第2話 「匂い」

 


 僕は今、家にいて、窓の外で揺らめいている春の匂いを感じていた。


 小鳥のさえずりが聞こえる。花壇に咲いている花たちの匂いがする。暖かく、やさしい春風が吹いている。


 その風は、目の前のカーテンをふわりと揺らす……これがマリちゃんだったらなあ。とか妄想してみる。思えばけっこう長い間、交際は続いている。


 僕は洗濯物を取り込みながら、幼い日のことを思い出していた。春の匂いと柔軟剤とが交じり合った洗濯物を畳みながら、しばらく、思い出に浸る。



 あの日も、確か、こんな陽気だった、と思う。プロポーズのようなことをされて、心が躍って、舞い上がって、幸せをかみしめた、と思った矢先の、あの喰人祭。少し笑える。


 まだ幼い……まだあどけない少年と少女に、あの光景は、キツいんじゃ、と我ながら思う。


 まあ、そのおかげで一生心に残る思いでとなったし、僕は、喰人祭マニアとしてクラスでも名を馳せている。


そう、僕は筋金入りの喰人祭マニアだった。


「シロウくん、今までで見た喰人祭の中で、一番グロかったのは?」

 とか、よくクラスメイトに聞かれる。その度、僕はこう答えるのだ。


「一番、印象に残ったのは、やっぱり最初に見た時だよね。あの時は、七歳、かな。それくらいだったし、不意打ちで、見ちゃって、彼女と一緒に血を浴びたよ」


 こういうと、みんなはウンウンと首を縦に振る。

「でも、客観的なグロさで言えば、今年だよ。五つ子殺しのヤスミン事件」


 この言葉を聞くとクラスメイト達は「うわぁー。やっぱりか、噂には聞くけど、やっぱりそんなに凄かったの?」


 と、若干、興味深げになる。だから僕は話を始める。



「夜だったからねぇ。喰人祭が始まるまでは、僕はライトアップされた夜桜を見ていたよ。その日は満開で、夜風にさらされた花たちが、ぱぁーっと散るんだ。

 

 きれいだなあ、と見ていたら、やって来たよ。今回のメインヒロイン、ヤスミン。被祭礼人物はみんな巨大になるけれど、彼女の場合は、より巨大だったね。そもそも外国人だったし、お腹に五つ子がいたんじゃ、そりゃみんな、えっ、っていう表情をするさ。僕も意外に思った。


 冷汗が出てきたよ。あと、祭礼人物は、男性だった。ヤスミンに比べれば細身だったかな、ためらいもせずに祭礼は始まったよ。男性の方が、最初に彼女の腹を食い破ると、肝臓? らしき黒い塊がぼとり、地上に落ちて、桜の木の枝にグシャッ! って突き刺さって、血しぶきが上がった。


 そのときに、だいぶ見物者は減ったね。あんまりグロかったから。でも、僕は目を凝らしてみていたよ。

 

 一枚一枚に血飛沫をまとった桜の花が、大量に舞い散って、それを多くのライトが下から鮮やかに映し出したんだ。彼女の股の間からは、血じゃなくて、黄色いドロドロした液体と一緒に、赤ちゃんの眼球が見えたんだ。


 最初の一人目だった。彼女は絶叫した。でも、徐々に腹が裂けていって小腸と一緒に、やけに目玉のでかい赤ちゃんが落ちたんだ。

 

 もちろん、その赤ちゃんは桜の木の枝に突き刺さって、パーンっていう弾ける音と共に、眼球や、舌や、動き続けている心臓が、辺りに飛び散ったんだ。


 その衝撃でね、桜の花がまた、華憐に舞ったよ。華やかな喧噪の中だったなあ、僕はね、その時にね、天空からヤスミンの子供たちの声を聞いたんだよ。


お母さん、どうして私を生んだの? こんなにも生きることが苦しいのに、

なんで生んだの? どうして苦しめるの? 

生まなきゃよかった、って何度言えば気が済むの?

 

 たぶん、この言葉は、後に子供たちが母親のヤスミンに向かって叫んだ言葉だったんだろうと思うよ。メンヘラちゃんってヤツさ。


 きっと。移転装置のおかげで、この言葉が聞けたんだ。

 その考えには、僕も賛成だよ。


 そうそう。彼女はね、喰人祭の最中に、子供を五人もこうして生み落として、その全てが亡くなったんだよ。


 どれも残酷極まりなかったけど、その中で一層輝き続ける夜桜も、引けを取らないくらい奇麗だったことを覚えているな。


 辺り一面、汚物だらけになっていたけど。あとね、例の桜の木にはまだ張り付いた眼球が取れていないらしい。行ってみると見られるかも」




 話し終えると、皆は、ギャーギャー怖がっていた。お前、そんなものよく見られるよな。と。


 脚色は全くしていないし、むしろオブラートに包んだと思ったが。

 僕はニヤニヤしながら、洗濯物を畳み終わる。こうして回想から現実に戻る。


 そうして机に向かって、喰人祭関係の本を開き、しばらく読みふけった。


 当たり障りのないコラムのようなことしか書かれていなかったので、僕はその本を閉じた。ノートを取り出して、自分が書いたメモを見る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る