第4話

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 報告書が出来上がったのは、探査期間が終るほんの少し前の事だった。それまでイオストルのクルー達はほとんど休息を取らず、報告書作りに没頭し、ようやく書くべきと思われる報告書が出来上がったのだった。クレイスが音声入力で作成した文章に科学者のロコが透明な岩の画像や嵐の音と共に聞こえた声、さらに透明な岩が放つ光を分析した結果などを貼り付け、通信士のボルテが探査中のクレイスとシャトルとの通信記録を付け加える。こうやって出来上がって行く報告書を他のクルーがチェックして、報告書を完成させ、惑星探査機構の運営委員会へと送り込む。大変な作業だったが、成果は上々だった。

思ったよりも簡単に、探査期間の延長が認められたのだ。それも、三週間も。その上キンナラを外部からの侵入者から守る為の惑星監視装置が、保安部のロボット輸送船によって運ばれることになったのだ。惑星監視装置を、幾つかキンナラの上空を飛ばせておけば、不法侵入をかなり防げるだろう。それはキンナラが、正式に惑星探査機構の保護に入るのを意味している。

「ああ、良かったぁ」

イオストルの居住区域にある休憩室で探査期間延長の報告を聞いたクレイスは、ほっとして休憩用のソファーに座り込む。クルー達の頑張りが報われたのだ。もっとも、かつて惑星探査機構で働いていた科学者、ケペル博士の助けがあったのも事実なのだが。ケペル博士はクレイスが誕生日祝いのメッセージと共に送った生物の声らしきものを分析し、それがまぎれも無く生物の声であると言う分析結果を、惑星名や正確な惑星の位置などを伏せたまま別の科学者と一緒に権威ある科学雑誌の電子版に発表し、惑星探査機構の科学者たちに揺さぶりをかけたのだ。こうなれば開発部寄りの科学者達も、なんらかの生命体がキンナラに居る事を、認めざるを得なくなったのだ。もっとも普通なら外部にでないはずの惑星探査中の記録を、何故外部の化学者が持っているのかが問題にはなったのだが。しかしそれもケペル博士が、自分に送られてきた誕生日祝いのメッセージに偶然記録されていたのを発見したという事で、問題無しとされたのだった。

「何故、あの生命体の声が誕生日祝いなんかに入っていたの?」

クレイスと一緒に休憩室のソファーに座っていたゼノビア船長が、いぶかしげに聞いて来る。

「誕生祝いを録音していた時に、たまたまあの声が聞こえて来て、録音されてしまったのですよ。それを優秀な科学者であるケペル博士が気付いて分析してくれたんです」

クレイスはにやりとしながら、ゼノビア船長に答えた。

「たまたまねぇ……そう言う事にしておきましょうか」

こんどはゼノビア船長がにこりとしながら言う。これでもうこれ以上、探査活動中に記録されたものが外部に流出した事を、追及されずにすむだろう。しかし大変なのはこれからだ。キンナラに生命体が住んでいると認定され、探査期間を延長してもらったからには、それなりの成果をださねばならない。それに、保安部員たちが来るまで、クレイス達がキンナラを不法侵入者達から守る必要があった。

キンナラに生命体が生息している可能性があるのを明らかにした事は、今まで伏せられていた惑星の存在を公にする事でもあるのだ。当然、まだ探査途中の惑星への侵入を密かに試みようとする連中の耳にも、キンナラの情報が入っているはず。しかもそんな連中がキンナラの近くの宙域いたとしたら、本格的な監視体制が整っていない今のうちに、不法侵入を試みるだろう。たとえ人間の移住に適さない惑星ではあっても、惑星探査の対象になるような惑星なら何等かの利用価値があるからだ。惑星表面をあちこち掘り返せば、何らかの資源が見つかるだろうから。宇宙船が近付けないほど危険な惑星やどう考えても惑星開発が困難な惑星は、探査対象からはじき出されるからだ。珍しい生命体である透明な岩を守る為には、絶対に不法侵入は防がなければならない。それから二日後、無人のロボット輸送船でイオストルに運ばれてきた惑星監視衛星が、無事キンナラの起動に乗ると、クレイスは再び透明な岩達と会う為に、そして彼らを不法侵入者から守る為に、探査シャトルで再びキンナラの大地に向かったのだった。


