第2話
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窓の外は、一段と激しい嵐が吹き荒れているらしい。外の様子は真っ暗で何も見えなくなっているが、風で飛ばされた砂が窓を打ち付ける音で、嵐の激しさが解る。クレイスは窓に顔を近付け、嵐の音の中からさっき聞いた声を探しだそうとした。確かに、あの声は生き物の声だ。
「誰……」
クレイスは瞑想状態に入り、感応力を働かせる。窓の外から聞こえてくる。声の主の意識と繋がる為に。しかし簡単には、見知らぬ生き物の意識には触れられなかった。生き物の意識らしきものは感じられたが、それ異常は感じられない。どうやら相手は、人間とはあまりにも違い過ぎる生物のようだ。
クレイスはもっと生物の意識らしきものを感じようとして、感応力を働かす。ところが……突然、異変が襲った。クレイスの身体が、石の様に重くなったのだ。いや、身体が石になったと言ってもいいだろう。指一本、動かせなくなったのだ。息をするのも難しい。クレイスは意識が遠くなっていくのを感じた。何とかしなければ。
「クレイス!」
突然、名前を呼ばれ、クレイスの意識は瞑想状態から引き離され、感応力を切られた。意識が普通の状態に戻ると呼吸は楽になったものの、疲労感に見舞われたクレイスは、床にへたり込んでしまった。
「大丈夫か」
何時の間にか相棒のセティが近寄って来て、クレイスの様子を窺がった。クレイスの異変に気付き、駆け付けてくれたのだ。
「大丈夫。いきなり感応力を切られたのでとても疲れてしまったけど、少し休めば良くなるから」
クレイスはセティを安心させようと、ゆっくりと立ち上がり、睡眠スペースに戻ろうとする。しかし立ち上がってと歩こうとした瞬間、足がもつれ、危うく倒れそうになる。セティが素早く身体を支えてくれたので転倒するのは避けられたものの、とても一人では歩けない。セティに支えてもらいながら、ようやく睡眠スペースまで歩けたのだ。睡眠スペースのベッドに座り、ハーブティーを飲むとなにがあったのかを、セティに話し始めた。
「あの声の主を感応力で探ろうとしたの。ほら、さっき聞こえたでしょ、大きな声が」
「あぁ、聞いたよ」
セティもあの声を聞いたようだ。あの声が自分だけに聞こえる声じゃなかったのだ。セティの返事を聞いて、クレイスは安心する。
「あの声の主と感応力で繋がろうとしたら、急に動けなくなってしまった。まるで全身が石になってしまったみたい。こんな事初めて」
クレイスは、声の主に向けて感応力を使った時に自分に起こった事を、セティに話す。
「貴方が来てくれなかったらどうなっていたか……意識がもどらなかったかも知れない」
「無事でよかった。それで感応力でつながった相手の事は解ったのかい?」
黙ってクレイスの話しを聞いていたセティが、クレイスに聞き返してきた。
「いいえ、何も解らない。でもあれが生き物の声がいきものの声なのは間違いないわ」
そう、間違いなく生き物の声だ。感応力を通じて、生き物の意識らしきものが感じられたのだ。しかしそれを証明する術がない。今のところあの声が生き物の声である事を証明するには嵐の中で聞いたあの声を記録し、惑星開発機構の専門家に分析してもらうしかないだろう。幸いにも探査用シャトルには、探査する惑星に滞在中にシャトルの外の様子や音を記録するシステムがある。そこに記憶されている音の中から生き物の声を取り出して分析できたならば、良い証拠になるだろう。しかしその為には外部の信頼出来る専門家の助けが必要だ。正式な手続きを経て惑星開発機構傘下の研究所に送っても、分析されない可能性が高いだろうから。分析される前に、開発部寄りの科学者達が生物の声ではないと判断されてしまうだろう。どうしても惑星開発とは無関係の専門家に分析してもらわねば。
クレイスは一人、この仕事を任せられる人物を知っていた。そ人物に記録された生き物の声らしきものを託せたら……。
「セティ、あの声はちゃんとと記録されているよね」
「あぁ、記録されているよ」
