未来が明るいと思えるのは

秋月蓮華

未来が明るいと思えるのは

【未来が明るいと思えるのは】


平凡な高校生だった僕は交通事故に遭って死んだと思ったら草原に寝転がっていて、女性に発見された。

見上げれば晴れた青空には三つの月、多すぎるだろうとなって、女性は女性でファンタジーに出てくるような軽めの鎧を着けていた。

何て言うお約束な異世界転生か異世界トリップか、前者だったら僕は赤ん坊の頃とか、別のキャラクターでリスタートを

きっているから違うし、後者だとしたら死んだ僕の肉体は元の世界にあるのでつまり、ここに居る僕は

別人と言うことになるかも知れないし、事故って死んだ僕のコピーされた人格が今の僕と言うことであって、


「何を考えてるのかな。君は」


「現実を見据えていただけです。月が三つあったので」


「そりゃ、三つだよ。変わっているね。君」


この人にとって月が三つあるのは当たり前のことではある。僕にとっては当たり前では無いけれども。

怪訝そうに見ている彼女は良い人のようだ。ここでいう良い人は話しかけられたら、いきなり切り刻まれるとかはないということである。

大事な情報源だ。情報を得るためにはどうするべきか、僕は考える。


「実は記憶喪失で……」


「は?」


「ロストメモリーというか」


「馬鹿……?」


目を細めて馬鹿と言われた。もう少し表現を変えてみるべきだっただろうか。




この世界は剣と魔法のファンタジーワールドだった。彼女と話していたら、黒いドラゴンが空を支配するように、飛んでいて、

彼女が、アイツが来たか……とか、ぼやいていた。僕が生きていた現代社会にドラゴンなんて居ないし、居たら居たで楽しかったかも知れないけれど、

絵でしか見たことはない。ちなみにドラゴンはただ散歩をしていただけだった。ドラゴンライダーが上に乗っていたのだ。バイク乗りならぬ、ドラゴン乗りだ。


「変な奴を拾ったな」


「計算とかは得意だし、ギルド長とは言え、そう言うのしたくはなくて」


ギルド長である彼女は僕の側でドラゴンライダーの青年と話している。二人は友人通しだった。ドラゴンからドラゴンライダーさんが降りてきて、

会話を始めたのでそれを押し切るようにここで働かせてください! と何処の映画の子のように言ってみたのだ。いきなりここにいて行く宛てが無いとか、

分からないとか正直に答えたら、ギルド長はため息をつきながらも、僕の話を聞いてくれた。

この世界に来てしまった僕であるが、衣食住は何とかなっている。ギルドの二階に住み込みで、働いている。やっていることは事務作業だ。

帳簿付けとかである。

僕と最初に出会ったこの人はギルド長であった。この世界には教えを広めつつ、冒険者を管理している神殿があって、

神殿が認めた冒険者の集まりがギルドである。冒険者についても教わったが、典型的なファンタジー系の職業の集まりというか、剣士やら魔術師やら

僧侶やらシーフやらのことである。


「今度はコイツの職業を決めるのか」


「そうなんだけどね。前に神殿で適性を見て貰ったら、魔術寄りで」


「魔術も種類が豊富すぎて、神聖魔術を習おうとしたら神の声が聞こえなくて……鈍器が憧れだったのに」


「回復魔術じゃ無くて、鈍器なのか」


「絵画魔術か召喚魔術が楽しそうで」


神聖魔術については神の声が聞こえないと使えない。この世界の宗教は多神教だがどの神の声も聞こえなかったし、邪悪な神とかはノーサンキューだ。

僕は神殿に出すための書類を仕上げる。ドラゴンライダーの青年に渡した。


「渡してくるぞ」


「行ってらっしゃい」


「書類の不備があったら教えてくださいね」


ドラゴンライダーの青年は出て行く。このギルドが使っている建物は一階がカフェになっていたが今日は休みであった。


「君はさ、人生を楽しんでいるよね」


「楽しいですよ。ギルド長は楽しくないですか?」


「そこそこかなぁ……元の世界だと大変な目にあって、君はこれからも大変な目に遭うかも知れないのに」


ギルド長には事情を話している。僕はと言うと元の世界に帰られるのかも分からない。哀しんでいないのは命はあるからだ。

元の世界でもそこそこに暮らしていて、不満は無かった。


「人生はそんなもんらしいし、へこたれるかも知れないけれど、やりたいこととか探してやってみるんで! 今は魔術かなとか」


「やる気があるね」


「高校とかぐだぐだと生活してたんだけど、一念発起って感じですね。駄目だったら次のことを探してみるし、それなりに明るい未来の

保証があるのはギルド長のお陰です。ありがとうございます」


「――君の未来は明るいか」


今の生活は安定している方だ。ギルド長は事務作業やらカフェの手伝いやらで僕を働かせてくれているし、労働だって負担がかからないように

してくれている。ブラックではない。


「チート能力とか、外れ能力だけど実はチート能力とかも持っていないし、そこまで元の世界に不満も持ってないし、知識を持ってチートとか、

しても意味ないですし、そこまで知識は無いし、とにかく魔術ですよ。魔術」


「世界水準的に元の世界の知識で、ここだと多生は楽が出来るんだけどねぇ……」


「何か?」


「君が来てくれて助かっていると言うことだよ」


魔術は使ってみたい。ファンタジーの代名詞って感じだし、剣についてはギルド長が、学ぶまでは時間がかかるよとは話していた。

実戦で鍛えていけば何とかなるそうだが僕としては魔術寄りである。

僕達が話していると羽音が聞こえた。


「餌をくれって騒いでますね。ドラゴンライダーさんのドラゴン」


「アイツが神殿に行っているし、私達であげておこうか」


「あの人みたいにドラゴンに乗りたいです」


「まずは馬からだよ? 乗る方法を覚えておけば役に立つ」


ドラゴンが餌を欲しがっている。きちんとあげておかないとお腹が空いて騒ぐのだ。ドラゴンライダーさんだって今の腕前になるまでは

かなり大変だったらしいし、ギルド長の剣の腕前だってそうだ。


「何だかんだで大変なことがあっても、楽しいです。文字通り、世界が変わったせいですかね」


先のことは分からないけれど、楽しいのだ。ギルド長は目を細めて、微笑んだ。


「君が素敵だから、この世界の全てが楽しいのだろう」



【Fin】

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