020「予想通りの軋轢」
ササキにもう一度、
ササキからの頼まれごと果たすべく、僕は早速次の日の昼休み、
「……あれ?」
しかし、昼休み特有の教室のざわつきの中に、
机の上には何もない。トイレか何かで離席している、という様子でもない。
教室内で談笑しているグループを一通り見てまわったが、やはり
まさか、また体調を崩して学校を休んでるのか?
また無茶な食事制限とかしてるんじゃ……。
「なあ、
心配になった僕は、思わず近くにいた名も知らない女子に聞いてしまった。
僕に話しかけられた女子は、かけている黒縁眼鏡の奥で驚いたような目をした。しかしすぐに「ああ、
「……そうか。ちょっと話したいことがあるんだけど、今、
「んーごめん。わかんない。あの子、最近昼休みになると教室からいなくなるんだよね」
「教室からいなくなる?」
「そう。なんかお弁当箱っぽいの持って、フラーっと出て行っちゃうの。で、お昼休みが終わるまで帰ってこないの」
女子は眼鏡のフレームを軽く触りながら、そう答えた。口調は事務的で、聞かれたことにただ答えた、というそっけなさを感じた。まあ、知り合いでもない僕からの質問なのだから当然なのだけど。
しかし……。
そして、昼休みが終わるまで帰ってこない……。
なんだか嫌な予感がして、僕はこの子に
が、僕が質問しようとしたその時、
「リコー? 誰その人? リコの彼氏?」
眼鏡の女子と友達らしい、長い髪を二つ結びにした、これまた名も知らぬ女子が会話に乱入してきた。よほど二人は仲が良いのだろう。その子が会話に加入した途端、リコと呼ばれた眼鏡の女子も急に生き生きと話し始めた。
「えー、マキちゃん違うよ、今急に話しかけられただけ!」
「だよねー。リコってメンクイだもんねー」
「あはは、マキちゃんほどじゃないよ」
急にキャッキャウフフと話し始める二人。
傍から見ればさぞ微笑ましい光景だろう。
……ていうか、あれ、今僕ディスられた?
遠回しに「イケメンじゃない」って言われた?
あまりにも自然過ぎて切られたことに気づかなかった。
何この子。伝説の辻斬り?
戸惑う僕を無視して、二人は楽しそうに話を続けていた。
「で、リコは何聞かれたの? ナンパ?」
「ちがうよ~。何か
「えー。この人、
「しらなーい」
「でも今更、
「それなー」
流れるように進むふわふわした会話だったが、耳に引っかかる言葉があった。
今更? 趣味悪い?
「どういうことだ?」
僕がそう尋ねると、二人は一瞬顔を見合わせた後、マキと呼ばれた二つ結びの方が少しだけ気を遣った口調で言った。
「……もしかして君、本気で
「いや、そういわけじゃないけど……」
僕の返答に、マキはため息をついて諭すように続けた。
「他のクラスの子は知らないか……。そりゃ確かに前はかわいかったけどさ、最近あの子太ってきてるよ? 太るっていうか、ゴツくなってきた? なんか普通に男子の身体~って感じの」
普通の男子の身体。
その言葉を聞いて、僕は声に詰まった。
もう、客観的に見ても、
僕が何も言えないでいると、またリコとマキが
「よく知らないんだけど、あの子、無茶な痩せ方して倒れたらしくてね」
「そうそう。それで段々太り始めたっていうか。何か身の程を知った? みたいな感じ」
「マキちゃん、ちょっと言いすぎじゃない~? でもちょっと分かるかも」
「だって前からちょっと苦手だったんだもんあの子。結構偉そうにオシャレの話とか美容の話とかしてきたじゃん? 上から目線でさ~。そりゃインスタとかでは有名なのかもしれないけどさ」
「それわかる。だって結局男じゃん? 性同一性障害? だっけ。あの『身体は男だけど心が女子』みたいな病気ならまだわかるけど、そういうわけでもないんでしょ? 普通に男なのに『かわいくなりたい』とか、ワケわかんないよね~」
「なんでまだ女子の制服着てきてるんだろうね。普通に男子の女装って感じになって来てるのに」
「引っ込みつかなくなっちゃっただけなんじゃないの? 今更、やめられない的な?」
「あはは、それなんかカワイソウ!」
止まらない二人の会話に、心がざらつくのを感じる。苛立ちのような、悲しみのような、苦々しい塊が鳩尾のあたりでざわついている。
ふと、前に大槻が言っていたことを思い出した。
『オシャレの勉強とかダイエットとか、誰よりも一生懸命にやってる。その努力をみんな感じているから、あの子のことを受け入れているんだよ。あすみんの『かわいい』は生まれつきもってる『かわいい』じゃなくて、自分で必死に作り上げている『かわいい』なの』
だから、
でも、裏を返せば?
かわいくなることを諦めた、諦めざるを得なかった時、
昨日のササキの言葉が連鎖的にフラッシュバックする。
『……もしかすると、今あの子はかなり苦しい状況にいるかもしれないね。今までの自分と、これからの自分。それと周囲とのギャップに擦り切れそうになっているかもしれない』
くそったれ。
あいつの言った通りじゃないか。
こんな教室じゃ、いくら本多先生の弁当が旨くても喉を通らないだろう。
早く、
僕は、できるだけ自分の不機嫌が伝わらないように意識しながら二人の女子に会釈をした。表情が引きつっていたかもしれないから、できるだけ顔を見られないように足早に教室を出た。
そして、僕は走った。
まっすぐな廊下を、できるだけ速く。
途中でおしゃべりに興じる生徒たちをかわすたび、廊下と上履きのゴムがこすれる甲高い音が鳴った。
昼休みに誰にも見つからずに過ごすなら、結局あそこが一番だ。約一年かけてそれを証明した社長令嬢がいる(ちなみにその社長令嬢は最近大槻と一緒に教室で弁当を食べている)。
廊下の端にたどり着く。
僕は自分の勘が当たっていることを祈りながら、階段を駆け上がった。
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