第2話 新しい出会い

久しぶりに店のドアを開くと、ドアの中では見覚えのあるボーイが見覚えのある制服で待ち構えていた。

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね。」

そんなに顔馴染みでもない事を自覚していた陽平は、ボーイの言葉に少し驚かされる。

「えっ?ボクのこと覚えてるんですか。」

「もちろんですよ。ところで今日はどの子を指名します?リエさんはもういませんけど。」

やっぱり陽平のことは覚えていたようだ。

「新しい子が入ったって聞いたんですけど。おっぱいの大きな子が。」

するとボーイはニヤッとした顔で答えた。

「寧々さんのことですね。週に二、三日しか入ってない子なんですが、今日はいますよ。どうされます?」

「じゃあ、その子でお願いします。」

「はい。わかりました。」

ボーイがナンバーを書き入れた手元のメモは指名受付に回され、陽平はそのままフロアに案内されていく。


やはり見覚えのある光景だった。薄暗い店内はミラーボールがくるくる回っている。やがて指定された二人がけのシートで待っていると、髪を白金色に染めた女の子がやってきた。

「こんばんわ。初めまして寧々です。よろしくね。」

陽平は一瞬言葉に詰まった。想像していた感じの女の子とはかなり違った雰囲気だったからである。それでも戸惑いながら言葉をひねり出す。

「こんばんは。初めまして。久しぶりやねんこの店。」

しかしながら、これだけを言ったまま言葉に詰まってしまった。

そして寧々の顔をじっと見つめていると、

「どうしたん?そんなに見つめられたら恥ずかしいやん。」

「いや、ゴメン。想像してた雰囲気と違うてたから。」

「思てたよりブスやったから?」

「ちゃうちゃう。十分に可愛いやん。キラキラに髪の毛染めてる子って初めてやったから、ちょっとビックリしただけやで。」

「普通やで。その辺にいる女の子やで。今日は指名してくれてありがとう。」

陽平はもっとキラキラした雰囲気の女の子を想像していた。それに反して綺麗過ぎず、可愛い過ぎず、化粧も薄く、紅も付けてはいなかった。髪は染めていたが、今どきの女の子なら普通だろう。ショートにカットされたヘアスタイルが良く似合っており、まるで以前から知り合いだったような雰囲気の馴染みやすい感じだっただけに驚いたのだった。

もちろん、そんな雰囲気を醸し出す女の子は陽平のタイプだった。今までも見るからにキラキラしている女の子はどちらかと言えば敬遠しがちであった。それよりも寧々と同じように普通の感じがする女の子がいつもの恋の対象だった。

なんだか陽平の頭の中では、ある種のデジャビュが投影されているかのような景色に陥っていた。

陽平は、彼女たちが初見の際に必ずと言っていいほど名刺を渡すことになっている事を思い出したので、寧々にも名刺をねだってみた。

「名刺ってもらえるん?」

「うん。もらってくれる?」

寧々は手持ちのバッグからお店専用の名刺を取り出して、両手でつまんでみせる。

「よろしくね。」

渡された名刺には、名前のほかに小さなハートマークが記されていた。

「ウソ吐いても仕方ないから正直に告白すると、ボクは先月まではリエちゃんのお客さんやってん。でも卒業してもてからずっと寂しい思いをしてたんやけど、ボクのお友達がな、おっぱいの大きな女の子が入ったって教えてくれたから、どんな子やろうと思って見に来てん。」

「えへ、それでどう?お気に召しましたか?」

「うん。思っていた以上に素敵な子に会えた感じ。せやから忘れさせてくれる?前の彼女のこと。」

「うふふ。」

そう言って寧々は陽平の首に腕を回して、爽やかな芳香を振りまいていく。陽平は少しずつその匂いに酔わされていく自分に満足していた。

男なんて所詮は若くて可愛い子なら誰にでも惹かれる生き物である。優先順位はあったとしても、いずれは「据え膳食わぬはなんとやら」と言って、ほとんどの輩たちがいけない道へと進んで行くのだ。

今の陽平もまるでその通りであった。目の前に現れた、可愛い妖精の虜になる寸前の生贄のようなものだ。生贄には生贄の儀式がある。特に陽平のようなおっぱい星人には欠かせない儀式が。

「寧々ちゃん。ボクはおっぱい星人やねん。キミの綺麗なおっぱいを見せてもらってもエエかな。」

「うふふ。エエよ。」

その返事を聞いた陽平は満面の笑みを浮かべて指でビキニをそっとつまみ上げる。すると、滑らかな肌を伝う延長線上にゆっくりと現れる大きな、そして形のよい丘陵。頂点に小ぶりの石碑を頂いている。

