009「ガラパゴス・クラスメイト」
ササキは、僕の写真に酷評を加えた後に大槻が書いたレポートをペラペラと斜め読みした。
「どうだ。ここなら心霊写真撮れるか?」
僕の問いかけに、ササキはため息で答えた。
「そんなのはシュン君だって分かってるでしょ。これは無理」
まあ、そんな気はしていた。
「一応、理由を聞いていいか? 大槻に報告しないといけないんだ」
「めんどくさいなぁ……。シュン君はどう思うんだい? この怪談」
受験を苦にして自殺した女子生徒。
死んだ場所につくられたウォータークーラー。
生ぬるく、血の味がする水……。
「……自殺した女子生徒の件の真相はきちんと調べてないからわからないけど、それ以外のことなら大体説明がつく」
「ふーん。どんな?」
「ウォータークーラーは、言ってしまえば冷却機能付き水道だ。水道管から流れてくる水を機体が冷やしているだけ。だけど、あのウォータークーラーは冷却機能がバカになっていて、機体の熱で出てくる水が温まってしまっているんだと思う。血の味ってつまり鉄の味だ。多分内部の鉄管が錆びてるんだろう」
わが校が施設に力を入れないのは、周知の事実である。
それに、今の学生は大体コンビニで水を買っている。使用者がいないために学校側も放置しているのだろう。
僕の解説を、ササキは片手に顎をのせてやる気なく聞いていた。
「……うん。そんなところだろうね。まあ、シュン君程度に説明できちゃうような怪談じゃ、霊は写らないだろうね」
「そうだな。霊は……おい。ナチュラルに僕をディスるな」
あまりに自然だったからスルーしそうだったぞ。
「そういうわけで、今回は残念だけど撮りにいけないな。他の都市伝説を持ってきてって大槻ちゃんに言っといて。シュン君程度に見抜ける真相じゃ話にならないって」
「お前は僕を貶めないと喋れないのか?!」
僕のセリフを聞いてケタケタと憎たらしくササキは笑った。
それなりに長い付き合いだ。このくらいでは僕も怒ったりしない。
ひとしきり笑い終わったササキに、僕は気になっていたことを聞いてみることにした。
「……なあ、ササキ」
「なんだい?」
ササキはさっきまで読んでいた新聞をもう一度広げて読み始めていた。
「心霊写真なんて、本当にとれるのか? というか、心霊写真なんて本当にあるのか?」
ササキは新聞から目を離さないまま答えた。
「……逆に聞くけど、シュン君。写真は目の前の真実を正確に記録するものかい?」
質問を質問で返すのはあまり行儀がいいとは言えない。でも、ササキの言葉は意味ありげだった。
僕は、自分が写真を撮った時のことを思い出す。
現実よりも滑らかに動く画面。
平面的に見える映像。
現実に見ているものとは「何か」が違って見えた。
「……違うな。写真に写っているのは現実とは違う」
「じゃあ写真は、絵や小説のような作者が自由に創作できる芸術作品かい?」
ササキが問い返す。
直感的に、写真が小説や絵画と同じものとは思えない。完全に目の前の世界を再現しているわけではなくても、写真は一定の事実を提示していることは疑いなく思えた。
「……違うと思う」
僕の答えを聞いて、ササキは新聞を見たまま続けた。
「そう。写真の中の世界は現実を写したものでもないし、撮る人にも操ることができない、一種不気味なものなんだ。その世界がどんなものか、ボクでさえまだ十分に分かってない。だから、そこに超常現象的なものがあったとしても別段不思議ではない」
と、ボクは思っているよ。そうササキはまとめた。
「……そういうもんか」
「写真に写る世界のことを詳しく知りたいなら、勉強するんだね。月並みな言葉だけど、経験あるのみさ」
写真の中の世界。現実とつながっているのに、現実とは違う世界。
一種のパラレルワールド。
確かに、そこには幽霊ぐらいいてもおかしくないのかもしれない。
「……そうだな。じゃあ、またいくつか撮ってくるよ」
「頑張ってね~。期待せずに待ってるよ」
……憎まれ口をたたくササキの声が、少しだけ嬉しそうだったのは気のせいだろうか。
「と、言うわけでウォータークーラーの件は没だ。残念だったな」
「なんだー。がっくし」
次の日の休み時間。ササキの見解を伝えると、大槻はがっくりと肩を落とした。若干オーバーリアクションだ。
「ま、写真はなくとも記事にはなるんじゃないか?」
「たしかに! 幾つか記事は必要だもんね!!」
よしっ。と握りこぶしを作る大槻。
小柄な大槻は手も小さい。
「で、大槻は昨日どうだったんだ?」
「うーん。色々友達とかに聞いて回ったんだけど、成果らしい成果はなかったよ……」
「そうか……。今時の高校生は検索ツールが身近にあるから、オカルトとか都市伝説の真相もすぐにネットで調べるんじゃないか? 自分が納得する説が書いてあるサイトを見て満足する、とか」
すぐさま答えや見解にたどり着けてしまうのでは、不思議が不思議として成立しない。
そんな状況ではオカルトなど広まるわけがない。
「あーそれはあるかもねぇ……。私もすぐにスマホで調べちゃうもん」
「現代っ子だな」
「いやいや。今時携帯持ってない高校生なんて、日本中探しても赤坂君くらいだよ! ガラパゴスだよ! ゾウガメだよ!!」
ガラパゴスゾウガメ。南米エクアドル、ガラパゴス諸島にだけ存在する世界最大のリクガメである。
「まあ、変わってる自覚はあるよ。でも必要ないからな」
「えー? お父さんお母さんは心配しないの?」
……。両親、か。
「え、何その沈黙」
「いや、なんでもない。まあとにかくいらないんだよ」
妙な沈黙ができてしまった。しかし、僕の素性など大槻に話すようなことではない。
「へんなのー……。でも、ネットをあんまり使わない人の方が、都市伝説とか詳しいかもね。本多先生みたいな年配の人とか!」
「そうかもな」
「そういえばガラパゴス・赤坂君は都市伝説とか、心霊写真撮れそうな所とか知ってる?」
ガラパゴス・赤坂。
なんか弱小レスラーのリングネームみたいだな。
「いや。知らない」
「じゃあダメじゃん……。赤坂君、他にガラパゴスな人知らないの?」
「そんなに沢山いたら、ガラパゴスにならない……あ」
そういえば、あいつ……。
「……もう一匹いたわ。クラスに希少種」
「え?! 本当? その子なら都市伝説とか知ってるかな?!」
大槻は目をキラキラさせた。本当に分かりやすい奴だ。
「ああ……もしかしたらな。ところで大槻、ガラパゴスゾウガメってどんな亀か知ってるか?」
「え、何急に。名前聞いたことあるくらいだけど」
「そうか。実はあの亀、他の亀に比べてめちゃくちゃ素早いんだ」
「へえ~。ちょっと意外。赤坂君物知りだね」
「まあな。……だから、今日の放課後、逃がさないようにしないとな」
「はい??」
大槻が大量の疑問符を頭上に浮かべた時、予鈴が鳴った。
「ま、放課後になったら僕が動く。大槻はこの教室で待っていてくれ」
「う、うん。分かった」
大槻は首をひねりながら自分の席に戻った。
僕は、授業前のざわつく教室の中、そろそろ持ち主が帰ってくるであろう席を見つめた。
奴は授業が終わると誰よりも早く教室を出る。何とかして食い止めないとな。
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