第34話 図書館の密談【定期】


「結局ラウルかぁ~~~~~!」


 放課後の図書館。その一角で、黒髪紫眼の転生令嬢が、両手を頭上に突き上げて小声で叫んだ。実に器用なことである。

 冬至祭のダンスパートナーをラウルに頼んだと報告した日。人目を避けて「ねっ、ブルータス?」と笑顔で迫られ、いつもの二階ベンチへやってくると、こういう次第になった。

 ひとしきり叫んで気が済んだのか、リディアーヌは、今度は私のほうへと身を乗り出す。


「ねえでも本当に、どうしてラウルなの? 隠しも含めて、もっと魅力的なキャラはいっぱいいるじゃない?」

「魅力はともかく、私としては、妥当なところだと思っています。自分に付属する諸々を思えば、下手に相手を選ぶと、政治介入にも発展しかねませんから」


 私が言うのもなんだけれど、〈星女神の乙女〉が誰を選ぶかは、学院中の関心事になっている。たかが学生の行事だと適当な相手を選んだら、それを笠に着た相手の親族が国政にまで波風を立てかねない。


「その点ラウルは、学院公認の我が幼なじみですので」


 上流階級の集いに臆した田舎娘が、同じ田舎から出てきた若者と手を取るだけだ。各所にそう認知してもらえるなら、ひとまず問題はないだろう。

 リディアーヌは面食らったようにしばし黙り、ふむ、と唇を突き出した。


「前々から思ってたけど、そういうところ、本当に同い年? って感じよね」

「中身は違いますからね。年の功です」


 おまけに後宮住まいの経歴もある。洋の東西、ゲーム作品は違えども、宮廷内の危うさはどこも同じだろう。

 実に面倒だが、そこは大事だ。

 と、年長者らしく忠告をしようと思ったけれど、リディアーヌの関心はすでにそこにはないようだった。令嬢らしくもなく両腕を組み、難しい顔で天井を見上げる。


「でも、それじゃあヴィクトルさまを助けるには、ラウルに身を挺してもらわないといけないってことよね。ちょっと申し訳ないけど、そうすれば〈一角獣ユニコーン〉の力で助けることができるから……」

「……そのことですが」


 この勘違いは、解かなくてはならない。


「ユニは……私の〈一角獣〉は。私の“真実の愛”如何に関わらず、私が望めば、誰のことでも助けてくれると思います」

「えっ? またまた、そんなぁ」


 ご冗談を、とばかりに腕を叩かれるけれど、「冗談ではありません」と真顔を保って胸元のペンダントを取り出した。


「――ユニ」

『はぁい、我が愛しのステラ!』


 今回の反応は早かった。ぽんっと可愛らしい音とともに飛び出してきた仔馬のような姿を見て、ご令嬢があんぐりと口を開く。


「ゆ、〈一角獣〉……!?」

『やあこんにちは、リディアーヌ・リオン』

「あ、あたしのこと覚えてくれてるの?」

『もちろんさ。いつもボクのステラと仲良くしてくれてありがとう』


 ぱちん、と夜色の目でウインクする仔馬に、「きゃーっ!」と黄色い声を上げる転生令嬢。これは駄目だ、このままだと本題を忘れられる。

 私は「ユニ」と割って入った。


「ユニは、私の頼みだったら、誰が相手でも癒しの力を使ってくれる。そうね?」

『そうだね、ボクのお姫様。キミが望むのなら、ボクはどんな奇跡だって起こしてみせるよ。ただし――』

「――ただし、私の身の安全が確実である限りは。よね」


 先日も付けられた条件を言えば、『さすがはボクのステラ!』と手放しに褒められる。相変わらず自己肯定感を上げてくれる子だ。

 ともかく。


「そういうことなので、特に誰かが介入しなくても、冬至祭の襲撃でヴィクトル王子を助けることはできるはずです。その点については、安心していただいて大丈夫かと」

『ボクの奇跡にかかれば、即死毒だって関係なしさ』


 ぽかんと呆けていた転生令嬢は、話を呑み込むにつれて表情を変え、最後にはわかりやすく狼狽した。


「で、でも、それじゃ〈物語〉の筋と違っちゃうじゃない! ステラは愛する人を救って認められて、それで二人で幸せになるって――」

「リディアーヌ様――いいえ、ブルータス」


 今はあえて、そう呼ぼう。


「あなたにとって大事なのは〈物語〉の筋? それとも、ヴィクトル殿下?」

「――!」


 はっと、紫の双眸が見開かれる。


 私から言わせれば、リディアーヌの思考はゲームの〈物語〉に頼り過ぎだ。


 “私”がステラに、“彼女”がリディアーヌになっている以上、この世界はもう、彼女が知っている『ステラツィオンの夕べ』とは違う。どんなことでも起こり得るし、それに対して私たちは、どんな対処だってしていいはずなのだ。

