024「久々の決め台詞」
「……すごい。立派なスタジオだね!」
「……確かにすごいな」
きれいな内装に、巨大な照明器具、真っ白な背景に何に使うのかさっぱり分からない機材の数々……。
思い描く「スタジオ」のイメージそのままの光景に、僕もひそかに興奮していた。
「一応ボクもプロだからね。こういう貸スタジオみたいなものを準備するツテはあるんだよ」
機材をガチャガチャ動かしながら、ササキは軽く答えた。気取っているように見えないあたり、確かにプロっぽい。
「こんないいところ……高かったんじゃないんですか?」
やや心配そうな
「あー。ここはボクの先輩の
ササキが機械の画面から目を上げて、
「ボクの準備はできたよ。
「は、はい!」
ササキはその緊張を感じ取ったのか、少し優しい表情になった。
「この先に更衣室兼衣装室があるよ。ここは結構衣装が充実してて、普段着みたいなものから、ファッションショーに出てくるみたいなすごいデザインのもの、果てはコスプレ用衣装までなんでもあるから。どれでも君の好きなものを……」
ササキが話している途中、
「……いえ。ありがたいですが、着る服はもう決めています」
そう言いながら、
どこか自信のある声だ。先ほどの緊張を微塵も感じさせない強さがあった。
ササキは少し驚いたようだったが、すぐにいつものにやけ面になった。
「そうかい。じゃあ、着替えておいで」
「はい! 少々お待ちください!」
そう言うと、
「……今回の依頼は、全然思い通りに進まないな」
苦笑いしながら、ササキはそうつぶやいた。
「珍しいな。お前がそんなこと言うなんて」
いつものササキは、写真家なんかやめて探偵にでもなった方がいいと思えるほどに洞察力に優れ、上手に先手を打ちながら立ち回っている。しかし、今回は
「……別になんでもないよ。ちょっと懐かしくてね」
「懐かしい?」
「うん。ちょっと学生時代のことを思い出していたんだ」
「学生時代……
そうだね。とササキは目を細めた。
「あの頃、
「ふーん……」
ササキの言っていることは、あまり論理的とは言えない。非科学的な陰謀論みたいな響きがある。
それでも、ササキの言っていることが、何となく分かる気がした。
確かに
もし、彼女を中心に世界が回っているのだと言われたら、うっかり信じてしまいそうな、そんな不思議な雰囲気がある人だ。
「ちなみに、この撮影にプランとかあったのか?」
「一応ね。このスタジオ、昔はよく使わせてもらってたから、機材の使い方も衣装も大体把握してるんだ」
「そうなのか」
「うん。衣装ごとに見栄えのいい角度とか、照明の当て方とかがあるからね。この場所なら、
それなのに、
「なるほど……確かに想定外か」
「
ササキは軽々しくそう言った。まるで、そうなってしまっても仕方がない、とでも言うような。そんな口調だ。
「……それは」
あまりにも酷だ。
せっかく自分で新しい一歩を踏み出そうとした
曲がりなりにもプロであるササキに、いきなり「似合ってない」なんて言われたら、
そんなことならいっそ、おとなしくここの貸衣装に袖を通した方が安全かもしれない。ササキの技術によって一定のクオリティが担保された衣装を選ぶ方が無難かもしれない。
「……それ、
僕がそう問いかけると、ササキはふっと笑った。
「今回の場合、
「それに?」
何故かササキは誇らしげに、ありていに言えばドヤ顔で言った。
「いい写真って言うのは、いつだってボクの想像を超えてくるのさ。自分で狙って撮れるものじゃない。いい写真が撮れる時はいつだって、被写体の方がボクにシャッターを切らせるのさ」
……なんか腹立つ表情だ。
「プロっぽいこと言ってるけど……結局とられる側次第ってことか? それってなんか無責任じゃ……」
あ、しまった。完璧なフリになってしまった。
「シュン君。写真家ほど無責任な職業はないよ」
ササキはそう言い放つと、なぜか満足げな顔をこっちに向けてきた。
いや、こっち見んな。
ていうか、ニヤニヤすんな。
別にカッコよくないからな? その決め台詞。
単なる開き直りだからな?
「……お待たせしました」
僕らがそんな無駄話をしている間に、
「早かったね。さ、入っておいで」
ササキがそう言うと、扉がゆっくりと開いた。
その姿は、ササキの眼鏡にかなうのだろうか。
なにより、
妙な緊張と期待に胸が高鳴るのを感じる。
そして、扉の向こうから現れた
「……え?」
とても、意外なものだった。
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