すると陽平は続いて甘えるように懇願する。

「ねえ、触ってもいい?」

寧々は返事をせずにニッコリと微笑んで、陽平の手を自らのビキニの中へと招待する。寧々の丘陵はリエのそれと比べるとやや小ぶりだが、曲線のゲレンデは滑るようなラインを描いていた。それは陽平が惚れ惚れする美しさだった。

さらに陽平は寧々の美しい丘陵を手の中でやわらかく感じながら、そっと寧々の体を抱き寄せ、そして腰のくびれに驚くのである。

「寧々ちゃんの腰って細いな。ギュってしたら壊れそうやね。」

「そんなことないで。そろそろ大きくなってきて大変やで。」

「でも、こんな大きなおっぱいで、こんなに腰が細い女の子なんか初めてやで。」

「高校時代は新体操やっててん。」

「ほう、それは凄いな。そこで鍛えられた体やねんな。」

「うふふ。ありがと。」

寧々は素直に喜んだ。

さらに陽平は寧々の腰を自分の体の方へ引き寄せると、

「エエ匂いがする。」

陽平はその匂いを堪能するかのようにずっと寧々を抱きしめていた。丘陵を鷲掴みにしていた手は、じっと動かないまま汗ばんでいた。

やがて寧々は陽平の膝の上に乗ってくる。彼女にしてみれば初見の客を馴染みの客とするための作戦なのだろうが、陽平は見事に嵌っていくのである。それを証拠に、陽平は目の前に現れた二つの丘陵の間にできる谷間を発見してしまう。

「ここに埋まってもいい?」

もちろん、甘えるような目線を贈りながら尋ねるのだ。

またしても寧々は無言のままニッコリと微笑んで、陽平の顔を自らの谷間へと誘う。寧々の大きな丘陵は、その大きさに見合うだけの谷間を用意できていた。陽平はその谷間深くに顔を埋めて大きく深呼吸をした。