 再び降り立ったキンナラの地表では、相変わらず突発的に嵐が吹きすさび、クレイスの活動の邪魔をしていた。クレイスはその嵐を避けながら、キンナラのあちこちに居るキンナラの生命体、透明な岩の様子を見て回っていた。嵐が無く静かな時の透明な岩達は、どう見ても鉱物にしか見えない。しかしクレイスが感応力を彼らに向けて使うと、この人間にとっては奇妙な生命体の意識が感じられる。一か所に集まって立っている透明な岩の一つ一つは独自の意識を持つ個体でありながら、それぞれの意識は繋がり一つの意識の塊を形作っている。さら一つに繋がった群れに意識は、他の群れの意識とも繋がっている。そんな大きな意識の塊である彼らの意識に感応力を使うには、細心の注意が必要だ。透明な岩達に何も考えず感応力を使うと、彼らの意識の塊に巻き込まれそうになり、元に戻れなくなりそうな感じに襲われる。クレイスは透明な岩に感応力を使う時間を一、二分に限り、必要以上に彼らの意識に入り込まないように注意した。感応力を使うのに制限を設ければ、当然ながら感応力で得られる情報は限られてしまう。だがそれでも、透明な岩達の情報を得る事が出来た。キンナラのあちこちに或る仲間の群れと意識を繋ぎ合っている為、透明な岩達は自分達が住む惑星キンナラの様々な情報を知っていた。いや知っていると言うよりも、情報と貯めると言った方がいいだろう。クレイスが彼らに向かって感能力を使うと、彼らが貯めた様々な情報を感じる事が出来た。自分達が居る場所の景色の変化や地震や大規模な嵐と言った自然現象、さらにキンナラの夜空に見える天体の動きや結晶体である身体を取り巻く土の性質の違いと言ったものまで、透明な岩達は貯めていた。さらに貯められた情報は、親の身体の表面から結晶して生まれ出て来る子にも伝えられていく。

「何故、透明な岩達はそんなに沢山の情報を集めているのかしら」

クレイスが通信装置の立体映像のゼノビア船長に透明な岩達と接していて知りえた事を話すと、船長は興味深そうに聞いた後、クレイスに質問してきた。

「もちろん、自分達の安全を図って、子孫を残す為です。彼らの子供は親の身体にくっついた結晶体として生まれ、親の身体が命を終えて崩れてしまうと、子達は新しい群生を作って、自分達の生息域を広げて行きます。その時彼らは、何処に危険な場所があるのかを貯めて置いた情報で知り、危険な場所に生息域に広がらないようにするのです」

「なるほどねぇ」

船長はクレイスの説明を、感心したように聞いていた。

「それだけてではないですよ。彼らの姿かたち、たとえば細長い形をしているのかあるいは太短い形をしているのかは、は生息場所の環境に合わせた形になるのですが、何等かの理由で生息場所の環境が変わると、彼らはお互い情報のやり取りをしながら姿形をかえていくんです」

透明な岩達について話し出すと、クレイスはいくら話しても話し足りないと言うように、感応力で知りえた情報を船長に話した。

「よくまぁ、こう色々と調べられたわね」

立体映像のゼノビア船長は、透明な岩についていつまでもしゃべり続けるクレイスに呆れながらも、辛抱強くクレイスの話しを聞いていた。迷惑そうにしながらも、ゼノビア船長も透明な岩に興味を持っているようだ。時々クレイスに、鋭い質問をしてくる。

「それよりあの透明な岩達は、貴方の事をどう思っているのかしら」

船長の質問に、クレイスは暫く考えてから答える。

「そうねぇ、とても興味を魅かれる存在ってところかしら。彼らに近付くと、何時も彼らが私に意識を向けているのが感じられるから。まるで好奇心旺盛な子供みたい」

「昔の貴方みたいね。覚えている? 初めて動物園へ行ったときの事を。貴方は猿の展示ブースの前からなかなか離れなかったじゃないの」

船長からいきなり子供のころ事を言われて、クレイスは思わず思いだし笑いをした。そう、あれはゼノビア船長の養女になって暫くしてから時の事だ。動物園の猿の仕草に興味を持ったクレイスはブースの前に暫く座り込むと、二十分以上も猿と同じ仕草を続け、養母のゼノビアを呆れさせたのだった。

「本当に可笑しかったわ。あの時の貴方の格好……でも、この事がきっかけで貴方に感応力があるのが解ったのよ」

そう、動物達にじっと意識を向ける幼いクレイスの様子を見たゼノビアが、クレイスが感応力の持ち主である事を発見し、感応力を生かす教育を受けるようにしてくれた。そして成長したクレイスが感応力を生かすべく選んだ仕事が、養母と同じ惑星探査機構の惑星探査員だったのだ。

「私の感応力を見付けてくれて、本当にありがとう」

クレイスはいつの間にかゼノビアと、船長とクルーでは無く母と娘として話しているのに気付く。惑星探査員でいる間は、ずっと船長とクルーとして接して来たのに、なぜか今は母と娘になっている。気が緩んだみたいだ。

