平は、次のステップへと駒を進める。

「ところで寧々ちゃん。聞きたいことがあるねん。昨日な、『ロンリーナイト』って言う店に行ったんやけど、そこのステージでポールダンスのショウをやっててん。」

そこまで話すと寧々の体は急に緊張を覚えたように堅くなった。

「もしかして、あそこで踊ってたん寧々ちゃん?」

しばらくどう答えようかと考えていた寧々だったが、諦めたように口を開く。

「まさか、ヨウちゃんがあんな店におったとは思わんかった。誰にも内緒にしといてな。まだお試しステージやし。あの店は後二回ぐらいで終わりの約束やねん。」

「綺麗なダンスやった。見とれてた。そんで踊り子さんの顔が見えたとき心臓が止まりそうになった。でも大丈夫。誰にもいわへん。ボクだけが知ってる秘密。それでええやん。それにあと二回だけやろ?ほんで、それが終わったらどうすんの?次はいつなん?」

「えへへ、次は来週の金曜日。それが終わったらどうするかはまだ何も決まってない。そこでずっと踊りたい訳でもないし。他にもオーディションとか受けたいし。それにまだ学校も卒業せなあかんし。それよりもヨウちゃん、何であんなとこにおったん?」

今度は陽平の方が緊張を覚えて体が堅くなる。一旦、グラスのドリンクを口に含み、のどを潤してから話し出す。

「先輩にな、お節介な人がおって、いつまでも独りもんのボクに行ってこいって言うて、紹介してもろたんやけど、どうも馴染めへんくて。結局ずっとステージに齧りつきやった。せやから寧々ちゃんのことすぐにわかったんや。寧々ちゃんがまた出るんやったら、来週の金曜日もいこかな。」

「ヨウちゃん、一人で寂しいの?せやからここにも来るん?」

「せやな。寂しいから来るんかもしれん。寧々ちゃんがボクの恋人になってくれたら、どこにも行かんで済むんやけどな。やっぱボクってオッさんやんな。」

「うふふ。びみょーかな。でも、見に来てくれるんやったらうれしいな。」

寧々は陽平の首に腕を回し、甘い吐息を吹きかける。

それに応える様に陽平は寧々の腰に腕を回し、ぐっと引き寄せる。後は自然に唇と唇が重なり合うのを待つだけである。

「見に行っても、声かけしたらアカンよな。」

「別に。おひねりくれてもええねんで。」

「入れやすいパンツ履いといてな。」

「エッチやな。」

今宵は二つのことが確認できた。一つは、あのステージで踊っていたのは、やはり寧々だったこと。もう一つは、次の出演日が来週の金曜日であるということ。しかも声をかけても良いというのだから、おのずと陽平の気持ちは昂るのである。

「さあ、お話はここまで。あとは寧々ちゃんの綺麗なおっぱい見せてもろて、すけべなオッさんごっこしよかな。」

陽平は寧々のビキニを少しずらして、中を覗いた。そこにはいつもどおりの美しい曲線と桃色に輝く石碑があった。下の方からそっと支ええるように抱えると、その滑らかな肌を確かめるように手のひらでぬくもりを感じ取っていた。

「ヨウちゃんの手、あったかい。」

「ボクの手っていっつも濡れてんねん。」

「カサカサしてるよりええやん。カサカサしてる手やったら痛いし。」

「ここにキスしてもええかな。」

「ええよ。ちゃんと聞いてくれるのが偉いな。ヨウちゃんジェントルやな。」

「ちょっとだけ歯を立ててもいい?」

「痛いのはいややで。」

陽平は桃色の石碑にまずは唇で挨拶をすると、次に舌先でチロチロと様子を伺った。やがて吸うようにして弄ぶと、最後に少し歯をあてた。歯で摘んだときのやや固めの感触がおっぱい好きの陽平にはたまらなかった。

