006「男の娘の裏側」
蓮見の撮影の予定日まで、一週間を切った。
僕はいつも通り、学校とバイト先を往復する日々を送っていた。蓮見と僕はクラスが違うため、蓮見が喫茶クロワッサンに来てからの数日間、僕らは全く接触しなかった。
バイトの最中や授業中、時折、僕は蓮見のことが頭をよぎった。
男子でありながら学年有数の美少女。
SNSでは有名インフルエンサー。
狂乱のナルシストかつ「かわいい」絶対主義者。
そして、大槻が言った「努力家」という言葉……。
キャラクターの濃い人間であることは間違いないが、決して悪い人間であるようには思えない。
だからこそ、蓮見が捨てていった菓子の袋が気になって仕方がなかった。
蓮見は問題を抱えているのではないか? 何か、口にはできない悩みが隠れているのではないか? 写真を撮って、はい終わり、でいいのだろうか……。
おせっかいであることは自覚している。単なる好奇心と言われればそれまでだ。ササキに言わせれば「本当に助けが必要だったら、向こうから言ってくる」のだろう。
しかし、僕に何かできることがあるのだとすれば、それをみすみす見逃してしまうのは心苦しかった。
「……直接、聞いてみるしかないか」
そう言うわけで、僕は、今日の昼休みに蓮見の様子を見に行くことにした。
そして昼休み。僕は蓮見のクラスの前まで来て、教室の中を覗いた。目立つ金髪をしているのですぐに蓮見を見つけることができた。自分の机の上で頬杖をついて窓の外をぼんやりと眺めている。
頬杖の角度、目線の方向、物憂げな瞳、さりげない萌え袖にいたるまで。蓮見の姿はどこをどう切り取っても完璧に「かわいい」存在であった。
その「かわいさ」は、普段、その手のことをあまり気にしない僕をして「僕なんかが話しかけてもいいのだろうか」と思わしめるだけの力があった。妙な緊張感が走る。うかつに話しかければ「でゅふ」といった世にも気色の悪い吐息が漏れることは確実に思われた。
その結果、僕は「今週末の撮影の話をするだけ、仕事の話をするだけ、別にかわいい子と喋りたいわけじゃないし下心とかあるわけないし、ほら、蓮見ってかわいいけど男だし」と謎の弁明を脳内にあふれさせることになった。
誰に対して弁明しているんだ僕は……。
ちょっと頭を振って、意を決して蓮見のクラスに入る。幸いにも教室内は昼休み特有の喧騒に包まれていて、僕が侵入しても誰も気にしなかった。
「よう、蓮見。調子はどうだ?」
「あ、赤坂君! どうしたの? 私に用事?」
僕の姿を見つけて、嬉しそうな表情をした後、コクンと小首をかしげる蓮見。かしげる首の角度まで計算されつくしているのだろうか。
なんというか、大変、あざとい。
男子はなんだかんだ言ってあざといのが大好きである。特に、美人のあざとさに対して、男子という生き物はほぼノーガードと言っても過言ではない。
先ほど僕が決死の覚悟で築き上げた謎の弁明によるバリケードは脆くも崩れ去り、喉ぼとけのあたりまで「でゅふ」という空気の塊がのぼってきたが、紳士であろうとする僕のプライドがなんとかそれを抑え込んだ。
「……いや、あれだ。撮影、今週末だろ? 準備できてるかなって」
「ああ、心配してくれたんだ。ありがと、大丈夫だよ。身体づくりは順調!」
そういって笑う蓮見の笑顔はまぶしかった。吸血鬼よろしく日陰で生きている僕のような人種を焼き尽くす陽の光……陽キャの威光が僕を襲う! 僕は思わず目をそらし、蓮見の机に視線を移した。
「……昼休みに一人でいるとは意外だな。友達と弁当食べてるかと思ったよ」
「うーん。いつもはそうなんだけど、今はダイエット中だからね。友達がご飯食べてるの見てるとお腹減っちゃうから、遠慮してもらってるんだ」
「てへへ」といった感じでちょっと舌を出す蓮見。あざとい。しかし、あまりにも自然かつ洗練された所作だったため、わざとらしさなどは感じなかった。「かわいい」仕草も技術が必要らしい。
