025「開拓者」
「……え?」
扉の向こうから現れた
「……制服?」
「うん。似合う?」
「あれ、スラックス?」
「そ、男子用のヤツ」
……そう言えば、もう男子用の制服持ってるって言ってたな。
「スカート履くには、ちょっと筋肉付きすぎちゃったからね。ピッタリめのスラックスで脚長く見せる方針で行くことにしたの。結構いいでしょ」
身長こそ男性としてはやや低めの165センチの
「シュン君がいつも着ているのと同じとは思えないね。まさに月とスッポンだ」
「おいおい、そんなに褒めてくれるなよ? 僕にはスッポンほどの生命力はない」
「……赤坂君、それでいいの?」
いいんだ。まともに受け取ってもササキが調子に乗るだけだし。
閑話休題。
改めて
白いブラウスに可愛らしいリボンタイ(男子用は普通のネクタイだ)、大きめのボタンが付いた紺色のブレザー。細めのスラックスに黒のローファー。耳にはピアスが光っているが、メイクはほとんどしておらず、髪型は金髪をポニーテールにしている。
女性的なかわいらしさと、男性的なカッコよさが絶妙なバランスで組み合わさっている。チグハグな印象は全くない。
ただ……。
「どう、似合うかな?」
「そりゃ、もう……」
似合っている、と言おうとしたが、上手く言葉にならなかった。
間違いなく似合ってはいる。しかし、その魅力を表現する言葉が見つからない。その魅力を評価するための軸が、僕の中にはなかった。
おそらく、今の
男なのか。
女なのか。
男装した女性なのか。
女装した男性なのか。
人が人を見る時、無意識に書けてしまう性別のフィルターが正常に機能しない。大げさに言えば、今までの価値観が通用しない。だから、どう評価していいか分からなくなってしまうのだ。
ただ、そんな混乱の中であってさえも、
もうそれは、男性的とか女性的とかいう言葉を越えた「
「……どうして、制服をえらんだんだい?」
まともに返事ができない僕に代わって、ササキが問い返した。
「なんていうか……ちょっとうまく説明できないんですけど」
探り探り、というか、慎重に言葉を選びながら、
「その……自分に合った服がないって、なんかのけ者にされてるって感じがするんですよ。社会から想定されてないっていうか、認められてないっていうか……そもそもいないことにされてるっていうか……」
羽が生えた人間のための服がないように。
ヒレのある人間のための服がないように。
男でも女でもない人間のための服は、この世界にはほとんどない。
それは、そういう人間がこの世にいることを想定していないからで、そういう人間がこの世界にいることが、認められていないともいえる。それは、そういう人間を疎外する一因になっているのかもしれない。
『普通に男なのに『かわいくなりたい』とか、ワケわかんないよね~』
『なんでまだ女子の制服着てきてるんだろうね?』
『引っ込みつかなくなっちゃっただけなんじゃないの? 今更、やめられない的な?』
『あはは、それってなんかカワイソウ!』
少なくとも、あのクラスでは、僕らの学校では、
「私は『女の子』のかわいいが好きだった。それに近づこうと必死でした。……でも、本当は『私』は『私』でしかないんです」
「私は、自分の一番好きな姿でいたい。ただそれだけだって分かったんです。そしてそれは、自分自身で作るしかないっていろんな人に教わって気づきました」
いろんな人。
本多先生、ササキ、天海さんの写真集、それに、もしかしたら僕……。
いろんな人が、
「だから、この制服はその第一歩なんです。私にしかできない、私らしい姿を見つけていくための。私を輝かせるファッションを磨くための、そして何より、私の居場所をつくるための、最初の一歩なんです」
最後に、
自分の魅力を見つけたい。
自分の求める姿でいたい。
それが認められる場所を作りたい。
それが、
「……支離滅裂でごめんなさい。あの、伝わりましたか?」
「……うん。大丈夫だよ」
ササキはそう返事をした。その声色とそう言ったときのササキの顔はとても優しくて、間違いなく
僕にも、大体、
僕も、
しかし、少しだけ気になることがある。
「
「いくらササキがプロだからって、SNSに制服の着崩しをアップした程度じゃ、あんまり効果はないように思うぞ。それに、野暮なこと言うようだけど、そもそもその制服って校則違反じゃ……」
僕が疑問を口にすると、
その表情は、思わずドキッとするほど魅力的だった。
「ああ、それはね……」
僕はあっけにとられ、口が半開きのままになってしまった。
一方で、ササキはにやけ面をさらにだらしなく顔中に広げ、楽しそうに言った。
「そりゃ、腕によりをかけないとね」
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