 腕に舞い降りてきた〈一角獣〉を抱え、私は改めて提案した。


「そもそも未然に防ぐ方法も、もっと考えましょう」

「……未然に?」


 リディアーヌが戸惑って私を見る。


「オデイルを説得して、やめてもらうってこと?」

「それもいいかもしれませんが、それでは当日、誰か別の人間が襲撃してくる可能性もあります。むしろ彼女のことは、監視付きで泳がせておいたほうがいいでしょう」


 同じ理由で、パーティー自体の中止も避けるべきだ。あくまで注意すべき状況と人物を保ったまま、こちらの被害を抑えることを考えたほうがいい。


「会場の警備を強化して、所持品のチェックなども行えば、事前に襲撃者を捕らえることができるかもしれません。それから会場近くに部屋を取り、医療関係者に常駐してもらいましょう。襲撃の方法や規模も、もしかしたら変わるかもしれませんから」

「そ、そこまでするの? この子が協力してくれるんでしょ?」

「“備えあればうれいなし”ですよ、ブルータス」


 ユニの奇跡は最終手段。

 それくらいのつもりで、事前にできる対処は、最大限にしておくべきだ。どれだけ備えを重ねても、取り返しのつかない事態にはなりうるのだから。

 とはいえ――


「そのような大規模な手配は、私にはできません。あくまで庶民の、ステラわたしには」


 味方はいる。後ろ盾もないではない。

 それでもまだ、私では足りない。


「リディアーヌ様」


 だからこそ。


「あなたが頼りです。リオン公爵家のご令嬢であり、この国の第一王子の婚約者である、あなたのことだけが」


 身分も立場も後ろ盾も、交友関係やツテまでも。私には足りかねるすべてのものを、この令嬢こそが、余すことなく持っている。

 それをいつ使うかと言えば――今以外ではありえない。


 大きく息を呑んだ彼女の眼差しが、徐々に変わっていく。頼りなげだった表情が、覚悟と確信の色に染まっていく。

 そして彼女は、力強い笑みを見せた。


「――任せておいて。ヴィクトル殿下とリオン公爵令嬢の、華々しいお披露目の機会だもの。お金も人出も、どこにも出し惜しみさせやしないわ」

「よろしくお願いします」


 頼もしく頷く転生令嬢。彼女なら、必ずやり遂げてくれるだろう。

 と、ユニが私の腕から身を乗り出した。


『ステラにキミみたいないい友達ができて、本当によかったよ。ボクからもお礼を言わせてほしいな、リディアーヌ・リオン』

「いやいやいやいや! こちらこそ! ステラさんにはお世話になって!」

『やっぱり同じ立場の相談相手がいるっていうのは大事だね。ボクもここでは、あまり頻繁には出てこられないし』

「えっ、そうなの?」

『魔力保持者が多いからねえ。精霊避けとか魔法結界とかいろいろあって、無駄に疲れるんだよね』


 その言葉もあながち嘘ではないらしく、『じゃあまた、いつでも呼んでね』と言い置いた〈一角獣〉はあっさりとペンダントへ戻っていった。確かに用事は終わっているのだけど、あまりのあっさりさに拍子抜けしそうになる。

 でも――それは少し、ちょうどいい。


「そういえば、リディアーヌ様」


 私は思い出したように、改めて話しかけた。


「先日、父との面会で、私の両親の馴れ初めについて聞かせてもらったのですが」


 母の手紙を読んだこと。その手紙に『父に聞くように』と書かれてあったことを先にふまえ、疑問を尋ねる。


「あなたが知っている〈物語〉では、父・パトリスは、今この時点で亡くなっているはずなのですよね? ステラがその話を知る機会はあったのでしょうか?」

「……いいえ。なかったはずだわ」


 思い出すように宙を見上げていた彼女は、首を振る。


「ステラの両親については、そもそもゲーム本編では少ししか語られていないの。その手紙も、読んで思わず泣いているところを、一番好感度の高い攻略対象に慰められる……っていう小道具みたいなものだし」

「本編では、ということは、別の場所では語られているのですか?」

「追加コンテンツとしてね。初出はノベライズの書下ろし短編だったかしら。親世代の話も結構人気だったのよねえ」


 嬉々として語ってくれているところ悪いが、私の思考は、すでにそこにはない。


(……直接聞くことができた私は、幸運だったのかしら)


 両親が十代で出奔し、家庭を持つことになったきっかけ。

 歪んだ他人の口から聞けば、際限なく疑心暗鬼に囚われていたかもしれない。そう考えてなお複雑な気分が残るのは、両親をそこまで追い詰めた周囲が、今も変わらずこの王都にあると思うからだろうか。


(知らぬが仏、とはこのことよね……)


 本人に気にした様子はなかったけれど、出来事自体がなかったことにはならない。母が辺境の森で病死したことは、もうどうしようもない過去の事実なのだ。

 胸にざわつきは残るけれど――


(今は、冬至祭のほうに集中しなくては)



 強く冷たい木枯らしが、私たちが背にした窓ガラスを揺らす。

 王立魔法学院の冬至祭まで、あと半月を切っていた。





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