第5話

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 イオストルの展望デッキからキンナラを見ていると、キンナラの赤道に現れた大嵐が、徐々に大きくなっていくのが見て取れる。そして定点観測用カメラから送られる透明な岩達の映像から、彼等が身体を覆う結晶の粒をさらに増やし、大嵐に備えているのが見て取れた。クレイス達はキンナラの大嵐の変化や透明な岩達の様子を記録して惑星探査機構の研究施設に送り、大嵐が過ぎ去るのを待った。イオストルがキンナラの探査を終了させて惑星から離れるのは、大嵐が過ぎ去った後の事だ。イオストルがキンナラを離れると、キンナラに残るのは定点観測用カメラだけになるのだが、それも時が経つと分解していく素材で出来ている為、いずれは消えてなくなり、人類の痕跡は空の上の惑星監視衛星だけになるだろう。

その後惑星開発機構の運営委員会によって、キンナラの開発の是非が判断されるわけだが、おそらく判断には時間がかかるだろう。なにしろ、とんでもなく興味深い生命体が生きているのだから。それに、クレイスがイオストルに持ち帰って分析してもらったキンナラの土壌のサンプルなどからは、今のところ有益な物質は見付かっていない。このまま誰もキンナラに足を踏み入れなければいいと、クレイスは思っていた。惑星開発機構のルールでは、探査中の惑星が一度でも侵入して来た人間に踏み荒らされてしまうと、その惑星は開発対象にされてしまうのだから。しかも有益な資源の無い惑星でも、何等かの形で開発したがる業者は沢山いるのだ。気は抜けない。しかし全てが順調に進んだのもこれまで。クレイスの前に思わぬ事態が待ち受けていたのだ。

 惑星キンナラの発生した大嵐が、もう少しでキンナラ全体を覆おうとしていた時の事だ。突然、クルー全員にメインブリッジへ来るようにとのアナウンスが船内に流れ、自室のコンピューターで透明な岩に関する資料を作成していたクレイスも急いでメインブリッジに向かった。

「みんな揃ったわね」

メインブリッジに着くと、通信士の席で真剣に通信装置に向かうボルテと、その様子を見守っているゼノビア船長の姿は目に入った。何かハプニングが起ったらしい。やがてクルー船員がメインブリッジに集合すると、ゼノビア船長は突然発生した緊急事態の説明を始める。

「みんなよく聞いてね。さっき突然、漂流している宇宙船からの救難信号が届いたの。それもコロニー戦争のころの難民船の。勿論、すくに星間警察に連絡したわ。これがその難民船よ」

「えーっ!」

球形と円筒形を組み合わせた形のした難民船の姿が通信装置のスクリーンに映し出されると、クルー達から驚きの声があがる。予想もしていなかった事態が起こっていた。

宇宙に点在するスペースコロニーや植民惑星の間で起こった争いの総称であるコロニー戦争は、三十年前から頻発するようになり、十年前に人類の住む惑星とスペースコロニーの連合体、惑星・コロニー連合が出来てやっと完全に鎮静化したとされていたのだから。

「今頃になって、コロニー戦争の難民があらわれるなんて……」

通信士のボルテが思わず呟くと、すぐさまゼノビア船長がその理由を語りただした。

「救難信号から解ったのは、その難民船はどうやら、かつて人工冬眠中の移民を乗せて運んだ、ロボット操縦の宇宙移民船らしいと言う事。難民達は何処かで保存されていた移民船を復活させて、故郷を飛び出して来たのでしょう。今はロボット達に宇宙船の操縦を任せているみたいね。行先はロボット達にプログラミングされていて、人工冬眠中の彼等を安全な場所までつれていくはすだったのね」

「それがどうしたことか漂流してこの注意に現れ、キンナラに向かっていると言うわけだ」

「まぁ、そう言うこと」

大柄で少しばかり太り気味の機関士ボズに先を言われてしまい渋い顔をしながら話を続ける。

「ボルテ、みんなが救難信号の内容を聞こえるようにして頂戴」

「はい」

ボルテが船長の指示に従って通信装置のコントローラーを操作すると、おそらく人工的に作られた音声がメインブリッジに響く。

「こちらは移民移送船クーザ。私達は--ウルス太陽系に建設されたスペースコロニー群から--脱出してきました。突然クローンレイシストの兵士達に--居住していたコロニーを占拠されたので--クローンの子孫である私達は--コロニーを脱出して安全に暮らせる惑星に向かわざるを得なくなったのです」

合成音声がたどたどしい口調で繰り返す救難養成を聞きながら、クレイスは身体が凍り付くのを感じながら聞く。彼等はクレイスと同じクローン人類だったのだ。人類が地球を出て宇宙に新天地を求めた時、安価な労働力や人手不足を補う人材などとして時には違法に作られ、スペースコロニーの建設現場などで働かされていた人間のクローン。クレイス達クローン人類はそのクローン達の子孫だった。宇宙開発が進みスペースコロニーや移住可能な惑星に住む人間達が多くなると、クローン人類、得に違法状態で作られたクローンの子孫達は一般の人間達から差別され、時には迫害の対象とされてしまった。