「それを今、聞かせてくれない」
「あぁ、いいよ。でも何故」
人間ならば怪訝な顔しているところだろう。だが表情があまり無いアンドロイドであるセティは、表情を変えずにクレイスに問う。
「あの声の録音を、ケペル博士に送ろうと思うの。あの人なら、声の正体をはっきりさせてくれるはず」
ケペル博士はかつて惑星探査機構に属していた宇宙生物の研究者で、開発部よりの科学者と対立し、仲間を引き連れて惑星開発機構を去った人物だ。今は一緒に惑星開発機構を去った仲間と共に民間の研究所を運営し、外部から惑星開発機構に助言をする立場にあった。
「だけど、探査中に記録したものを勝手に第三者に渡すのは、禁止されているよ」
「解ってる。だから規則に違反しないように送るつもり。その前にまず、あの声を聞いておきたいの」
クレイスの頼みを聞くと、セティは何も言わずにミッドデッキのコンピューター端末を操作し、マイクから嵐の音をミッドデッキ中に響かせた。
「ありがとう、セティ。このままで暫く嵐の音を聞いているから、貴方は休んでいて」
「あぁ……少し休むよ。じぁあ、また後で」
クレイスとの会話を終えると、セティは睡眠スペースを離れて行く。おそらく、フライトデッキの自分の席で休むのだろう。それも数十分間だけ、目を瞑っていればいいだけの休息を。アンドロイドには、それだけの休息で十分なのだ。しかし生身の人間は違う。十分な休息が必要だ。暫くあの声の録音を聞いたら、そのまま眠ってしまおう。
クレイスは軽く感応力を働かせながら、嵐の音に混じるいきものの声を聞く。軽く感応力を働かせているだけなので、さっきの様に身体が動かなくなる事態は避けられてはいるものの、身体が重くなる感じがする。何者かの意識が身体を重く感じさせているのは確からしい。しかしその意識の主の正体を掴むのは難しそうだ。
おそらく相手は、あまりにも人間の意識とはかけ離れた、それでいて非常に強い意識をもっているのだろう。そうじゃないと、感応力で繋がったクレイスの意識を翻弄するような事は出来ないはずだ。絶対に、この惑星には何かがいる。もう一度あの声の録音を聞き、クレイスの確信はゆるぎないものになっていた。きっと探し出してみせるから。クレイスは感応力で自分の意志を声の主に伝えると、録音を切り眠りについた。奇妙な夢を伴った眠りに。
クレイスは夢の中で、奇妙な光景を見ていた。大きな透明の岩が幾つも立ち並んでいる、大きな岩山の光景……今いる惑星の光景に間違いない。等間隔に並んだ岩の群れは、一見すると何者かが岩を規則正しく並べたように見える。この惑星に住む生物が持ち上げて並べたのだろうか? だとすると、随分と大きな生き物がやったのだろう。透明な岩はそれなりの大きさがあるから。
クレイスは岩山を見回し、透明な岩を並べた生物を探す。しかしそれらしい生物は見当たらない。ただ風が岩山を吹きすさんでいるだけだ。岩山を吹きすさぶ風は透明な岩にも容赦なく吹き付け、大きな音をさせながら岩山を通り過ぎて行く。今まで聞いた事の無いような大きな風の音……それが岩山を風通り過ぎる度にあたり一面に響き渡り、クレイスは風の音に耳を傾けた。この奇妙な風の音の正体を探る為に。しかし音の正体が解る前に、透明な岩の群れに異変があるのを見付けた。透明な岩の表面に、光が蠢いているのが見えたのだ。 淡い、様々な色に変化する光は一つの岩を蠢くと、次の岩に移り蠢く。それがあちこちの透明の岩で起こっているのだ。そして一際強い風が岩山を吹きすさぶと、透明な岩は一斉に光り輝き、大きな音を響かせる。その音でスクレイスは目を覚ました。
「ああ、また嵐になったようね」
目を覚ましたクレイスはゆっくりとベッドの上で上半身を起こして周囲を見回し、窓の外の嵐の音に耳を傾ける。シャトルの外では、また嵐が吹き荒れているらしい。そして嵐の音と共に、やはりあの声が聞こえていた。嵐に乗って来る、何者かの声が。そしてその声は、夢で見た透明な岩の群れが響かせていた音と同じだ。まさが、あの透明な岩があの声の主なの? クレイスはさっき夢で見た光景を、しっかりと思い浮かべてみる。