「ああ、とってもエエ匂いや。キミはとっても素敵な匂いがする。それに肌はすごい弾力がある。いったい年はいくつなん?」

「二十一やで。」

「エエなあ。その若さに嫉妬するわ。でも大丈夫?ここの店っておじさんばっかりやろ。結構、強引なお客さんが多いって聞いたことあるけど。」

「大丈夫やで。それにイヤな事はイヤってハッキリいえるタイプやから。」

「ボクは今のところ大丈夫?」

「何が?全然大丈夫やで。それに、お兄さん可愛いし。今までもみんなに可愛いって言われてたやろ?」

確かに陽平には覚えがあった。見た目が幼いせいだろうか、今までのオキニの嬢にもヘルプのおねいさんからも何度か言われたことがあった。

「そんなこと無いけどな。」

それでも自分からハイそうですと認めるのも恥ずかしい気もするので、やや否定気味の答えを返していた。

「うふふ。お兄さん可愛いからこうしてあげる。」

そういうと寧々は陽平の顔を自らの胸に押し付けるように抱きしめた。同時に陽平の鼻腔に広がる甘い香り。思わず寧々に抱きつくように腕を腰に巻きつけていた。

互いに巻きつけていた腕が緩んだ時、寧々は陽平の膝の上から見下ろすようにして顔を覗きこむ。そして同時に唇を重ねてきた。

これが二人にとって記念すべき初めての口づけであった。店の中ではあるけれど。

陽平は寧々の唇に翻弄されていた。積極的にではあるが、深くには踏み込んで来ない動きと、柔らかい息遣いが忘れていた恋心の扉を叩いているかのようだった。

「ほら、やっぱりな。」

寧々は陽平の体を少し離して、確信したかのように呟いた。

「どうしたん?」

「お兄さん、無茶をしいひん人やって事。思ったとおりやわ。優しいな。」

「ボクは女性にはいっつも優しいで。」

「女たらしやねんな。」

「違うねん。自分に自信が無いだけやねん。嫌われんように気を使っているだけやし。」

「でも普通の人はみんな自分のことばっかしやのに、お兄さん偉いな。」

「自分に自身のある人はそれでエエねん。そうなりたいんやけど全然やねん。」

「エエやん。女の子からしたら、そういうお客さんの方がモテるかも。」

「ほんなら、お言葉に甘えて。」

女の子に優しいのと元来エッチなのは別物とみえる。陽平はもう一度寧々の胸の谷間に顔を埋めて大きく息を吸い込んだ。

すると場内から二人を引き離すコールが聞こえてきた。

――寧々さん、八番テーブルへハロータイム――

「呼ばれちゃった。ちょっと行って来るね。」

そう言い残して陽平の膝の上から薄暗い闇の空間へと消えていく。

続いて聞こえるコールは、

――カレンさん、二番テーブルへラッキータイム――

因みに場内コールの「ハロータイム」はフリー客への顔見せのこと、「ラッキータイム」は指名客が他のシートに呼ばれたときに、別の嬢がその穴埋めをしに行くことである。

カレンという嬢は以前から足しげく通っていた陽平にとっては、割と顔馴染みで気さくに話せる嬢の一人であった。

「久しぶりやん。」

そう言ってそっと陽平の隣に座り、

「今度は寧々ちゃんやねんな。何となくあんたの好みがわかる気がするわ。」

「ボクも友だちからの噂を聞いてやってきたんですが、思った以上にボクの好みの女の子やったからビックリさせられました。」

「リエちゃんとは少し雰囲気は違うけど。まあエエか、また彼女めがけて通ってあげてな。店としては一人でも多くのお客さんが来てくれた方が賑やかでエエわ。」

「約束はしませんよ。彼女がボクを気に入ってくれんと、ボクも通えませんから。」

「あんたやったら大丈夫やわ。あんたのこと悪くいう子なんか一人もおらんから。」

「そんなに持ち上げても何も出ませんよ。自分の評価ぐらいわかってますから。」

「もうちょっと自信持ちや。あんたみたいに大人しい・・・、いやいや優しいお客さんやったらみんな大歓迎やで。」

「せいぜい優しくして、気に入ってもらえるようになりますわ。」

そんな会話をしているうちに場内コールが聞こえてくる。

――寧々さん二番テーブルへバック――

寧々が陽平のシートに戻ってくるというコールである。

「しっかり楽しんで帰りや。」

「ありがとうございます。」

他愛の無い会話だったかもしれないが、カレン嬢の優しさが感じられる会話だった。


「ただいまあ。」

笑顔で陽平の隣に戻ってくる。

「ヘルプやったから短かったでしょ。」

そう言って戻ってくるなり、陽平の膝の上に乗ろうとする。陽平はその動きを遮って隣に座らせた。

「隣に座って。そして背中をボクの方に預けて。」

「ん?どうするん?」

陽平は右に座っていた寧々の背中を自らの左の膝にもたれさせ、やや仰向けになるような体勢をとらせた。自然と寧々の顔が陽平の真下に来る。

「キミの可愛い顔が正面で見られるやん。ボクの腕の中にキミがいる。エエ感じでしょ?」

「でもなんかずっと見つめられて恥ずかしいやん。」

「ボクは恥ずかしくないで。キスしてもいい?」

「うふふ。」

寧々は返事をせずに、陽平の首に腕を巻いて自分の方へと引き寄せた。

柔らかな唇は、間違いなく陽平の心を虜にしていった。陽平も自らが新しい恋に目覚めようとしている自分に気付き始めていた。

すると遠く彼方から聞こえてくる場内コールが耳に入る。

――二番テーブルアタックタイム――

どういう意味を持つコールなのか、すでに陽平は知っていた。

「アタックタイムって言うてるけど?」

「もう少し居てくれるん?」

「アタックしてくれたらね。」

「まだこの店に入って二週間ぐらいやねん、私。お客さんもそんなについてないし、どうやってアタックしたらエエのかわからへん。」

「ほんならボクを練習台にすればエエねん。相手の目を見て、可愛いくね、『お願い』って言うたらエエだけなんやで。やってみ。」

「ええ、そんなぶりっ子みたいなんできひん。」

「何事も練習やし。」

するとややモジモジしながらも、陽平の目を見つめて、恥じらいながらも『お願い』っていう言葉を搾り出した。陽平は照れる寧々の体を抱きしめて、「できるやん。」そう言って寧々の体を起こした。

もし頃合のいい子だったら、元々2セットぐらいは遊んで変えるつもりだったので、快く延長を申し出た。

「ありがとう。」

素直に礼を言う寧々が可愛く見えた。

「さあ、申し訳ないけど、エッチなオッさんの相手しなあかんようになったで。」

「うふふ。全然平気やで。それに全然オッさんちゃうやん。」

陽平はごく普通の、その辺に当たり前にいるような雰囲気の寧々に、かなりの好感度を持っていた。今までに、この店でお気に入りとして恋に落ちた女の子たちも似たような雰囲気の女の子がほとんどだった。またぞろいけない恋に落ちそうな自分が何となく見え始めていたかもしれない。