「何よ、今さら……これからもっと貴方に感応力を発揮してもらわないといけないのよ。その為には早く寝て体力を回復させななさい」

「はい」

クレイスが返事をするとゼノビアの立体映像が消え、母ゼノビアとの交信は終わった。

久しぶりだ。早く寝ろなんて言われたのは。

「やれやれ、子供扱いされちゃった」

クレイスは苦笑いをしながら通信装置から離れ、コックピットのパイロット席で休んでいるセティをフライトデッキに残してミッドデッキの睡眠スペースに向かった。子ども扱いには不満だがゼノビア船長の言うとおり、今のクレイスには寝る事が必要だった。ここのところフローターに乗っての探査と探査の結果を報告書にまとめる仕事を、根を詰めてやっていたのだ。もうそろそろ、ゆっくり寝るのが必要になるころだ。クレイスは睡眠スペースに入るとベッドに座り、ベッド脇のテーブルの上のポットを手に取ると、中のハーブティーをマグカップに注いで口にする。カモミールの香りがするハーブティーを飲み干すと、クレイスはベッドに横たわって眠たくなるのを待った。だがなかなか眠くはならない。眠ろうとすると、何故が子供のころの出来事が思い出されてくる。それも、ゼノビアと出会う前の出来事だ。


 クレイスの記憶は、新星爆発の影響で生命が絶滅の危機に陥っている地球型惑星から始まっていた。多くの生物が姿を消していく惑星の大地に建てられた建物の中で、クレイスは女性ばかり十数人で暮らしていた。特殊な防護服を着ないと建物の外には出られない環境の中で、たった一人の子供であるクレイスは、様々な年代の女性達とひっそりと建物の中で暮らしていた。外にも出られず遊び相手も無く、食べる物は建物の一角に作られた栽培スベースで栽培された野菜や、貯蔵庫に捕獲された食料……自分が何故そんな場所にいるのかは解らない。ただクレイスは、自分達が誰かに追われているのを感じていた。一緒に暮らす女性達は、その誰かがこの滅びゆく惑星を見つけ出してやって来るのを、ひどく恐れていた。そしてその恐れは、現実のものとなったのだ。

 それはある日の、目覚めてから暫くしてからのことだった。防御服を着た見張りの女性が建物の中に入ると追っ手がやって来たのを伝え、女性達はすぐさま非常事態への対応に入る。クレイスの仲間達は武器を手にする者と建物の中の避難場所に逃げる者とに分れ、クレイスは数人の女性達に連れられ、地下の避難所へと入っていく。そこは食料や寝具などが用意され、重い扉でしっかりと守られている場所で、武器を手にした仲間が追っ手を追い払ってくれるまで、そこで身を潜めていればいいはずだった。だが……避難場所に逃げ込んでからどれくらい経っただろうか。避難場所で顔なじみの若い女性に抱きかかえられ、身を潜めていたクレイスがもうこれ以上、じっとしていられないと思った時、突然扉が開き、追っ手が姿を現した。

女性ばかりの中で育てられたクレイスが初めて見た男……灰色の制服を着て、武器を持った兵士たちは武器を女性達に向け、避難場所の隅へと追い詰めて行く。しかし兵士の一人が追い詰められ、逃げ場の無くなった女性達に手を伸ばして捕まえようとした時、クレイスの隣にいた女性が隠し持っていたナイフを手に兵士に立ち向かい、あえなく床に叩きのめされる。そして女性を叩きのめした兵士は、地面に落ちたナイフを拾い、クレイス達に近寄って行く。その後、何が起こったのかは解らない。クレイスの記憶はそこでいったん途切れ、次に覚えているのは宇宙船の医務室の中で目覚めた記憶だった。

クレイスは隠れ家にしていた建物中で重傷を負って倒れているところを、兵士達を追ってきた星間警察の特殊部隊に助けられたのだ。こうして命を救われたクレイスは、特殊部隊と行動を共にしていた惑星探査機構の保安要員、ゼノビア・グレイの養女として育てられる事になったのだった。

 クレイスはまた首の傷に手をやっているのに気付き、慌てて手を握りしめ、首に触らないようにする。早く忘れ去りたい記憶……しかし忘れようにも忘れられない記憶だ。自分と仲間を襲ったあの兵士達への怒りも消えてはいない。彼らはクローンとして生まれた人間の子孫であるクレイス達を、根絶やしにしようとして襲って来たのだ。

「でも、今の私はあの時とは違う。それに今は休む時、寝なくちゃ」

クレイスは自分に言い聞かせ、心を落ち着けようとする。するとようやく眠気が訪れ、クレイスは眠りに落ちた。


 それから後の数日間は、全て順調に進んでいったかのようだった。クレイスはキンナラのあちこちをフローターで飛び回って透明な岩達の群れを訪ね、感応力を使って彼らの意識を探る。クレイスは何度も透明な岩達と接しているうちに、彼らの中にとりわけクレイスに強く興味を持つ個体があるのを知り、彼らと頻繁に感応力を使って交流し、やがて彼らの中の二つの個体と友情らしきものを作り上げるのに成功したのだった。