確かに夢の中では、岩山に並ぶ透明な岩があの声を出していた。夢の中の光景とは言え、夢で見た光景はしっかりと覚えているし、聞いた音も耳に残っている。この惑星には、本当に岩の様な姿をした生物がいるのだろうか? そんな生命体に会ったことは無いものの、いないとも言えないだろう。そうだとしたら、クレイスは岩の形をした生物の意識に対して、意識せずに感応力を使ったらしい。あぶないところだった。一歩間違えば相手の意識に巻き込まれたかも知れない。しかし無意識に感応力を使ったおかげで、嵐と共に聞こえる声の主を探す手掛かりが見付かったのだから。
クレイスはベッドから起き上がって睡眠スペースを出るとコンビューターに向かい、コンピューターのコントローラーを操作して、キンナラの立体画像を通信装置の前の空間に映し出しだす。クレイスは空間に浮かんでゆっくりと回転する惑星の画像見ながら、夢で見た光景と一致する場所を探し出す。
「あっ、ここね」
それらしい場所はすぐに見つかった。キンナラの表面に傷のように刻み込まれている渓谷の底に、夢にみたのとよく似た岩山があったのだ。シャトルが着陸している崖からはかなり離れた場所にあるものの、シャトルで行けはそう時間はかからないはずだ。それに探査場所を変えるような判断は、惑星探査員に任せられている。事前に惑星探査船の船長へ報告しておけば、問題は無いはず。クレイスはコンピューターから離れると、ゼノビア船長にシャトルを移動させる事を報告するため、ミッドデッキからフライトデッキにむかい、パイロット席で目を瞑って休んでいるセティの肩を軽く叩いた。
「どうした、クレイス?」
肩を叩かれたセティはすぐに目を開け、パイロット席に座ったままクレイスに話し掛ける。
「セティ、今すぐ船長と直接話したいの。探査場所を変更したいから。いいよね」
「あぁ、いいよ。でも何故急に探査場所を変えるんだい?」
セティは少し声を大きくして、クレイスに尋ねる。顔の表情が無い代わりに、声を大きくすることでクレイスの行動への不安や疑問を現しているのだ。
「あの声の主の正体が解りかけたの。眠っていて、無意識に感応力を使ったみたいね。夢に声の主の姿と彼らが住んでいる場所が現れたの」
「本当かい?」
「ええ、彼らの居場所も大体検討がついた。此処から東に五百キロにある渓谷に彼らはいるらしいの。だから場所を移動させて声の主の存在を確かめたいの」
セティに説明しながら、クレイスは惑星探査員専用の席に座り、席の前のコントロールパネルを操作して通信装置を働かせた。
「君が言うのだから、信用するしかないだろう。自分は君の感応力を信用しているんだから。でも船長はまだ寝ていると思うよ。不機嫌な顔されるぞ」
船長からの交信を待つクレイスに話し掛けるセティの声は、相変わらず大きかった。クレイスの判断を信用しているものの、寝起きで不機嫌な船長の姿を見たくないのがありありと解る。
「いいの、寝起きなら姿を見せないだろうから。それより早く、シャトルを此処から移動させる事を報告したいの」
「はいはい、好きにしたらいいだろ」
セティが言うよりも早く、クレイスは通信装置を動かし、ゼノビア船長を呼び出す。
「どうしたの? こんな時間に」
交信開始を知らせる音のすぐ後から聞こえて来た船長の声は、思った通り不機嫌だった。やはりたたき起こされたばかりのようだ。音声だけで画像が出で来ないのがその証拠だ。
「起こしてしまってすみません。でもこれから探査場所を移動させるのを早く知らせたかったんです」
「探査場所を移動させるって、どういうこと」
探査場所を移動させると聞いて、船長は目を覚ましたようだ。何時もの威厳のある声に戻っている。
「今の探査場所から東へ五百キロ離れた渓谷に、生命体がいるのを感応力で知りました。だからその生命体を直接確認したくて、探査場所を移動させたく思います」
クレイスは船長に説明しながら、コントロールパネルでコンピューターを操作し、あの生命体のいる渓谷の情報をコックピット全面のスクリーンに映し出し、同じ情報を惑星探査船のコンピューターに送る。