石碑を十分に楽しんだ後は、豊かな丘陵を左右から集めて、その谷間の中に鼻腔を埋める。寧々のそこはかとなく淡い甘い匂いが脳天へと突き抜けていく。その感じもたまらなく好きだった。

いつものように2セット、一時間二十分。時折り席を外す寧々だったが、他に多くの指名客を抱えていない彼女は、ほぼ付きっきりで陽平の相手をしていた。

「もうそろそろ時間。」

「もうちょっとおってっていわへんの?」

「無理したらあかんえ。ウチは大丈夫やさかい。今日は土曜日やから飲み会の合間に来るお客さんが入ってきてバタバタする頃やし。またゆっくりできる時間にだけ来てくれたらええんよ。せっかく来てくれるんやったら、ヨウちゃんとはゆっくりしたいし。」

こんなことを言われて逆上せ上がらぬ男はいない。陽平も普通に男であり、スケベな中年おじさんである。鼻の下を存分に伸ばし目じりを格段に下げて頬が緩む。

「また来る。っていうか来週の金曜日にあの店に行く。またあのダンス見せてな。」

「うん。」

「それと、メールも送ってくれたらうれしいな。」

「忘れてた。すぐ送る。今日はありがとう。」

そしてグッバイコールとともに腕を組んだ二人は『ナイトドール』の扉を挟んで、陽平は外に寧々は中へと離れていく。あとは静かな空間が陽平の背中を押し出し、夜の街路へと足を投げ出すほかはなかった。

まだ宵の口なのだろう。行き交う人々は喧々囂々、陽平とは異なる時間と空間をそれぞれに楽しんでいた。


気がつくとポッケの中でマナーモードに切り替えておいたケータイがブンブンと暴れるように唸っていた。寧々からのメールかなと思ったが、秀哉からの電話だった。

「はーい。何してる?どこにおる?今夜の約束わすれてない?」

「忘れてないけど、どうせ見合いの自慢話やろ。聞いてもしゃあない話ちゃうん。」

陽平の顔は明らかにうんざりしていた。しかし、電話越しではその表情は見えない。

「正直、良かったり悪かったりや。とりあえず『瀬戸船』に集合。たのむで。」

いつもの通り、陽平の返事も聞かずに電話を切っていた。

確かにまだ宵の口である。アパートに帰ってもすることはない。明日も休みであるし、あきらめて友人の愚痴でも聞くかな。そう思った途端、陽平の足は『瀬戸船』へと向かっていた。


ほどなくして『瀬戸船』に到着する陽平を手薬煉引いて待っていたのは、もちろん秀哉一人だけではなかった。見合いの相手とおぼしき女性が秀哉と向かい合わせで座っていたのである。陽平が来たのを見つけると、秀哉は自分の座っていた席を陽平に譲り、自分は連れの女性の隣に座った。

「おう。こっちや。紹介しとこ。今度つきあうことになった小池鈴花さん。こいつがボクの親友で尾関陽平くん。」

わかっていたとは言え、やや緊張気味の陽平の顔は、まさに鳩が豆鉄砲を食らったという感じの引用が大正解といわんばかりの表情だった。

「なにがボクや。えらいかしこまってるやんか。」

けなすつもりはなかったのだが、緊張感だけが陽平の頭に重くのしかかっていた。

陽平は秀哉の向かいに座り、それでも一応それらしい挨拶をかわす。

「初めまして、尾関です。ちょっと緊張しています。」

陽平もなぜか敬語での会話になる。

「うふ。初めまして、小池です。尾関さんはどんな風に聞いてましたか?今回のお見合いのこと。」

陽平とは裏腹に、積極的に攻めてくる彼女の姿勢にややたじろぐしかなかった。

「何も聞いてないですよ、特には。それよりも、こんなヤツでいいんですか?」

「うふふ。お互いに何も知らない同士ですから、とりあえずお付き合いしてみましょうというのが今回の方針ですの。感じ的に悪い方じゃなさそうだし、何度かデートしてみましょって、私の方からお願いしたんです。」

