021「吐露」
屋上の扉を開けると、予想通り
膝の上には本多先生が作ったと思われる弁当が置いてある。しかし、
「
「……あ、赤坂君。どうしたの? こんなところに」
僕が話しかけると、
近くで見ると
ただ、やはりもう女子として見るには隠し切れない違和感があった。
「教室にいなかったからさ、ちょっと心配して探しに来たんだ」
「……そうなんだ。よくわかったね」
「あー。ここは基本的に誰も来ないからな。身を隠したり、人には言えない話をしたりするには最適だ」
あと、ナイフとかスタンガンを使った恐喝とかな。と、言いそうになったが、話が逸れそうなのでやめた。
「そうだね。誰もいないから居心地はいいよ」
かつて、
「……体調、どうだ?」
「うん。すごいね。本多先生の言う通りにご飯食べたら、本当に夜ちゃんと眠れるようになって、授業中もあんまり眠くなくなったよ」
「そうか……」
「なんか、ちゃんと身体に力が入る感じがして、ああ、これが本来あるべき姿だったんだなって理解できてる。本多先生には感謝してもしきれないよ。大げさでもなんでもなく命の恩人だよ」
「僕も食べてるから分かるよ。最近は人生で一番健康な日々を過ごしているかもしれない」
「あはは。そうかも。ベクトルは違うけど、私達お互いにひどい食生活してたもんね」
「全くだ。今では本多先生の弁当の栄養素無しで生きていく自信がない。完全にカロリー依存症だ」
「……私が言うのもあれだけど、普通の人間はカロリーないと生きていけないよ?」
「……本当にお前が言うのもあれだな」
あはは、とまた
「ご飯も栄養も、大事だよ。身をもって実感してる」
でも、と
「でもね。このお弁当を一口食べたら、一口分今までの自分じゃなくなっていくのが分かるの」
「……」
「教室でのみんなの視線が変わっていくことが分かるの。仲が良かったはずの友達の態度が変わっていくのが分かるの。今まで積み上げてきたいろんなものが壊れていくのが分かるの」
「……そう、か」
重い言葉だった。
「やっぱり、変わるのって、怖いね。一歩ずつ、戻れなくなってるような気がするの。こんなに美味しいお弁当なのに、すごく食べるのに時間がかかるの。捨てちゃいたいって思うことも何度もあった。わざと地面に落として食べられなくしたことも何回かあった。でも、それをやっちゃうとものすごく後悔するの。私を助けようとしてくれてる人がいるのに、申し訳ないって、思ってるのに……」
声は徐々にかすれ、
僕は、黙って聞いていることしかできなかった。
「教室でお弁当を食べてるとね、笑い声が聞こえてくるような気がするの。『かわいい』を諦めていく自分を誰かが嘲っているような気がするの。今までさんざん自分の『かわいい』を拠り所にしてきたのに、結局自分からそれを捨てるんじゃないかって、ね。だから教室では食べられなくなっちゃったんだ」
リコとマキとか言うクラスメイトの言葉は、
「家に帰るとね、今まで集めたアクセサリーとか、もう着れなくなっちゃった服とか、好きだった雑誌とかがね、恨めしそうにこっちを見てくるの。もう着ないの? って。もう辞めちゃうの? って。苦しいだけなんだから、全部捨てちゃえばいいって思うのに、どうしても捨てられないの」
「……」
「制服もね、男子用をもう持ってるの。でも、どうしても着れないの。これを着て学校に行ったら、全部終わっちゃうような気がして。でも、昨日よりも今日の方が、今日より明日の方が似合わなくなるって分かっちゃうから、鏡が見れなくなっちゃった。私、今ひどい顔してるでしょ?」
「そんなことない……って言っても意味ないんだろうな」
「……そうだね。私が私に納得してないからね。新しい自分の拠り所を見つけなきゃいけないって分かってる。分かってるんだけど、怖いの。どうしようもなく怖いの。今までの『かわいい』じゃない私を、見つけなきゃいけないのに、ずっとずっと『かわいい』が捨てられないの」
「……」
「ねえ、赤坂君」
そう言って僕を見た
ササキに写真を撮れないと言われた日。クロワッサンで、倒れる直前に見せた顔と完全に同じだった。
『私……、もう、『かわいく』、なれないのかな……?』
あの時、
僕はその時、何も答えられずに目を逸らした。
逸らした瞬間、身体中から罪悪感が噴き出たのを覚えている。
あの瞬間の後ろめたさは、色褪せずに僕の記憶に刻みつけられている。
「どうやったら、新しい自分になれるかな? どうやったら、今までの『かわいい』を捨てられるかな?」
だから、今日の
僕が心から思っていることを、ちゃんと伝えようと思った。
「……いいんじゃないか。捨てなくて」
はっきりとした言葉で、目をそらさずに。
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