025「開拓者」

「……え?」


 扉の向こうから現れた蓮見はすみが着ていたのは……


「……制服?」

「うん。似合う?」


 蓮見はすみが着ているのは学校指定の制服だった。似合うもなにも、見慣れたいつもの恰好だけど……。


「あれ、スラックス?」

「そ、男子用のヤツ」


 蓮見はすみは自分の履いているスラックスをちょっとつまみながら言った。それは僕がいつも学校に着ていくものと同じものだった。くっきりとついた折り目から、まだ新品なのが分かる。


 ……そう言えば、もう男子用の制服持ってるって言ってたな。


「スカート履くには、ちょっと筋肉付きすぎちゃったからね。ピッタリめのスラックスで脚長く見せる方針で行くことにしたの。結構いいでしょ」


 身長こそ男性としてはやや低めの165センチの蓮見はすみだが、脚の長さの比率はモデル顔負けだ。スマートなシルエットのスラックスはそんな蓮見はすみの細くて長い脚を強調している。


 蓮見はすみの姿を見ながら、ササキはいつものにやけ面を浮かべて言った。


「シュン君がいつも着ているのと同じとは思えないね。まさに月とスッポンだ」

「おいおい、そんなに褒めてくれるなよ? 僕にはスッポンほどの生命力はない」

「……赤坂君、それでいいの?」


 蓮見はすみは哀れむような視線を僕に向けた。

 いいんだ。まともに受け取ってもササキが調子に乗るだけだし。



 閑話休題。



 改めて蓮見はすみの制服をよく見ると、どうやら違うのはスカートとスラックスだけではない。蓮見はすみは男女の制服を組み合わせているようだ。


 白いブラウスに可愛らしいリボンタイ(男子用は普通のネクタイだ)、大きめのボタンが付いた紺色のブレザー。細めのスラックスに黒のローファー。耳にはピアスが光っているが、メイクはほとんどしておらず、髪型は金髪をポニーテールにしている。


 女性的なかわいらしさと、男性的なカッコよさが絶妙なバランスで組み合わさっている。チグハグな印象は全くない。


 ただ……。


「どう、似合うかな?」


 蓮見はすみは再度、僕に問いかけた。


「そりゃ、もう……」


 似合っている、と言おうとしたが、上手く言葉にならなかった。


 間違いなく似合ってはいる。しかし、その魅力を表現する言葉が見つからない。その魅力を評価するための軸が、僕の中にはなかった。


 おそらく、今の蓮見はすみの姿を見たら、誰だって僕と同じように混乱するだろう。


 男なのか。

 女なのか。

 男装した女性なのか。

 女装した男性なのか。


 人が人を見る時、無意識に書けてしまう性別のフィルターが正常に機能しない。大げさに言えば、今までの価値観が通用しない。だから、どう評価していいか分からなくなってしまうのだ。


 ただ、そんな混乱の中であってさえも、蓮見はすみの姿は魅力的だった。


 もうそれは、男性的とか女性的とかいう言葉を越えた「蓮見はすみ飛鳥あすか」そのものの魅力と言ってしまってもいいように思えた。



「……どうして、制服をえらんだんだい?」


 まともに返事ができない僕に代わって、ササキが問い返した。


 蓮見はすみは、少しの間黙った。部屋の中はしんとなって、僕もササキも蓮見はすみが話し始めるのをじっと待った。


「なんていうか……ちょっとうまく説明できないんですけど」


 探り探り、というか、慎重に言葉を選びながら、蓮見はすみは話し始めた。


「その……自分に合った服がないって、なんかのけ者にされてるって感じがするんですよ。社会から想定されてないっていうか、認められてないっていうか……そもそもいないことにされてるっていうか……」


 蓮見はすみは、まとまらない自分の考えをどうにか言葉にしようとしている。蓮見はすみがポツリ、ポツリとこぼす声が、少しずつ蓮見はすみの考えの概形を形作っていく。



 羽が生えた人間のための服がないように。

 ヒレのある人間のための服がないように。

 男でも女でもない人間のための服は、この世界にはほとんどない。


 それは、そういう人間がこの世にいることを想定していないからで、そういう人間がこの世界にいることが、認められていないともいえる。それは、そういう人間を疎外する一因になっているのかもしれない。


『普通に男なのに『かわいくなりたい』とか、ワケわかんないよね~』

『なんでまだ女子の制服着てきてるんだろうね?』

『引っ込みつかなくなっちゃっただけなんじゃないの? 今更、やめられない的な?』

『あはは、それってなんかカワイソウ!』


 蓮見はすみのクラスメイト達の言葉を思い出す。

 少なくとも、あのクラスでは、僕らの学校では、蓮見はすみのような人間は想定されていない。蓮見はすみが「女子」でなくなれば「男子」にならなければならない。そんな雰囲気が確かにあった。


「私は『女の子』のかわいいが好きだった。それに近づこうと必死でした。……でも、本当は『私』は『私』でしかないんです」


 蓮見はすみはたどたどしく、しかし間違いなく言葉を選んでいく。


「私は、自分の一番好きな姿でいたい。ただそれだけだって分かったんです。そしてそれは、自分自身で作るしかないっていろんな人に教わって気づきました」


 いろんな人。


 本多先生、ササキ、天海さんの写真集、それに、もしかしたら僕……。

 いろんな人が、蓮見はすみに「自分にしかできないことをするべきだ」と伝えた。蓮見はすみはそれをまっすぐ受け止めたようだ。



「だから、この制服はその第一歩なんです。私にしかできない、私らしい姿を見つけていくための。私を輝かせるファッションを磨くための、そして何より、私の居場所をつくるための、最初の一歩なんです」


 最後に、蓮見はすみはそう言いった。


 

 自分の魅力を見つけたい。

 自分の求める姿でいたい。

 それが認められる場所を作りたい。


 それが、蓮見はすみの願いだった。


「……支離滅裂でごめんなさい。あの、伝わりましたか?」

「……うん。大丈夫だよ」


 ササキはそう返事をした。その声色とそう言ったときのササキの顔はとても優しくて、間違いなく蓮見はすみの意思が伝わったことを示していた。


 蓮見はすみはその声と表情に安堵したらしい。ほっと胸をなで下ろしている。


 僕にも、大体、蓮見はすみの思いは伝わった。

 僕も、蓮見はすみの思う通りにすべきだと思う。


 しかし、少しだけ気になることがある。


蓮見はすみ。お前の意思はわかった。ササキに写真を撮らせて、具体的には何をするつもりなんだ?」


 蓮見はすみの話の理念はわかったが、ササキの写真を何に使うか、その具体的な使用方法がよくわからなかった。


「いくらササキがプロだからって、SNSに制服の着崩しをアップした程度じゃ、あんまり効果はないように思うぞ。それに、野暮なこと言うようだけど、そもそもその制服って校則違反じゃ……」


 僕が疑問を口にすると、蓮見はすみはちょっとだけいたずらっぽい表情になった。

 その表情は、思わずドキッとするほど魅力的だった。


「ああ、それはね……」


 蓮見はすみはそこで、自分が描く今後の構想を喋った。


 僕はあっけにとられ、口が半開きのままになってしまった。


 一方で、ササキはにやけ面をさらにだらしなく顔中に広げ、楽しそうに言った。


「そりゃ、腕によりをかけないとね」

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