「なっ。ボクは彼女のこと気にいってるし、今のうちにボクのええところをキミに宣伝してもらおというのが今回の企画や。そやから頼むで。」

「ということは言うたらアカン事は隠しとかなアカンということやな。」

「いやいや、ボクは隠さなアカンことなんかありませんからね。」

慌てて手を振り、彼女の視界から陽平を隠すように体を乗り出す。

「大丈夫。いい大人なんですから、今までのある程度のことは大目に見ますよ。」

陽平は、彼女の大らかな性格を羨ましいと思い、尚且つ素晴らしいとも思った。秀哉の話によると彼女は三つ年下で、いいところのお嬢さんのようだ。

今回が三度目のデートであり、普段の秀哉の様子や交際状況等を友人から聞きたかったということらしい。陽平も友人の将来がかかっているので、言葉を慎重に選びながら秀哉とのエピソードなどを話していく。そうして当たり障りのない話が続いた時、彼女が陽平に矛先を向けた。

「ところで尾関さんはお一人ですか?決まった方はおられないんですか?」

突然に話を振られた陽平は頭をボリボリとかきながら、

「ボクはここんとこずっと一人です。片思いばっかりなんですよ。」

「こいつはね、いっつもキャバの女の子に恋するんですよ。振られるのがわかってるっていうのに。このところずっと立て続けに。もうやめとけっていうてるのに、半分は病気みたいなもんかな。」

「それを最初にボクに教えたのはキミやないか。」

「あら、米谷さんもそういうところへ行くんですか。」

「何年か前まではね。ボクも普通の男ですから、行ったことがないと言えばウソになります。一人身の男なら、普通は行きます。」

「大丈夫よ。それぐらいは理解してます。でもこれからは自重してくださいね。」

鈴花もやんわりと釘を刺すところは忘れない。

「で?今はどんな子にはまってる?」

「こっちのことは大丈夫。それよりもとっておきの秀哉の話をしてあげよう。」

陽平は自分に向けられようとしていた矛先をもう一度秀哉の方へ向けるようにけしかけて、学生時代にあったエピソードを披露した。

とりとめのない話から秀哉の女遍歴の話まで一通り紹介した陽平は、そろそろ二人だけの時間を確保してやらねばならなかった。

「さて、そろそろボクが伝達すべきことはおしまいかな。あとは二人でデートの続きを楽しんでください。小池さん、また会いましょう。」

そう言って席を立つ陽平。

「ありがとね。」

座ったまま見送る秀哉と鈴花。

陽平は手を振った後は、特に振り返りもせず店を出た。なぜかそれなりに幸せそうな二人に嫉妬していたのだろうか。



翌週、出勤と同時に加藤女史に呼び止められる。

「どうやった?行ったんやろ?」

彼女の行動パターンは予測できていたので、それなりの答えは用意していた。

「ありがとうございました。また行こかなと思ってます。」

「ええ出会いはあったか?ええ子はおったか?連絡先の交換できたか?」

いくつもの矢継ぎ早の質問攻めには辟易するしかなかったが、陽平はそれらの回答にも用意は怠りなかった。

「それなりでしたね。でも連絡先の交換の話は事前に聞いてなかったので、戸惑いましたよ。先に言っておいてくださいね。でも一度経験できたので、次からはもう少し落ち着いて話が出来ると思います。」

