005「努力家」

「え、あすみんのことが知りたいの?」


 昼休み、弁当を食べていたクラスメイト、大槻おおつきこむぎは驚いたように目を見開いた。よほど驚いたのか箸でつまんでいたブロッコリーをポロっと落とした。


「そうだ。クラス中と分け隔てなく交流できるお前なら知ってるんじゃないかと思ってな」

「……赤坂君、あすみんのこと好きなの?」


 大槻おおつきは僕をまっすぐ見たまま聞き返す。落としたブロッコリーに見向きもしない。驚きの表情を浮かべたまま、手に持った箸は空をつかんでいる。


「いや、そういうわけではないけど……」

「赤坂君知らないかもしれないから言うけど、あすみん、可愛いけど男の子だよ?」

「いや、知ってる」


 ハッと大槻おおつきは息をのんだ。持っていた箸が教室の床に落ち、からからと音を鳴らした。その驚愕きょうがくっぷりは「ガーン」という文字が背後に見えるようだ。


「それでもいいっていうの? 二人の愛は性別を超えるってこと?! きっと二人の間には様々な壁が立ちはだかることになるよ? 乗り越えていく覚悟はあるの?」


 まくしたてる大槻おおつき。どうやら彼女の恋愛脳に火をつけてしまったらしい。


「いや、聞けよ! 別にそう言うつもりで言ったわけじゃ……」

「待って!!」


 大槻おおつきは片手を突き出し、手のひらをこちらに向けた。


 みなまでいうな、とでも言いたげな、悟った表情に変わっている。四コマ漫画みたいなテンションの変わりようだ。


「……ごめんね。私が野暮やぼだったよ。そうだよね。恋にはどんな形があってもいいもんね。私がそれにとやかく言う権利はないよね。」

「だから聞けって……」

「いいよ! 私もできる限り応援するよ! どんな恋でもドンとこいだよ!!」


 ドンっと胸を叩くその姿は可愛らしかったが、大槻おおつきは何一つ僕の話を聞く気がないようだ。「どんな恋でもドンとこい」とか韻踏む余裕があるなら、少しでも僕の話に耳を傾けて欲しい。


「ちがう、大槻。どんとこい、じゃない。Don’t 恋だ」

「うわ。つまんな」


 大槻おおつきは一瞬で素面に戻った。ものすごい温度差だ。なぜか僕のハートは傷ついた。

 これが世に言うヒートショックだろうか。


 閑話休題かんわきゅうだい


「あすみんのこと、なんで知りたいの?」

「……ああ、ササキに依頼が来てな。写真を撮って欲しいんだと」

「あー。あすみん、有名人だもんね。SNSとかにアップするのかな?」


 蓮見はすみがネット上で「ASUMI」として活動していることは、女子の中では知れ渡っているらしい。大槻おおつきも「あすみん」と呼んでるのも「ASUMI」からとってるのかもしれない。


「そんなところだ。一応、他言無用な」

「了解了解……。でもさ、その依頼なら写真撮って終わりじゃない? あの子の中身まで踏み込む必要ないような気がするけど……」


 大槻おおつきの指摘はもっともだ。今回は単純に、ササキが蓮見はすみの写真を撮れば終了。撮る理由もテーマもはっきりしている。特に蓮見はすみ自身のことを知る必要はないように思われる。


 ただ……先日の「あれ」が気になる。


 雨でぬれた地面に散らばった、中身が入ったまま捨てられた菓子。


 人が気を利かせて渡したものを、帰り道にそのまま捨てていくようなこと、普通はしないはずだ。



「まあ、そうなんだけど……ちょっと気になることがあってさ……蓮見ってどんな奴なんだ?」


 菓子の一件は伏せ、ごまかしながらたずねる。大槻おおつきはそんな僕の様子をいぶかしげに見て、ちょっとわざとらしくため息をついた。


詮索屋せんさくやは嫌われるよー? 前にも言ったけどさ」

「分かってるよ……でも、人となりくらいは知っといても問題ないだろ?」

「……まあそれもそうか。そうだなー、あすみんを一言でいうなら……『努力家』、かな」

「『努力家』?」


 うん。と頷く大槻おおつき


「あすみん、女の子のグループにいる事が多いのね。男の子で、女の子グループに混ざるのって結構難しいっていうのは何となく分かる?」

「まあ、何となくはな」

「たとえ、女の子の恰好をしていたとしても、身体は男の子なわけだからさ、女子的には警戒しちゃうのね。それでもグループに入って仲良くやれてるのは、あすみんが『かわいく』なろうと、普通の女の子以上に頑張っているからだよ」


 そういえば蓮見はすみ自身もそう言っていた。女装に目覚めてからずっと、自分の「かわいい」を磨いてきた、と。


「オシャレの勉強とかダイエットとか、誰よりも一生懸命にやってる。その努力をみんな感じているから、あの子のことを受け入れているんだよ。あすみんの『かわいい』は生まれつきもってる『かわいい』じゃなくて、自分で必死に作り上げている『かわいい』なの。それであれだけのフォロワー勝ち取ってるわけだからさ。なんていうか……尊敬の的だよね。あすみんに流行とかコーディネートとか教わりに行く子も結構多いよ」

「だから『努力家』、か」

「そ。すごい子なんだよ。あすみんは!」


 なぜかえっへんと胸を張る大槻おおつき。お前が誇るのはなんか違う気がするけど……

 

 しかし、大槻おおつきの話を聞くと、そうやって形作った自分の「かわいい」を侮辱されることにいきどおりを覚えるのは当然だろう。今回の依頼の動機がよりはっきりしたように思う。



 ただ、その評価を聞くと、やはりあの捨てられた菓子を思い出してしまう。そんな「努力家」の蓮見はすみが、なぜそんなことをしたのだろうか。むしろ謎は深まってしまった。



「そうか……」

「多分、私とか、雪枝ゆきえちゃんの時みたいな込み入った背景がある依頼じゃないと思うよ」


 そう言うと、大槻おおつきは地面に落ちていたブロッコリーと箸を拾うためにかがみこんだ。


「あ、でも……」


 机の下に身体を入れたまま、大槻おおつきはつぶやくように言った。


「たまに、頑張りすぎじゃないかなって思うことはあるよ。無理してる……っていえばいいのかな」

「無理してる……?」


 僕が聞き返すと同時に、大槻おおつきは身体を起こした。片手に一口サイズのブロッコリー、もう一方の手に汚れた箸を持っている。


「ううん。何でもない!! ごめん、箸、洗ってくるね」

「……そうか。ありがとう、邪魔したな」

「いいよいいよ! あ、ブロッコリー食べる?」

「いらない! 地面に落ちたもの僕で処理しようとするな!」

「ちぇー」


 口をとがらせて、大槻おおつきはブロッコリーをひっくり返した弁当のふたの上にちょこんと乗せた。そして、箸をもって水道のところにつかつか歩いて行った。


「……女子の弁当って小さいよな。よくこれで生きていけるもんだ」


 残された僕は、大槻おおつきの弁当箱を一瞥いちべつしてそうつぶやく。


 その時、ふと疑問が浮かんだ。


 男でもあり、女でもある蓮見飛鳥はすみあすかはどんな弁当を食べているのだろうか、と。

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