002「戦慄のラブレター」
「放課後、屋上で待っています。誰にも言わないでください 枢木雪枝」
枢木からの手紙には日付が付いていない。が、おそらく今日の放課後のことを言っているのだろう。土埃だらけの靴箱の中にあったにしては汚れがほとんどついておらず、靴箱に入ってからそんなに時間が経っていないことが分かる。おそらく放課後になってから入れられたのだろう
帰宅部であり、クラス内にほとんど友人がいない僕より早く下駄箱にたどり着き、手紙を放り込むことができるのは、僕より早く教室を出た枢木以外にいない。という事は多分間違いなくこの手紙は枢木から僕にあてられたものだ。
しかし、目的はなんだ?さっぱりわからない。
何か彼女の気に障るようなことをしたのだろうか。
それともラブレターか何かか?
そっちの方が不気味だ。接点の全くない僕にそんなもの送るなんてどうかしている。
まさか僕の容姿に一目ぼれ?もっとありえない。そんな期待を抱けるほど僕は自分の容姿に自信はないし、そこまで高い自己肯定感も持ち合わせていない。
もしかしたら、「あの張り紙」だろうか。いや、もっとありえない。あんな汚い張り紙を本気で頼るような奴がいるはずがない。それなら枢木が僕に惚れた可能性の方がまだありうる。
謎は深まるばかりだが、行かないわけにもいかない。
僕はこれから行く予定だったバイト先に電話をして遅れるかもしれないことを伝えた。
階段を駆け上がって、屋上に向かう。
僕らが通う学校の屋上は立ち入り禁止となっていて、あまり人は寄ってこない。しかし鍵などがかかっているわけではなく、教師や用務員にばれさえしなければ簡単に入ることができた。
誰にも見つからずに最上階まで上がった。
屋上につながる扉の前で少し息を整える。
もしかしたら緊張しているのかもしれない。なかなか息は整わなかった。
「よし……」
意を決して、扉を開けた。
しかし、屋上は抜けるような青空が広がっているだけで、誰もいなかった。
「あれ……?」
僕はしばし茫然とした。頭の中ではこの状況を説明するため、様々なワードが浮かんでは消えた。
早く来すぎた? いや、枢木の方が早く教室を出ているはずだ。もしかしてもう帰った? 今日の放課後じゃなかったとか? いや、そもそも枢木が書いたわけじゃないかもしれない。クラスの誰かが僕を笑いものにしようと……いや、そのドッキリの対象として僕は不適切だろう。クラスでは枢木に負けず劣らず友達いないんだから。あれ……じゃあなんで誰もいないんだ?
しばらく考えてみたが、結論は出なかった。僕は首をひねりながらとりあえず屋上に背を向け、今来た道を帰ろうと……
「これ、書いたのはあなたかしら」
背中から声がした。聴いたことのない冷たい声だ。
と、同時に首筋に何か冷たいものがあてられた。
金属のようだ、と肌が認識するかしないかのうちに、
バチバチバチッ!!!!!
「うぐああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
全身を激しく鋭い痛みが貫いた。血管が焦げ付くような初めての感触に脳が混乱する。僕はもんどりうってその場に倒れこんだ。
「大げさね。大きな声を出さないでくれる?人が来たらどうするのよ」
顔を上げると、枢木雪枝が立っていた。手にはごつくて先端から二本の金属が飛び出た棒を持っていた。
人生で初めて見た。モノホンのスタンガンだ。
「なんでそんなもん持ってんだ!?」
「大丈夫。死なない程度にちゃんと加減してあるわ」
「威力のことは聞いてない!!そんなもの持ってる理由を聞いてるんだ!」
「そんなの、うら若き乙女の貞操を守るために決まっているじゃない」
「貞操を守るために死人が出てもいいのか?!」
「いいのよ。今の日本では女子高校生は何をしてもいいことになっているから」
めちゃくちゃな理屈だ。というより、
「お前、しゃべって……」
「ああ、この学校で声を出したのは初めてかもね。光栄に思いなさい」
「いや、無理だろ……」
「私の初めて、どうだった?」
「色っぽくいっても無理!!」
枢木雪枝は想像よりやばい奴だった。レベチの変人だった。
「楽しくおしゃべりしている余裕はないの。ねえ赤坂君」
枢木は無表情に僕にチラシを差し出した。
「ここに書いてあるの、あなたよね?」
目の前のチラシにはこう書いてあった。
「写真とり〼 スタジオ・ササキ 詳しくは2-B赤坂まで」
それは間違いなく僕が今年の四月に作ったものだった。そして校舎の一番目立たない掲示板に生徒会の許可なく張り付けたものだった。特にラミネート加工などはしなかったので、もうあちこちに切れ目や穴が開いている。
「ああ、確かにこれは……」
バチバチッ
「ひっ」
枢木がスタンガンを空撃ちした。僕の身体はもうあの音と痛みを結び付けて学習してしまったらしい。
「嘘つかないでね。今度は気絶するかもしれないから」
「つかないつかない!! 確かにそれは僕が貼ったものだ!」
「そう。ならよかった」
枢木の表情は変わらない。整った目鼻立ちに無表情。淡々と僕を追い詰めていく。
「じゃあ、赤坂君。私の依頼、受けてくれるかしら」
「へ?」
バチバチッ
「や、もうやめてそれ!!嘘ついたりしないから!!」
「そう?こっちのがいい?」
そういうと枢木はスカートのポケットから何かを取り出した。
指で器用に革製のカバーを外すとそこからは銀色のナイフが出てきた。刃渡り十センチくらいだ。
「いや、普通に犯罪!!」
「だから言ったでしょ。日本の女子高生は何をしてもいいことになっているの」
「どうなってんだ日本は!!」
枢木はじりじりと間合いを詰めてきた。やばい。死ぬかもしれない。
「じゃあ赤坂君、単刀直入するわね」
「死んじゃう!それ死んじゃう!!」
「間違えた、単刀直入に言うわね」
「絶対に間違えちゃいけないやつ!!」
ボケだとしても全く笑えない。フェイクじゃないんでしょそれ。多分海外製でしょ。日本では考えられないくらい猟奇的な見た目してるもの。肉を削ぐためのフォルムしてるもの。
「ちなみにこれはドイツから取り寄せたものよ」
「単刀直輸入ってことか……」
こんなことをつぶやけるなんて、僕も一周回ってちょっと余裕が出てきたのかもしれない。が、枢木は終始無表情のまま、間合いをさらに詰め、倒れている僕の首筋にナイフをあてた。
金属の冷たさが僕の神経を逆なでした。全身に鳥肌が立つ。頭では逃げなければならないと思う一方、身体は言う事を聞いてくれなかった。
枢木はまっすぐ僕を見て言った。
「あなたに、祖母の遺影を撮って欲しいの」
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