「そうか、良かった。」

すると加藤女史は安心したように陽平の肩を叩くと、その様子を見ていた梨香が二人の元へ駆け寄ってきた。

「尾関さん、どうでしたか?」

まずは陽平に様子を尋ねた。

「まあまあやったかな。でも佐々木さんぐらい若い女の子はやっぱりおらんかったで。」

「加藤さん、旦那さんのカードはありましたか?」

梨香は続いて加藤女史に迫る。

「う、うん。聞いてみたけど、どこにあるかわからんて。探しとくって言うてたけど、いつになるかわからんで。」

「絶対見つけて欲しいって言うといてください。」

「わかったわかった、ほら、もうすぐ九時やで、持ち場に戻りや。」

どうやら『ロンリーナイト』に興味津々の梨香にとって、いちいち陽平の動向が気になるのであった。

「しばらくはこの話題で攻撃してくるんやろな。」

少しばかりうんざりする気分であったが、そんなことはお構いなしの梨香だった。案の定、ランチの時間になると、小走りに陽平を捕まえに梨香がやってきた。

「尾関さん、ご飯いきましょ。」

「うーん。今日はニンニクラーメン食べに行くで。キミ、接客大丈夫か?」

「アカン、今日はニンニクやめてタンタン麺にして下さい。穴場の店を教えますから。」

そうまで言われると断れないのが陽平の性格である。梨香は瑞穂も連れて陽平を誘いに来ているのだが、瑞穂の存在などなくてもいいかのように、陽平の腕をつかんで離さない。まるで梨香に連行されるように事務所を出て行く陽平であった。


店は京都駅の南側、八条口から更に南に下ること五分。そこから小さな路地を東へ三分ほど入ったところにあった。こじんまりしていて、外観は和風喫茶を思わせるような店構えだった。三人は当たり前のようにタンタン麺を注文し、やや汗ばむ額をハンカチで拭っていた。

「さあ、尾関さん。例の店の情報を聞かせてくださいな。」

この話については瑞穂にも関心の高い情報でもあるのか、二人して目をキラキラと輝かせていた。

やや諦め気味の陽平は、金曜日の夜の様子を話し出す。

「その店は河原町にあって、ひっそりとしたビルの二階やった。ドアを開けるとボーイさんが出てきて、順番に男女二人ずつのテーブルに案内されんねん。そこで自己紹介から始まるんやな。そのあとには、ツーショットタイムみたいのんが設定されてて、気に入った人やったら連絡先を交換するシステムやねんて。こないだの人は三回目とか五回目とか言う人もおったな。」

「そんな何回もいかなええ人と巡りあえんてことやな。」

陽平は、その夜の出来事を淡々と説明するように二人に話していく。やがて三人にタンタン麺が到着すると、額に汗をかきながら一人は説明し、二人はそれをうなずきながら聞いている。器が空になるころには、聞き手の二人も十分に満足したようだ。

「あとは加藤さんの旦那さんのカードをもらうだけやな。」

梨香の頭の中ではすでに次の計画が練られていた。

「尾関さん、今度はいつ行くんですか。」

「まだ決めてない。それに、そんな毎回毎回キミに報告しなあかんか。勘弁してや。」

「してくれてもええですやん?一緒に行くことになるかもしれへんし。」

「それだけは嫌や。行くんやったら、一人で行きや。ボクはついていかへんし、ついて来られても嫌やで。」

「なんや頼りにならんな。」

瑞穂は更に追い討ちをかける。

「尾関さん、はよ相手見つけて、次はウチにそのカード譲ってくださいな。」

「あのな、ここは合コンの相手を探す店と違うで。キミらが行ってるクラブとかとも違う。結婚相手を真剣に探すとこや。年齢層も高めやし、遊びで行くようなとこ違うで。」

「わかってます。ウチらも真剣に結婚相手探したいの。誰かええ人おりませんか?」

陽平は二人の気持ちがよくわからなかった。

一般論としては梨香も瑞穂も可愛い女の子でとおるレベルだと思っている。陽平があと五年も若ければ、十分に恋愛対象になったかもしれない。そんな女の子たちが、いまどき真剣に結婚相手を探すのだろうか。



その週の金曜日、陽平は『ロンリーナイト』に行くと決めていた。但し、いつ行くかは誰にも内緒ではあったが。そしてその翌日に『ナイトドール』へ赴くという計画が、すでに出来上がっている。

