第1話 「成長」




「……喰人祭だ、喰人祭が始まっちゃったんだ」

 少年は言った。


 次に、もう一人の女性が現れた。同じく服を着ていなかったし、同じく巨大だった。


「ねえ、逃げよう、始まっちゃうよ。祭礼が、もう始まっちゃう!」

「うん」


 けれども少年と少女は動けなかった。

 あまりに凄まじい光景を目にして、精神的に取り乱して、身を寄せ合ったまま硬直してしまったのである。



 この鮮烈なグロテスクから、二人は目を離すことはできなかった。


 視線が固まり、巨大なスクリーンの映像を見ているような感覚だけが、まだ幼い意識の中に強烈に張り付いていた。


「だめだ、もう祭礼が始まる!」

 上空から喘ぐような悲鳴が聞こえた。


 一方の女性が、もう一方の女性の首筋に噛みついたので、先ほどとはくらべものにならない量の血液が降り注いで、地面を跳ね返って、彼らを濡らした。



 鮮血を受けてなお、彼らの足は動かなかった。


 視線が固定されて、上空で食い合いを始める二つの巨大な裸体が破れ、千切れ、醜く変り果てる様をただ目撃していた。



 白く滑らかで、艶やかな腹がパックリとはり裂けて、そこから大腸や小腸と思われる臓器が、血と一緒に彼らに降り注いだ。



「……おい、そこ、何をしている! 子供が見るものではない!」

 突然、怒鳴り声が響いた。上品なスーツを着こなし、たくましい髭を生やした中年男性が、彼らに向かって、近づき、両手で二人の襟首を掴んで、引きずるように場所を移動させた。



 その最中、彼らは意識を失った。


 しかし気は失っていたものの、二人は無事に両親の元へ返された。

 それから数日して、彼らの両親の元には、奇抜なポスターが届いた。


『いざ生命を紡ごう! 究極のマッチング制度…………喰人祭』


 思い返せば、あの頃からだった。僕が『喰人祭』について興味を持ち始めたのは。


 あの時、僕はマリちゃんと公園で一緒に遊んでいて、ふと気が付いたら、もう喰人祭が始まってしまっていたのである。普通なら、

「今日は喰人祭があるから、外へは出ちゃダメよ!」と、母親から散々注意を受けるのだ。


 しかしあの時は、僕らの親が仕事で忙しくて、家を留守にしていた。そのおかげで僕とマリちゃんは家を抜け出し、公園であどけない愛を語りあっていたのだ。



 喰人祭の見物には年齢制限がある。確か十七歳未満は、見物を控えるようにと学校でも教わる。だが、やんちゃな生徒は高校に上がるとすぐに喰人祭を見ようと試みる。


 また、それは僕も同じで、あの頃からたびたび、僕は家を抜け出して、マリちゃんを誘い出して、隠れて喰人祭を見物するなんていうこともあった。


 彼女は、

「うわぁー。やっぱりすごいねぇ」

 と言うのだが、何となく、このグロテスクな祭礼を楽しんでいるようにも見えた。


 それは僕も同じだった。確かにえげつないかもしれないが、これを見るのは楽しかった。



「でも、やっぱり最初に見た日が、一番、印象が強いな」

 僕がマリちゃんにそう言うと、

「そりゃ、だって、血が私たちに掛かるほど近くで見ていたんだし、だいいち、まだ子供だったから」

 と、彼女は「うふふ」と笑いながら言うのである。


 喰人祭が行われるのは、不定期で、年に一度、あるかないか、といった具合だが、季節はかならず、桜の時期だと決まっていた。



 今年もちょうど先日、喰人祭が終わったばかりだった。


 もうすぐ桜が散る。そうしたら寂しくなるなあ、と思う。僕らは、晴れて十七歳になっていたから、堂々と喰人祭を見に行くことができた。


 それに、やろうと思えば参加することだってできる。今年の喰人祭はより凄惨だった。過去に類を見ないくらいの惨劇だった。


 だから来年も、もし喰人祭があったら、一緒に見に行こうね、と彼女と約束していた。

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