クローンレイシスト達はその最たるもので、クローン人類の存在は人類の生存を脅かすものだと言う主張に共鳴し、コロニー戦争の混乱に乗じて勢力を広げていく。しかしコロニー戦争が沈静化しだすと、多くのコロニーや植民惑星でクローンレイシストのリーター達に逮捕状が出され、彼等の暴力も下火になった。しかしまだクローン人類への差別や嫌がられは続いている。難民船の一番近くに居る惑星探査船イオストルは、難民達が保護されるまで、彼等を見守る責務を負ってしまった。しかしゼノビア船長は何をすべきか知っている。船長は同じ言葉を繰り返す救助要請の声を止めさせると、まずクルー達がすべき事を言い渡した。

「今、私達がしなければならないのは、まず難民船と連絡を取り、キンナラに近づかないようにさせること。それと惑星・コロニー連合の星間警察の宇宙船が難民船を保護するまで、難民船を見守る事。解ったわね」

「はい」

クルー達の声がメインディッキに響くと、早速ボルテが通信装置のコントローラー操作し、救難メッセージから割り出した難民船の通信チャンネルを通して、難民船との対話を試み始めた。

ボルテがイオストルの情報とイオストルが難民船に出来る援助の内容、そして惑星キンナラに近づかないようにという警告を難民船の通信装置に送ると、すぐに返事が返って来た。

「そのキンナラと言う惑星は--パラダイスb7ではないのですか--私達は--パラダイスb7を目指していて、この宙域にきたのです--私にインプットされた情報では--キンナラと言う惑星の位置はパラダイスb7の位置と重なっています。どうかクーザが無事パラダイスb7に着陸出来るよう--援助をお願いします」

通信装置から聞こえて来る、ロボットのたどたどしい言葉を聞いて、クレイスは首を傾げる。パラダイスb7なんて惑星の名前は聞いた事も無い。いわゆる、幻の惑星なのだろうか? クレイスはかつてスペースコロニー居住者の間に広まっていたある伝説を思い出していた。宇宙の片隅に、公にはあまり知られていない居住可能な惑星があり、その惑星への移住希望者を募っていると言う話だ。そんな話のほとんどは、移住希望者から金を騙しとる為に詐欺師が語る法螺話で、移住に必要な資金を払って向かった居住可能な惑星が、まったく居住に適さない惑星だったと言うのがこの出の話の結末なのだが。

「船長、おかしいですよ。そんな惑星は何処にもありません」

クレイスと同じく、難民船のロボットの話しに疑問を持ったコンピューターオペレーターのロコが、すぐにコンピューターでパラダイスb7を調べた結果を話す。

「難民達は、誰かに騙されて故郷を脱出したのかも」

ボルテがぼそりと言った事が、多分事実に近いのだろう。もし難民達が本当にコロニー戦争の混乱の中で故郷を出たのなら、騙された可能性が高いだろうから。いや怪しいとは思っても、迫害から逃れたくて幻の惑星を目指す事もあっただろう。

「兎に角、私が彼らに向かっている惑星が幻なのを説明してみます。私達が難民船にとう対応するのかを決めるのは、その後にしましょう」

言うや否や、ゼノビア船長はさっそくボルテに通信士席を譲ってもらうと、難民船に呼び掛け始めた。

「こちらは惑星探査船イオストルの船長、ゼノビア・グレイです。移民移送船クーザ、聞こえますか?」

「はい」

通信装置から合成音声の返事が聞こえると、ゼノビア船長はさっそく移民船を操縦しているロボットと対話を始めた。

「こちらで調べたところ、パラダイスb7と言う惑星は無い事が解りました。貴方達が向かっているのは、キンナラと言う惑星です。それに貴方達が向かっている惑星キンナラは、とても人間が住める惑星とは言えない惑星です。着陸しても、難民達は外にも出られないでしょう。今すぐ船を止めて、救助を待つようにして下さい」

ゼノビア船長は、強い口調できっぱりと言う。難民船のロボットにも、人の声の調子で人間の感情を推し量る機能があり、船長の強い意志を理解してくれるのを期待しながら。さらに船長は、ボルテにキンナラの画像を幾つか難民船に送らせ、難民船のロボットに語り掛ける。

「どう、これが貴方達の行こうとしている惑星ですよ」

しかし難民船のロボットには、ゼノビア船長の説得も効かなかったようだ。

「私にはこれが目的地の画像だとは、完全には判断出来ません。パラダダイスb7に向かうまでです」

やはり新天地への着陸は絶対的な命令らしい。さらに通信装置から聞こえて来る合成音声の返事は、クレイス達をがっくりさせるものだった。

「私は自分達が向かっているのは、パラダイスb7だと判断します。どうか私達が新天地に到着するのに、手を貸して下さい」

頑固なロボットだ……と、クレイスはおもった。だがそれも仕方がない事だ。ロボットにとって、一端刷り込まれた命令は絶対なのだから。その命令が間違ってはいても、命令通りに動くしかない。セティの様に、柔軟な判断が出来るアンドロイドとは違うのだ。