今回のお土産は、以前に買っておいた「燻製のナッツと塩が詰まった小瓶チョコレートフレーバー」がまだ手元に残っている。前回は訪問前の嵐山で見つけた「チョコ猪口」のおかげでお土産の小出しに成功している状態である。まずは金曜日の夜の用意をしておこう。カードは財布に入っているし、軍資金も怠りない。連日の訪問となるため、やや多目には必要だが、ここは責め時だから致し方ない。

会社から出かけると、五月蝿そうな目がいくつもあるので、午後からの出張を無理やり作ってしまおう。こういう計算は得意なのである。

午後の二時に宇治の茶店と四時にラボへの打合せを取り付けた陽平は、夕方の六時には直帰できるスケジュールを確保することができた。

そして来る金曜日。午前中に社内の業務整理を済ませてから、そろそろ強くなる陽射しの中へと出かけていく。

茶店のパンフの打ち合わせは、最終稿の確認と次の原稿の依頼である。一時間程で仕事を済ませたら、再び京都市内へ戻ってくるのだが、陽平たちの会社が契約しているラボは十条(京都駅よりも南側の地域)にあり、そこで時間を費やせば直帰が可能になるのである。

事実、茶店パンフの最終稿では写真の変更がいくつかあり、さらには月間で発行している情報誌の写真の構成なども打ち合わせておく必要があった。茶店パンフの件はすぐに片付いたが、情報誌の写真については表紙の写真と川の写真で揉めた。あらかた決まっていた表紙となる清水寺の写真データがまだ届いてないというのだ。さらには夜の鴨川の写真データが削除されているようで、会社のデータファイルから再度取り寄せなければならなくなったことで、終了時間は陽平が想定していた時間よりもやや遅くなった。

それでも夕刻の六時半までには体が空いた。直帰する旨を会社に連絡し、後は『ロンリーナイト』へ歩みを進めるだけとなったのである。

店にはほどなく到着し、先日と同じようなルーチンをこなしてテーブルに着いた。今宵もテーブルリーダーはもう一人の彼に任せている。

今回の参加者については多くを紹介せずにいよう。ただの通りすがりに等しいのだから。今日の最初のツーショットタイムになった彼女は、すでに三十路を過ぎていた女性だった。色香のある淡い感じのおねいさんタイプで、陽平は彼女にかなりの関心を示したが、それよりも気になるのがステージであった。ツーショットタイムになってからは、彼女をステージ間近のシートへエスコートし、ラインダンスから始まるショウタイムを二人で並んで満喫していた。

やがて最初のツーショットタイムが終了する。次のツーショットタイムはおしゃべりが大好きな二十代後半の女性だった。彼女ともステージ際のシートで、フラメンコなどを見物していたが、おしゃべりがしたかった彼女には物足りない時間となったようだ。

それにしてもいつになったら寧々はステージに現れるのだろう。そろそろ待ちくたびれた感じの陽平だった。

セットは2つ目のゾーンに入っていた。そのセットでの最初のツーショットタイムの女性はポッチャリ系の若い女性だった。その彼女ともステージ最前列でショウの見物を楽しんでいた。だからと言って陽平はステージだけに集中していたのではない。ときおり陽気な会話を挟みながら、お互いの情報交換を行ってはいたのだが、ステージの奥がどうしても気にかかったままなので、いつまで経っても二人の会話がはじけることはなかった。

その次のツーショットもその次も、ずっとステージのまん前で蔓延っていたのだが、いつまで経っても寧々は現れない。

「おかしいな。今日やって言うてたはずやのに。」

3セット目に入り一時間半が経過しようとしていた、このセットの二回目のツーショットタイムのときだった。ステージのライトがパープルとレッドの交差するような光に変わったと同時に、『アラジンと魔法のランプ』を思い出させるような音楽が流れてきた。そして天井からポールが下りてくると陽平の視線は一気にステージの上に集中する。