「此処です」
スクリーンに渓谷付近の地形図が現れると、クレイスは生命体が居るらしい岩山の位置に目印の点を地形図に入れて船長に示した。
「そこに生命体がいるのね。クレイス、その生命体って、どんな生命体なの?」
暫くの沈黙の後、ゼノビア船長はクレイスに問い掛ける。
「説明しても信じてもらえないでしょうが、その生命体は岩の形をしているのです。いや、岩よりも透明な結晶といったらいいかもしれません。そんな生命体の姿を、感応力で感じました」
「信じられない……」
通信装置から船長の驚きの声が聞こえ、再び沈黙がその場を覆う。しかし次に聞こえて来た船長の声は、クレイスには心強いものだった。
「信じられないけど、岩みたいな生命体が居ないとも言えないでしょう。人間から見て生物だと認識出来るものだけが生物とは限らないのだろうから。クレイス、貴方が感応力で感じた生命体を探しに行きなさい。ただし、シャトルを移動させた場所の正確な位置をこちらに報告するのと、移動先での探査の様子を惑星探査船に送ることを忘れないでね。」
「有難うございます」
クレイスが通信装置の向こうの船長に礼を言い終わる前に、交信終了を知らせる音がした。船長はクレイスに探査地点の移動の許可を言い渡すと、すぐ眠りに戻ったらしい。
「セティ、船長の許可が下りたよ。画面に表示した場所にシャトルを移動させて」
船長との話しを終えたクレイスは、さっそくセティに移動の指示を出す。
「はい」
返事をするとセティはパイロット席の制御盤を操作して、シャトルを発進させた。
目的地に特着するのに、そう時間はかからなかった。移動中嵐に遭遇しなかったと言う幸運もあって、ほんの一時間ぐらいで目的の渓谷の上に到着した。こんな事に為に、ゼノビア船長をわざわざ起こさなくてはならなかったとは……と思うくらいだ。クレイスはその時間を使ってケペル博士への誕生日祝いをコンビューターで作成し、惑星探査船に送った。コンピューターのカメラに向かって博士へのメッセージを語り、音声にあるBGMを被せて出来上がった誕生祝いのメッセージは、惑星探査船で惑星探査員の活動と全く関係ない私的なメッセージであることが確認されれば、探査船から博士の元に送られる手筈になっている。実は博士の誕生日はまだ十日もあるのだが、おそらく博士なら、クレイスが何故急に誕生祝いを送って来たのか、メッセージを見たら解ってくれるだろう。そうこうしている間に、シャトルは渓谷の断崖絶壁の上に着陸する。植物や生物の姿が無く、セティがシャトルを着陸させても大丈夫と判断した場所だ。
「さぁ、着いたよ」
シャトルが上手く着地したのを確認すると、セティは船外の様子をコックピットのスクリーンに映し出してクレイスに見せる。絶壁の下には荒涼とした岩山が広がり、その上にきらきらと光る物が散らばっているのが見える。拡大して見ると、きらきら光っているのが、透明な岩の群れなのが解る。クレイスが夢で見た通りの景色がスクリーンに広がっていた。早くこの透明な岩が生命体である事を証明しなければ……しかし時間は限られている。あと三時間で惑星探査船イオストルに戻らねばならないのだから。
クレイスはさっそく瞑想状態に入り、透明な岩に向かって感応力を使う。
(貴方達は何者なの?)
クレイスは透明な岩の群れに意識を向け、語り掛ける。しかし答えは返ってこない。どうやら直接彼らと対峙しなければ、感応力が通じないらしい。まずは外に出て、彼らと会ってこよう。
「セティ、フローターの用意をして、直接彼らに会って来るから」
クレイスが指示を出すと、セティは素早く制御盤を操作し、フローターの点検とシャトルから手出る様子を記録するため、スクリーンに格納庫内のフローターを映し出す。見たところフローターに異常はなさそうだ。
「じぁあ、セティ、後は頼むね」
「了解」
セティはスクリーンを見つめ続けるセティをコックビットに残し、格納庫に向かった。
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