「解りました。そちらの言う通りにしましょう」

流石にゼノビア船長も、難民船のロボットの主張を受け入れざるを得なくなったようだ。しかしゼノビア船長が、簡単に難民船をキンナラに着陸させる訳がない。船長はさっそく難民船のロボットにキンナラへの着陸を許可する代わりに、ある事をクーザのロボットに提案したのだった。

「ただし、私達の仲間をクーザに乗り込ませて下さい。あまりにも長い間、人工冬眠状態にいた難民の人達が無事でいるのか、確かめる必要があるから。私達にはクーザの難民たちを保護する気味があるのです。よろしいですか?」

「はい」

クーザのロボットはあっさりとゼノビア船長の提案を受け入れた。

「それでいいのですね。もう少ししたら、私達が乗っている惑星探査船をクーザに接近させます、そして二つの船の距離が程よい距離になったら、クーザに向けてこちらのクルーを乗せた小型宇宙艇を、惑星探査船から発進させます。小型宇宙艇がクーザに近付いたら、クーザに収容してください。頼みますよ」

「了解」

ロボットの返事を聞くと、ゼノビア船長は通信装置を切り、クルー達に向かって次の指示を出す。

「聞いての通り、イオストルの小型宇宙艇を難民船に向かうわせる事にしました。まず、セティ、小型宇宙艇の操縦を頼みますね。それからグェン、医師として難民達の状態を調べて頂戴」

「はい」

セティとグェンが指示に同意したのを確認すると、ゼノビア船長はクレイスに向かって指示を出す。

「後一人はクレイス、貴方よ。人口冬眠から目覚めそうな人がいたら、早く見つけ出して保護してほしいわ」

「はい、船長。でも、仕事はそれだけては無いですよね?」

クレイスは、ゼノビア船長が本当は何をしてほしいのかを、うっすらと感づいていた。船長の目的は、別のところにあるらしい。

「それは後で話すから。まずは小型宇宙艇に乗る準備をして」

「はい」

船長に言われ、クレイスは何も効かずに小型宇宙艇の格納庫に向う。その時クレイスは、ゼノビア船長の作戦のあらましを、ほとんど把握していた。

 格納庫に着くとクレイス達は、飛行艇用のフライトスーツに着替え、宇宙艇の整備が済むのを待った。ゼノビア船長がイオストルを難民船に近付かせたので、二隻の船の距離はだいぶ縮まっているはず。整備が終れば、すぐに出発できるだろう。機体整備用ロボットが飛行艇を整備していくのを格納庫横の準備室の窓から見ていると、ゼノビア船長が入って来た。

「クレイス、貴方にやってもらいたいのはねぇ……」

ゼノビア船長は、セティとグェンを前にして、クレイスに本当にやってほしい事を話す。

「難民達のリーダーを探し出して、人工冬眠から起こして、難民船を止めるように説得して頂戴。リーダーなら、ロボットに命令できるでしょう。さぁ、これを持って行って。キンナラの情報と、もう一つブログラムが入っているわ」

ゼノビア船長は、来ているジャケットポケットから四センチくらいの、きらきら光る細い棒状の物体を取り出し、クレイスに渡す。コンピューターの記憶媒体だ。

「難民達のリーダーが目覚めたら、これを難民船のコンピューターに繋いで、今クーザが置かれている状態を説明してあげてね。ロボットがだめでも、人間ならばちゃんと理解してくれるでしょう。でも、もしリーターがこちらの話しを聞き入れてくれないのなら……」

「解りました。もう一つのプログラムを、起動させたらいいのですね」

クレイスがゼノビア船長の言おうとしている事を先回りして言うと、ゼノビア船長は静かに頷く。

「できれば避けたい事だけど、これ以上の強硬手段を避ける為にはやらねばならないでしょう」

「ええ、そうです。やりましょう」

クレイスは力強く、ゼノビア船長に言う。

「セティ、グェン。いいわね」

「はい」

クレイスと船長の会話をじっと聞いていたセティとグェンも、ゼノビア船長の考えを理解したようだ。クレイスと同じように、力強く返事をする。

「有難う。たのむわね」

ゼノビア船長は安心した面持ちで、準備室を後にしようとする。クレイス達に全てを任せたと言うように。

「船長、任せてください」

クレイスは、部屋を出ようとするゼノビアの背中に声を掛ける。ゼノビアは扉の前で一瞬立ち止まってクレイスに向かって振り向き、にこりとしてから、扉の外へと出て行った。

窓の外では、小型宇宙艇の整備が終ったらしく、整備ロボットが格納庫を出て行くのが見えた。

「準備が出来たようね。さぁ、行きましょう」

クレイスはセティとグェンに声を掛けるとヘルメットを被り、格納庫へと向かう扉へと向かう。

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