「寧々や。」

確かに寧々だった。セパレートのラメのビキニに、透き通るような白いレースの衣装をまとった姿だった。ポールダンサーとしての寧々は堂々とそして妖艶な雰囲気を醸し出して、リズムに合わせながらステージ中央にせり出してきた。

ゆったりとした曲から始まり、やがてテンポの速い曲に変わっていく。スレンダーで尚且つ巨乳を揺らす。コントラストの深い化粧と白い肌が見ている客の目を惹いていた。男だけでなく女性たちもその不思議な踊りに惹かれていたようだった。

舞台袖で食い入るように見ていた陽平は、寧々の踊りに集中していたが、そのうち寧々と目線が合ったことに気がついた。一瞬だったが、そのときに動きが一瞬止まり、お互いの存在を確認したかのようだったからである。

曲の終盤、寧々はその柔らかな肢体を充分に振り回した後、ステージの際で踊り始めた。そして陽平の目前で動きを止めて、誘うような仕草を見せると、陽平はここぞとばかりに、おひねりの千円札をビキニの紐に挟んだ。するとその行為を真似するかのように他の客も一斉におひねりを寧々のビキニに挟み始めた。

「出演者にはお手を触れないで下さい。」

あまりにもステージと観客席が接近しすぎたためか、突如としてアナウンスが流れた。

やがて曲が終わると、寧々はステージの中央で深々と客にお辞儀をし、無言で舞台裏へと去って行った。およそ十五分ほどの出来事だったが、素晴らしい演目に客席からは大きな拍手が送られていた。

そのとき陽平とツーショットだった女性は川上琴音という三十になったばかりのOLっぽい感じの女性だった。今宵が三回目の訪問だったそうだが、陽平ほどステージに集中しているパートナーは初めてだと、ややオカンムリのようだった。

「ごめんね。でも彼女、たまたまなんだやど、ちょっとした知り合いやねん。だからちゃんと見てあげようと思って。」

「あーら、尾関さんってどんな女性の方にも優しいの?」

「いや、そんなつもりはないんですが、やっぱり見て見ぬふりはできませんし。そんなこんなで勘違いされやすくて困っています。だから彼女が出来ても長続きしないんですよ。そんなあっちこっちで間違いなんておこらないんですけどね。」

引け目を感じるときについつい敬語が出てしまうのは仕方がない。その様子を彼女は笑ってみていた。

「それはあなたの責任ね。女性ってみんなやきもち妬きなんですよ。私といるときは、私のことだけを見ていてほしいんです。」

川上琴音はそう言って陽平の手をとり、その手に名刺を渡した。

「でもあなたって正直なのね。ちょっと女の子に優し過ぎるのが玉にキズだけど、ウソをついたり、誤魔化したりする人は嫌い。またお会いしたいわ。」

「川上さんは関東の方ですか。関西弁じゃないですね。」

「元々名古屋なの。大学が京都だったし、そのままコッチで就職したから。京都は好きだけど、言葉まではなかなか馴染めないわ。」

彼女もまたスタイルの良い、笑顔が素敵な大人じみた女性である。これもまた陽平のタイプでもあった。陽平も自らの名刺を渡し、また会えたらいいねと言って、このツーショットタイムを終了した。

しかし、陽平は一つだけウソをついた。いや、ウソでもないか。間違いが起こらなかったのではなく、その間違いが発覚したために別れた女性がいて、そのことを隠したことを。

次のツーショットのパートナーは細身の美人だったが、陽平のタイプでもなく、無難な会話だけこなして時間を過ごした。

都合3セット、六回のツーショットタイムを過ごし、この日を終了する。もらえた名刺はたったの一枚。舞台に集中しすぎていたのだから仕方がない。それよりも、この店で寧々とコンタクトが取れたことの方が、陽平には大きな収穫だったに違いない。



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