 クレイスと仲良くなったのは、姿形が全く違う、二つの個体だ。一体目はまだ親から離れたばかりの若い個体で、他の個体以上にクレイスに興味を持っているらしく、しょっちゅうクレイスに意識を向けていた。クレイスまるで好奇心旺盛な少年みたいなこの透明な岩をボーイと呼び、透明な岩達を理解する手かがりにした。ボーイと意識を通い合わせる中でクレイスは彼等の生活や社会についての情報を手にし、その代りにクレイスを初めとする人間対して知りたがっている事を、彼等に伝えた。ボーイが受け取った人間についての情報が、他の透明な岩達に伝播しているのを期待しながら。さらにクレイスは、もう一体の透明な岩とも仲良くなる。その透明な岩はボーイとは違い、無数の子供を身体の周囲にくっつけた高齢の大きな個体だ。

この個体もクレイスへの強い興味を示してしたが、まるで学者が研究対象を観察するように、クレイスを見ていた。しかもとてつもなく多くの情報を身体の中に蓄え、その情報を群れの為に使う、まるで長老の様な存在だった。しかもこの大きな個体は、自分が蓄えた情報を自分の身体から生まれる子供達にしっかりと伝えている。クレイスは透明な岩の長老を、メンターと呼んだ。二体の透明な岩の友達が出来た事で、クレイスは惑星キンナラの生物について多くの情報を得られ、延長された三週間探査期間のうち二週間を、有意義に過ごした。特に透明な岩のような、結晶の形をした生命体か、あと五種類生息しているのを発見したのは大きな収穫だ。クレイスはその結晶体の生命とも感応力を使い、その生命体も透明な岩と同じような能力があるのを知る。しかし透明な岩のように大規模な情報のやり取りをしている生命体はいないらしい。しかしその生命体達も、透明な岩と意思疎通をしており、透明な岩が蓄積した情報を利用している。

透明な岩達は、惑星キンナラの数少ない生命体全てにとって、重要不可欠な存在なのだった。クレイスは感応力で得た情報を一つ一つイオストルに報告し、イオストルのコンピューターに集められた情報は、惑星探査船から惑星探査機構の本部へと送られていく。全てが順調に進み、延長された探査期間を、クレイスはこのうえも無く有意義に過ごせた。しかし探査期間の延長が終る三日前になって、透明な岩達に異変が起こった。

 その日もクレイスはフローターに乗り、透明な岩の群れを訪ね、何時もと彼等の様子がちがうのに気付く。透明な岩の表面が、細かな結晶の粒にびっしりと覆われていいたのだ。初めは子供が姿を現したのかと思ったのだが、どうやらそうではなさそうだ。結晶の形が、子供とはまったく違っている。しかも群れの全ての透明な岩が、決勝の粒に覆われていた。さらにフローターで他の透明な岩の群れを訪ねても、同じような状態だった。

「どうしたの?」

感応力を透明な岩に向け、彼等の意識を探るとすぐに答えが解った。透明な岩達は、これから起こる異変に備える為、姿を変えていたのだ。彼等の意識は、キンナラ全体を巻き込む大嵐が迫っている事を知らせていた。あまりにも強い嵐に耐えられるように、細かな結晶の粒を身体に発生させ、身体を補強しているのだ。しかも透明な岩達の意識は、クレイスに早くキンナラを離れろと促している。クレイスが彼等の薦めを聞き、すぐシャトルに戻り、コンピューターで大嵐が発生する可能性を調べる。するとキンナラの赤道あたりに発生した嵐が、三十六時間以内にかなり大きくなる可能性が高いと言う結果が出て来たのだった。

「ありがとう」

透明な岩達が知らせてくれたのが本当なのを知り、クレイスは彼らに礼を言いながら、キンナラを離れる準備をした。まず定点観測用のスティク型カメラを、最初に曹禺した透明な岩の群れの前に設置し、大嵐に見舞われた彼等の様子を記録できるようにした。カメラを設置するのに最適な地面に突き刺してしっかりと固定させるとクレレイスはすぐにフローターに乗り、キンナラから離れる為、シャトルに戻った。心の中で透明な岩達に分れを告げながら。大嵐はいったん大きくなったら、二三日は吹き荒れるらしい。そうなると嵐が吹き荒れている間に延長された探査期間が終ってしまい、もうキンナラには戻れなくなるだろう。クレイスは、後ろ髪をひかれるような思いでイオストルに戻ると、大嵐が過ぎ去ってしまうまで惑星探査船からキンナラを見守る事にした。

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