「ダイエットか……必要そうには見えないけどな」
「えへへ、ありがと。でも、かわいい服着るためには我慢は必要なんだよね。ただでさえ女の子的には背高い方だし、肩幅とかも気になるし……」
確かに、蓮見は男子高校生としては平均より少し低いくらいの身長だが、同年代の女子と考えると高身長にあたる。骨格も枢木や大槻と比べれば、しっかりしていると言えなくもない。
蓮見は撮影に向けて食事制限を自分に強いているのかもしれない。となると……
「もしかして……クロワッサンから帰る時に菓子捨ててったのも……」
「あ……ばれちゃった、か」
僕の言葉を聞いて、蓮見はばつの悪そうな顔をした。そして、申し訳なさそうに言った。
「そう。お菓子とかって、持ってるとどうしても食べたくなっちゃうんだよね。一口食べるともっと食べたくなっちゃう。店長さんのお菓子、家まで持って帰ろうとも思ったんだけど、持ってると誘惑に勝てる気がしなかったの。だから、悪いとは思ったんだけど……」
だから、思わず捨ててしまった、ということか。
あまり褒められた行為ではないが、理由は通っていた。妙な問題を抱えているわけではないらしい。
「……そうか。今度からは正直に言ってくれよ」
「うん……。ごめん、ね……このこと店長さんとかササキさんには?」
「言ってないよ。だから気にするな」
よかった、と蓮見は胸に手をやった。心底安心した顔をしている。その様子を見て僕の方も少し気が楽になった。
「でも、あんまり食事をとらないのは身体に悪いだろ? 食べた分運動すればいいんじゃないのか?」
「それやると、筋肉ついちゃうんだよね……私、割と筋肉つきやすい身体してるみたいでさ」
「なるほどな……。じゃあ、しばらく飯食ってないのか? 腹、減らないのか?」
「あはは、赤坂君お母さんみたいだよ。大丈夫。食べないことに慣れちゃえばそんなにきつくないよ。ファスティングってやつ」
ファスティング。いわゆる断食である。食事を抜くことで消化器官を休ませたり、デトックス効果があったりする健康法として注目されていることは、僕も何となく知っている。
日々食べるものにも苦労するタイプの僕からしてみると、わざと食事をしないなどという世界は、ライトノベルよりも異世界じみて聞こえた。
「で、でも。どうしてもきついときは有るだろ?」
「うん。そういう時はね……」
そういって、蓮見はスマホを取り出して手早く操作した。
そして自分で画面を見て……。
「ああぁぁぁ……♡ 私、かわいいぃぃぃぃぃいいいいいい♡♡」
トランス状態に入った。画面の中の自分を見て、目を♡マークにしている。
「みて、みてコレ! 初めてゴスロリ着た時の写真!! もーかわいすぎ!! 天使? 天使だよね?! いや、悪魔でもいい! かわいければ!! 地獄からの使者でも全然愛せる!」
「お、おう。確かにかわ……」
僕が画面の写真にコメントをするかしないかするうちに、蓮見は写真を変えた。
僕の感想などどうでもいいらしい。
「ほらほらコレも!! 着物! 和でも洋でもどっちでも行ける!! かわいいに国境はないの!! 紛争地帯に私が現れればそのあまりのかわいさにみんなくだらない戦いをやめるはず!」
「平和の使者かよ……」
「そして、私をとりあってより激しい戦いを始めるはず!!」
「破滅の使徒かよ……」
とんだマッチポンプである。
自分の世界にメリメリと音を立ててのめり込んでトランス状態になっていく蓮見に、もはや常識は通じないようだった。言葉が通じるかどうかも怪しい。
僕は、適当に相槌をうちながら、僕も昼ご飯を食べる時間が無くなることを覚悟した。
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