それにしても美しいラインの丘陵である。

おっぱいが大好きな陽平にとっては堪らない。

「もう一回寧々ちゃんの綺麗なおっぱいをちゃんと見せてもらってもいい?」

「見るだけでエエの?」

「まずは見たい。綺麗やもん。めっちゃ綺麗やで。」

「エエよ。褒めてくれるんやったら、いくらでも見せたげる。」

陽平はスケスケのシャツの中にあるわずかながらのビキニをそっとめくってみた。そこに現れるのは眩いばかりの見事な丘陵だった。

それを手でそっとすくう様に持ち上げる。

「やっぱり見るだけやないのね。」

「えっ?アカンかった?触ってもいい?」

「順番が逆やん。でもエエよ。」

陽平は愛でるように優しく丘陵の重さを感じ取っていた。猛々しく揉みしごいたりはしない。それが丘陵にとって良くないことだと聞いたことがあるから。

「お客さんでおっぱい揉みくちゃにする人おる?そんな人がおったら注意しなアカンで。このおっぱいを支えている筋肉が伸びてしまうと、垂れてしまうらしいから。」

それを聞いた寧々は驚いた。

「なんでそれを知ってるん?ウチもそのことは知ってたから、乱暴に扱うお客さんにはいっつも注意してるで。」

「知ってるんやったら問題ないかな。いつまでも綺麗なおっぱいでいて欲しいと思うから。」

「そやから、ソフトに触ってくれるんやね。」

「でもちょっとだけエッチな触り方もさしてね。」

そう言うと下から持ち上げるように、ゆっくりと丘陵全体を押し包むように躍らせ始めた。

もちろん、陽平の鼻腔は寧々の胸元から首筋へと徐々に登っていく。反対の腕は寧々の腰に回り、そっと自分の体に引き寄せていた。

「キスしてもらえる?」

陽平のリクエストに、寧々は黙って応える。

少し開いた唇から、彼女の祠の奥から女神が現れて、陽平に挨拶を施してくれる。同時に心地よい吐息が感じられ、甘い甘美な世界へと誘われるのだ。

今宵の陽平の遊びは、この繰り返しだけでよかった。

秀哉から聞いていた噂の女の子の様子を伺いに来るだけが目的だったのに、すでに溺れ始めている自分がいる。そんな自分になんだか、妙に満足していた。

やがて今宵の蜜月の時間が終了するアナウンスが流れる。

「今日はありがとう。また来てくれる?」

「うん。きっとくると思う。ボクの顔を覚えといてね。名前は陽平って言うねん。きっと来るから、名前も覚えといてね。」

今宵の最後の挨拶は、香しい芳香が充満したネットリとした口づけであった。妙に心が躍っている自分に翻弄されながら寧々に見送られる。

「またね。きっと来てね。」

笑顔で見送る寧々がとても可愛い。そんな寧々と会った初めての夜だった。



陽平はその後、自宅のアパートに戻り、今宵の出来事を回想していた。

秀哉から聞いていた噂は本当だった。大きさといい美しさといい、陽平好みのおっぱいだった。しかも彼女の匂いや雰囲気までもが、それまで陽平が溺れてきた女の子と同じような感じだった。

部屋に備え付けてあるコタツにスイッチを入れると、同時にパソコンにも電源を入れる。以前にも見ていた店のホームページを覗いてみたくなったからである。リエに振られて以来、しばらくの間は頑なに拒んできたページでもある。

画面には久しぶりに見るページが開かれる。特に変わった雰囲気も無く、以前のように慣れた手つきでお目当てのページを探る。

まずは女の子たちのブログのページ。そこには女の子たちが様々な想いで客の意を引くような内容が綴られていた。出勤情報、近況報告、現在の心境や体調の事まで触れている内容が見受けられた。

さて、寧々の記事はどうだろう。

どうやら順調に近況報告ができているようだ。これは頼もしい。

続いて彼女のプロフィールのページを開いてみる。そこには身長やスリーサイズなどが記載されており、誕生日まではなかったが血液型や星座などの情報はあった。

そこで知り得た最も有効な情報は星座であった。彼女の星座は「おひつじ座」だったのだ。

「二十一って言うてたけど、誕生日は最近やな。よし、もう過ぎてるんか、まだなんかわからんけど、これは一つお祝いしてあげよ。」

陽平にとっては、またと無い情報を得た気分だった。次の訪問時を来週の水曜日あたりと決めていた陽平は、寧々の出勤予定情報を調べた。それによると次の水曜日にはオープンから出勤しているようだった。

「よし、それまでにプレゼントを考えておくか。せやけど、まだ二回目やしな。そんな高価なもん贈ったって可笑しいよな。」

などと考えをめぐらせるのも彼の楽しみの一つである。

この頃はすでにリエに振られたことは過去の遺物になっていた。そういう意味では、やはり秀哉の言うとおり、店に訪問したことはプラスに働いていると言えるのかもしれない。



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